彼と彼女は、いつもの街並みを、いつものように歩いていた。 まわりを見ると、多くの若い男女が仲良さそうに歩いている。 そんなのどかな光景もいつもと変わりない。 何十年も前からほとんど変わらないであろう光景だった。 変わったとするなら、彼と彼女の関係だろう。 長い旅もとうとう終わりを迎えたが、自分たちは離れることはなく、一緒にいることにした。 自分たちの関係を分類するとすれば恋人同士―――なのだが、その呼び方は妙に生々しくてほとんど使わない。 使わないが、それでも彼女は自分の恋人である。 金髪の少女と、黒ずくめの目つきの悪い自分は、どう見ても不釣合いだが、ただそれだけのことだ。 気にする必要もない。 本日も彼は彼女に手を引かれるようにして歩きながら、これもいつものようにウインドーショッピングを楽しんでいた。 特に今は、衣替えを間近にひかえ、さまざまな新作商品が店頭に並べられ、少女はそれに夢中になっていた。 いつも輝いている瞳をさらに輝かせ、子犬のように動きまわる。 彼は少女に引きずられながら彼女の後を追っていた。 つないだ手と手は、さしずめリードといったところか。 そんな自分たちの様子に苦笑していると、彼女が急に立ち止まった。 「 歩いていたところを急に引っ張られ、腕の筋が伸びた。 動きを止めた少女は綺麗にみがかれたショーウィンドーにべったりと指紋を残しながら、ガラスにへばりつくようにして商品を見ている。 店の表札には『くつのカスケード』と書かれていた。 その店舗名に彼は眉をひそめたが、一応くつ専門店であるらしい。 さまざまな種類のくつが店内に所狭しと飾られていた。 「ねぇオーフェン」 「ん?」 「あれがほしい」 言って少女は、ディスプレイのくつを細い指で示す。 「どれ」 彼―――オーフェンは、彼女にならってガラスの向こう側を見た。 飾られているくつは決して多くはないが、少なくもない。 「あれよ」 少女は懸命にくつを指すが、オーフェンにはどれのことだか分からなかった。 「どれだよ」 「だから、あれだってば」 「あの水色のやつか?」 言って彼も水色のサンダルを指す。 「ちがうわよ。その隣の隣の―――」 と、彼女は苛立たしげにぴょんぴょん跳ねる。 「あのピンクっぽいやつ」 「……あのハイヒールか?」 オーフェンは怪訝な声を出しつつ彼女を見た。 「そうよ」 少女はそう言って満足そうに笑った。 「んー……」 オーフェンはうめきながらもう一度視線を、彼女がねだったくつに戻した。 赤とピンク系統の細かい模様でデザインされた、かかとの高いピンヒール。 春物らしく、とても華やかだった。 「んー……」 もう一度同じうめき声を上げ、今度は少女を頭からつま先まで、じっくりと観察する。 「なによ?」 オーフェンは最後にもう一度ずつハイヒールと少女を見比べて、 「似合わんだろ」 はっきりと宣言すると、少女はすぐさま抗議してくる。 「なんでよっ!」 「何ていうか……年齢的に?ああいうもんはもっと大人の女がはくもんじゃないのか?」 「わたしが子供っぽいっていうの?」 少女がピンクの唇をとがらせて、ばたばたと手を振り回す。 「ま、そういうことだな」 言って、彼はぽんと彼女の金髪の頭を叩いた。 すると少女はぷいとそっぽを向きひとしきり拗ねた後、何かを思いついたように笑顔で言ってくる。 「もし似合ったらあれ、買ってね」 そう言い残して、彼女は『くつのカスケード』なる店へ飛び込んでいった。 「おい、クリーオウ」 離した手を無意識に伸ばすが、当然間に合わない。 「似合わんと思うけどなぁ……」 ひとりごちつつ、オーフェンも変な名前のくつ専門店に入った。 ガラスでできたドアをくぐると、すでに彼女のもとには例のハイヒールが用意されている。 彼女―――クリーオウは、履いていたくつをぽいと脱ぎ捨て、いそいそと目当てのくつを履きにかかった。 そして全身の映る大きな鏡を見たところで、それまでにこにこしていた顔が、一気に残念そうな色に変わる。 「やっぱり似合わねぇだろ?」 彼女は無言で不満そうにオーフェンを見返した。 店員の女性も、彼女の横で苦笑いをしている。 それらの様子がおかしくて、オーフェンも小さく笑った。 「ま、似合うようになったら買ってやるよ」 またいつものように歩きながら、オーフェンはしょげた彼女を慰めるように言った。 「いつになったら似合うと思う?」 真剣な表情で聞いてくるクリーオウに、彼は軽く笑った。 「さてな」 それは半年後かもしれないし、五年後かもしれない。 (どっちにしろ、楽しみではあるな) (2003.9.20) Project SIGN[ef]F |
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