10.たぶん、俺が正解のボタンを押したら、彼女の機嫌は治るんだ。 


サルアから話を聞いてから、すぐに誤解を解きたいと考えたが、そううまくはいかなかった。
クリーオウは一日中忙しそうにしていて、話しかけるタイミングがない。
少しの休憩くらいならあったが、慌ただしい時間を縫うよりも、二人でゆっくりと話をしたかった。
他人のいる前でするような内容でもない。
結局、夕食を終えて日が完全に沈んでからにしか、オーフェンは行動を起こせなかった。
彼の部屋のすぐそばの、クリーオウだけが使う扉をノックする。
すぐに反応があった。
軽い足音がして、彼女が姿を見せる。
「……オーフェン」
「相手を確認せずにドアを開けるのは不用心だぞ。何かあったらどうするんだ?」
危険だというならば、それにオーフェン自身も含まれるのかもしれない。
が、クリーオウは目を伏せて素直にうなずいた。
「……そうね」
「あの……」
金色の頭を上から見下ろし、声をかける。
「話……してもいいか?」
距離を置いてほしいと言われたのは今朝なのに、何も守れてはいない。
だがクリーオウも断る理由を思いつけなかったのか、扉を引いて隙間を広くした。
「どうぞ」
「入ってもいいのか?」
いくら何でも無防備すぎるだろう。
まだ夜は浅いとはいえ、オーフェンも男なのだ。
「だって」
クリーオウは言って、青い瞳で彼を見る。
続きを言ってこなかったが、何となく分かった。
『何もしないでしょう?他に付き合ってる人がいるのなら』
彼はうなずいて、大人しく従うことにした。
ガス灯だけの明かりでは憚られたため、いつもより明るい魔術の光を作る。
彼女の部屋にはベッドが四台あった。
かなり広いが、荷物はきちんと片づけられている。
「いす、ひとつしかないけど……」
クリーオウはドアを閉めながら、部屋の奥の方を示す。
部屋の右側にあるベッドとベッドの間に、それはあった。
彼女がすすめてくれたので、ありがたく座らせてもらう。
クリーオウもやって来ると、右奥のベッドに腰を下ろした。
窓が近くにあるので、いすと併用して毎日使っているのかもしれない。
彼女はオーフェンの正面より少しずれた場所から、こちらを見ている。
それは今の自分たちの心の距離でもあるようだった。
わずかでも近づけるように、オーフェンがいすの位置を変える。
クリーオウは戸惑ったようだったが、逃げないでいてくれた。
こちらに対して罪悪感のようなものを抱いているのかもしれない。
(たぶん、俺が正解のボタンを押したら、彼女の機嫌は治るんだ)
心当たりのある答えは、うぬぼれでしかなかった。
間違っていたら恥ずかしいだけだが、他に思いつけないので仕方がない。
オーフェンはゆっくりと、膝の上に載せられた彼女の小さい手を取った。
クリーオウはそれに怯えたように震える。
怖がらせたいわけではない。
「あのな」
何と説明しようか。
考えてきたが、言いたいことはすでにバラバラになってしまっていた。
それでもなんとか、言葉を紡ぐ。
「こう言うと自意識過剰だと思われるかもしれないけど、俺は付き合ってる奴とかはいないんだ。もちろん結婚もしてない」
だから何だというのか。
オーフェンは視線を、自分たちの手から彼女の顔へと移した。
一瞬だけ目が合い、クリーオウがあわてたように顔を伏せる。
目を逸らされて悲しかったが、彼は続けた。
「その、サルアが。お前にそう言ったって聞いて。お前が元気ない原因じゃないかもしれないけど、一応そっちの誤解も解いておきたくて」
だから何だというのか。
それが解けたからといって、何も変わらないかもしれないのに。
「ごめんな、こんなことしか思いつけなくって。他に理由があるなら言ってくれ。何でもしてやる。帰りたいって言うなら、帰してやる。時間はかかるけど、家まで無事に送る。約束する」
そして決心する。
「俺の顔が見たくないっていうなら、もう絶対に話しかけない。お前には笑っててほしいから」
それをしてつらいのは自分だが、クリーオウが笑ってくれるならそれで良かった。
自分の気持など、取るに足らない。
彼女にとって、いちばんためになることを選びたい。
してやりたい。
これで全部だった。
言いたいことは言った。
伝えたいことはあったが、気持ちを押し付けるような真似はしたくない。
あとできることは、待つことだった。
彼女が話してくれるのを。
あるいは、手を振り払われるのを。
オーフェンは前髪で隠れたクリーオウの顔を見つめ続けた。
少しでも多く、記憶に残せるようにと。
――ぽたっと、温かいものがオーフェンの手を叩いた。
訝しんで見てみると、さらに雫が落ちてくる。
涙だと気付くのに時間はかからなかった。
彼女の隣に移動して、無我夢中で抱きしめる。
しがみついて泣いてくるクリーオウが、この上なく愛しかった。
2009.1.28
あ、終わりなんだ!?
勝手に終わらせやがったこんちくしょう(笑)!
この話はゆーっくりとしか書けなかったんですけど、途中で泣けてきました。
よかったねー、オーフェンもクリーオウも。
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