髪の香り


クリーオウの髪は細くて軽い。
歩くだけでも髪が舞い、乱れてしまうことも多かった。
「クリーオウ」
朝食の用意のためにキッチンを行ったり来たりしている最中に、オーフェンに呼び止められる。
もしかして自分の長い髪が食べ物に触れてしまったのではないかと少々不安になり、彼女は眉をひそめた。
「なに?」
サラダを手に持ったまま、彼女は首をかしげた。
「いや……たいしたことじゃないんだが、いい匂いがしたからつい」
「パンの匂いね」
今ちょうど二人分のトーストを焼いているところだ。
意識を向ければ、彼の言う通り食欲をそそる良い匂いがする。
鼻をひくつかせると、オーフェンは苦笑いして彼女を手招きした。
「それじゃなくて、お前から。香水でもつけてんのか?」
「ううん、何も」
サラダをテーブルに置き、クリーオウは招かれるまま彼の胸の中に収まった。
今日は仕事が休みのため時間に余裕があるのだろうが、オーフェンが何をしたいのかいまいち分かりにくい。
「じゃあ何だろうな。そういえばしょっちゅうかいでる香りだ」
言って、オーフェンは甘えるように彼女の金髪に顔をうずめた。
朝食の用意をしたいけれど、抱きしめらているので動けない。
大人しく抱かれたまま何度かゆっくり呼吸をして、しばらくするとオーフェンはぽつりと言った。
「そっか、髪か」
納得したように、彼は彼女の髪を指で梳く。
そう言われても、クリーオウは首をかしげるだけだった。
髪をつまんで鼻を近づけてみるが、オーフェンが言うような良い香りはしない。
むしろ部屋中がトーストの匂いで満たされていた。
「わたしには分からないんだけど」
「そっか?」
彼女を見下ろすオーフェンは、不思議そうな顔をしている。
彼がそう言うからには、良い香りがするというのは本当なのだろう。
「だったらオーフェンの髪も同じ匂いがするはずよ?同じシャンプー使ってるんだもの」
「けどお前の方が髪もふわふわで空気を含んでるから、匂いも残りやすいと思うぞ。それに、女の方が良い匂いがすんのは世の道理だし」
オーフェンは一人でうなずいて、ぽんぽんとクリーオウの頭を叩く。
たったそれだけでも、彼の言う通り彼女の髪がふわふわと揺れる。
「そういや、肌からも花みたいな匂いがする」
気がついたときには、オーフェンの唇は彼女の首筋にあった。
しっかり抱きとめられているし、このままでは朝っぱらから彼に押し倒されてしまう。
「オーフェン?」
「うん?」
呼ぶと、オーフェンは首から唇を離し、顔を彼女の方へ向けた。
クリーオウはにこりと微笑んで、彼女から短いキスをする。
一瞬ぽかんとしたオーフェンの隙をついて、クリーオウはぴょんと彼の腕から逃れた。
「朝食が冷めるから、また後でね」
先ほどからずっと焼いたままのトーストが気になっていた。
焦げた匂いはしていなかったので、きっとぎりぎり間に合うはずである。
彼女がトースターのふたを開けたとき、背後で残念そうなオーフェンのため息が聞こえた。




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