髪を染める


「今日ね、美容院に行ってきたのよ」
「ああ、うん。似合ってる」
別に褒めてほしくてその話題をだしたわけではないのだが、オーフェンはなぜか真っ先にそう答えた。
だが、それがまた逆に疑わしい。
というのも、彼女は痛んだ毛先をそろえた程度なので、あまり雰囲気は変わっていない。
そして何よりも彼の瞳がありありと語っていた。
クリーオウをじっと見つめ――どっか変わったか?と。
それについては見逃すことにして、クリーオウは改めて仕切り直した。
帰りに本屋で買ってきた雑誌を彼のひざの上で広げる。
「最近、髪の毛を染める色が増えたみたいなの。目立たないようにだけど、なんとなくその色かなーって分かるように染めるんですって」
「ふぅん」
その雑誌のモデルも、少し緑を入れた茶色で染めているとコメント欄に書いてある。
モデルの髪の色を真似てみたいというわけではないが、気分によって髪色を変えられるのが少しうらやましい。
「で?」
半眼で聞いてくるからには、おそらくクリーオウの言いたいことの予想もついているのだろう。
彼女はこっくりとうなずいて、人好みのする笑顔を作った。
「今度美容院に行くとき、髪を染めてもいい?」
クリーオウもまた、彼の返答がだいたい予想できていた。
まずは顔をしかめてから、
「もったいない」
ほぼ予想通りの答えを出す。
けれどそれで引き下がるクリーオウではなく、彼女は彼女でまだ言い分があった。
「でも、最近はけっこう安くなってきてるのよ。カット代よりちょっと高いくらいなの」
ね、と雑誌に書いてある料金表を示す。
法外というほどではなく、妥当な値段だと彼女は思う。
「そうじゃなくて」
言って、オーフェンは彼女の髪を一房指に絡めた。
覗き込むようにして、こちらの瞳を見る。
「せっかく綺麗な髪の色してんのに、染めちまったらもったいないじゃねーか」
「…………」
あまり聞いたことのない言葉に、クリーオウはやや驚いた。
オーフェンが自分の髪を好きでいてくれることは察していたが、直接褒めてくれたことはない。
何となく恥ずかしくなって、彼女は少しだけ顔を赤くした。
「一回染めたら、もう元には戻らないんだろ?」
「うん……。たぶん、伸びるのを待つしかないんじゃないかしら」
「染めてる人間を見たことあるが、髪の毛がかなり痛んでたぞ?」
「……そうね」
「今みたいに綺麗には染まらないだろうし……やっぱりもったいないと思う」
まっすぐに見つめられてそんな風に言われれば、反論する気など失せてしまう。
クリーオウはそうねと素直にうなずいた。
「でもじゃあ……オーフェンは?」
「俺?」
「そう」
彼がしているように、クリーオウは彼の黒髪に触れてみる。
黒髪と金髪では何か違いでもあるのか、オーフェンの髪は彼女よりも硬い。
そのため長く伸ばしても、本当にまっすぐ綺麗になるのだが――オーフェンに限って髪を伸ばすということはないだろう。
「うん。金じゃなくても茶色にしてみるとか。オーフェンなら短いし、すぐに元に戻るわよ?」
最近では男も髪の毛を染めることが多くなったらしい。
オーフェンは視線を上げて考えたようだが、すぐに首を振った。
「いや、俺は黒しか似合わんからこのままでいい」
「そう?まぁ、そうかも」
案外似合うかもしれないと想像するが、本人にその気はないようだった。
お互い、変にいじらない方が良いと納得しているのだろう。
彼女もそれ以上の誘ってみようとも思わない。
「オーフェンの黒も綺麗よね。実はちょっとうらやましかったの。こんな髪に憧れてたから」
もう一度オーフェンの黒髪を梳いてみる。
彼はそれに苦笑したようだった。
「お前に羨ましがられるとは思わなかったよ」
「そう?」
「俺はお前の色の方が綺麗だと思う」
「そう?」
「ああ」
「……ありがと」
呟いて、照れ隠しのためにオーフェンに口付ける。
彼は驚いたように目を見開いたが、嬉しそうに微笑んでくれた。




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