君は密かな人気者

「あそこのパン屋の売り子がかわいいらしい」
そうした噂がじょじょに広がって、一緒に行こうと誘われたのが今日だった。
「パンかぁ……」
反射的に味を想像し、虚空を見上げてオーフェンはうめいた。
最近、家での食事にパンの出る頻度がやたら高くなったため、実は少々飽きてきている。
それでもオーフェンがうなずいて承諾するのは付き合いのためだった。
看板娘についてはほとんど興味がない。
オーフェンにとってはクリーオウがいちばんなので、とりあえずは見ておくか、というくらいでしかなかった。
「なんでも売り子は金髪らしいぞ」
「金髪ね」
やはりこの土地ではキムラック人が多いため、金色の髪はものすごく目立つ。
クリーオウが金髪なので、彼はあまりめずらしいとも思わないが、他の人間はそうではないのだろう。
金髪というだけで、女性の価値が上がるらしかった。
「お、ここだここ。あー、やっぱり繁盛してるな」
「そうだな」
周囲をながめながら、オーフェンもそれに同意する。
店の付近は作業現場があり、しかも今は一般的に昼休みの時間帯なので食べ物が売っていればどこであろうとそれなりに混む。
だがやはりその店は他と比べてかなり多くの客を集めているようだった。
「お、もしかしてあれか?おお、ホントにかわいいなー」
「ふーん?」
早くも噂の売り子を見つけ出し、それを気に入ったらしい同僚にならって、オーフェンもその場で背伸びする。
「……かわいいな」
かなりの距離ではあったが、目に飛び込んできたその娘を見て、彼は呟いた。
正直な感想である。
すると同僚はにこにことうなずいた。
「うん、かわいい。小っちゃいし。なんかふわふわしてそうだ」
「……そうだな」
その通りだと同意する。
半分ショックを受けたまま彼が周囲に耳をすませると、どこでも似たような感想が飛び交っていた。
よくよく観察すると、客はほとんどが男である。
嬉しいのか悲しいのかよくわからない気持ちで、オーフェンはがっくりとうなだれた。
それから十分ほど並んだだろうか。
ようやく順番がまわってきたため、オーフェンは一番近くでその売り子をじっと見つめた。
娘は忙しそうにしながらも、準備が整ったのか営業スマイルをこちらに向ける。
「お待たせしました。いらっしゃい……ませ」
オーフェンが来たことに驚いたのか、彼女は言いながらどんどん固まっていった。
目を逸らし口を開閉しながらも、どうにか平静を保とうとしているのが感じられる。
彼もまた引きつった表情で、彼女に笑いかけた。
「カツサンドと……エッグロールと、メロンパン」
「えっと……はい。かしこまりまし……た」
「君かわいいねー。よく言われるでしょう?」
でれでれと、他の男が割り込むように彼女に声をかける。
売り子はこちらをちらりと見てから、苦笑いを浮かべた。
「……ありがとうございます」
非常に気まずそうに礼を言いながらも、彼女はそそくさとオーフェンのパンを用意する。
彼はそれを無表情で受け取って、パンの代金を彼女に手渡した。
「その制服、かわいいな」
「あの……ありがとうございます」
言われ慣れているのだろう、たぶん。
彼女は困ったような表情を作ったが、律儀に金色の頭を下げてきた。
それからはつつがなく同僚と二人で店を出て、オーフェンはすぐに嘆息する。
食事にパンの出る回数が多くなった原因はこれだったらしい。
「恋人とかいるのかなぁ」
隣にいる男が、どこか夢見心地で呟いている。
オーフェンはそれを横目で見やって、冷たく答えた。
「いるだろ」
恋人というか、夫が。
が、オーフェンの声は彼には聞こえなかったようだった。
だらしなく顔をにやけさせて誘ってくる。
「また明日も行かないか?」
「……」
一瞬、即座に断ろうと口を開きかけた。
しかしオーフェンはすぐに考えを改める。
「いいかもな、それ」
同じ味のパンには飽きていたが、あの店には行って損のない理由が存在した。
売り上げにも貢献するのだし、目的である看板娘の邪魔をしようとも思っていない。
どこにでもいるただの客に、彼女も来るなとは言えないだろう。
明日も必ず行くと決めたが、その前にクリーオウとゆっくり話をしようと、オーフェンは薄笑いを浮かべた。






2009.3.11
えーと、噂の看板娘はクリーオウだったという話なのですが……
分かってくれました?
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