髪を結う


特別な日には、髪型も変えてみようという気分になる。
結婚式や、何かの記念日というほど重大ではなくても、好きな人とのデートの時くらいは。
とはいえ、オーフェンとは毎日顔を合わせているので、今さらといえなくはない。
それでも髪をアレンジしたいと思うのは、彼の反応を見たいからだ。
褒め言葉は期待していないが、彼女の髪を見てかわいいと思ってくれれば嬉しい。
そんな思惑からクリーオウはオーフェンを部屋から追い出し、ドレッサーとにらめっこしていた。
今までは髪を巻くという発想はなかったが、すれ違う大人の女性を見て自分もしてみたいと思ったのがきっかけである。
早速髪を巻くための道具を彼には内緒で購入し、オーフェンがいない間に密かに練習していた。
熱を当てるからか髪の毛が痛むのには気になったが、多少のことには目をつぶる。
いくつか身につけたレパートリーの中からどんな風にしようかと迷ったが、雰囲気を変えるために髪を上げることに決めた。
ポニーテールのようにきっちりした形ではなく、ピンをたくさん使って頭の上の方で留める。
ゴムを使わないためなかなかに大変な作業なのだが、クリーオウはどうにかまとめ上げた。
全体的に髪をカールさせると、ふんわりしたかわいい雰囲気になる。
三面鏡で横から見た姿も確かめてみるが、自分でも満足に思えるほど上手く仕上がった。
最後に髪全体にスプレーをかけ、形が崩れないように固める。
鏡に向かってにっこり笑う姿は、自分でも驚くほど印象が変わっていた。


「オーフェーン」
ようやく支度が整ったので、出かけようと彼を呼びに行く。
返事がなかったので不審に思い居間へ行くと、彼はソファにもたれながらすっかり寝入っていた。
すでに一時間以上待たせているので、無理もないかもしれない。
疲れているのか、彼女がすぐ近くで名前を呼んでも、まったく反応がなかった。
このまま寝かせてあげたいが、クリーオウも出かけるのを楽しみにしていたので、起きてもらわないわけにもいかない。
幸せそうな寝顔をながめると、この時間を強制的に終わらせてしまうのはかわいそうな気がした。
せめて気分良く起きられるようにと、彼の寝顔にそっと口付ける。
御伽噺とは逆の立場だと思い、キスをしている間も少し笑えた。
五秒ほど唇を重ねていたが、彼は一向に起きる気配がない。
一度キスを止め、目が覚めない彼を見ながら物語は作り話だと彼女は結論付けた。
「どうしようかしら」
軽いキスだけでは効果はない。
クリーオウは体の位置を戻し、首をかしげながら独りごちた。
揺り起こせば簡単なのだが、何となく今はもっと優しく起こしたい気分なのだ。
あるいは、優しくはないが甘く強引な口付けであれば、彼の目が覚めるかもしれない。
クリーオウはもう少し刺激を加えようと、やや照れながらもオーフェンの口内に舌を忍ばせる。
いつも彼がしてくれるように、クリーオウから舌を絡ませた。
「ん……」
はじめは一方的だったが、徐々に求められる口づけに変わっていく。
だんだん彼の目が覚めてきたのか、頭に手が添えられ、整髪剤で固めた髪がくしゃりと音を立てて少し崩れたのが分かった。
正直ショックだったが、かなりオーフェンを待たせたので、彼女は何も言わずに譲歩する。
と、クリーオウの髪に触れていた指が戸惑うように動いた。
ほぼ同時に、オーフェンが驚いたように口付けを止めて彼女を突き放す。
まだ寝ぼけているのか、彼は目を見開いてまじまじとクリーオウを凝視してきた。
十秒ほどそうして見つめられていただろうか――彼女の方が耐えられずに先に笑った。
「誰と間違えたの?」
「いや、お前だと思って……間違えてない」
言って、オーフェンはほっとしたように笑う。
クリーオウの腕を掴み、彼は先ほど突き放した分だけ彼女を引き寄せた。
「間違えたと思ったでしょ」
「ちょっとはな。髪が違ったし」
「寝ぼけてたし?」
「ああ。けど、いい起こし方だったな」
さらに腕を引かれ、キスを期待するように瞳を覗き込まれる。
だが、クリーオウはそれを褒められたかったわけではない。
むしろキスを褒められても決まりが悪い。
「オーフェンが気に入ったのは起こし方だけ?」
拗ねるように言うと、オーフェンは不思議そうにこちらを見つめ、それからふっとおかしそうに笑った。
「……髪の毛も」
「ありがと」
ほとんど強制的に言わせているが、こうでもしないとオーフェンは照れて伝えてくれない。
クリーオウは満足して彼に口付けを贈った。




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