□ 081:ハイヒール □


彼と彼女は、いつもの街並みを、いつものように歩いていた。
まわりを見ると、多くの若い男女が仲良さそうに歩いている。
そんなのどかな光景もいつもと変わりない。
何十年も前からほとんど変わらないであろう光景だった。
変わったとするなら、彼と彼女の関係だろう。
長い旅もとうとう終わりを迎えたが、自分たちは離れることはなく、一緒にいることにした。
自分たちの関係を分類するとすれば恋人同士―――なのだが、その呼び方は妙に生々しくてほとんど使わない。
使わないが、それでも彼女は自分の恋人である。
金髪の少女と、黒ずくめの目つきの悪い自分は、どう見ても不釣合いだが、ただそれだけのことだ。
気にする必要もない。
本日も彼は彼女に手を引かれるようにして歩きながら、これもいつものようにウインドーショッピングを楽しんでいた。
特に今は、衣替えを間近にひかえ、さまざまな新作商品が店頭に並べられ、少女はそれに夢中になっていた。
いつも輝いている瞳をさらに輝かせ、子犬のように動きまわる。
彼は少女に引きずられながら彼女の後を追っていた。
つないだ手と手は、さしずめリードといったところか。
そんな自分たちの様子に苦笑していると、彼女が急に立ち止まった。
()て」
歩いていたところを急に引っ張られ、腕の筋が伸びた。
動きを止めた少女は綺麗にみがかれたショーウィンドーにべったりと指紋を残しながら、ガラスにへばりつくようにして商品を見ている。
店の表札には『くつのカスケード』と書かれていた。
その店舗名に彼は眉をひそめたが、一応くつ専門店であるらしい。
さまざまな種類のくつが店内に所狭しと飾られていた。
「ねぇオーフェン」
「ん?」
「あれがほしい」
言って少女は、ディスプレイのくつを細い指で示す。
「どれ」
彼―――オーフェンは、彼女にならってガラスの向こう側を見た。
飾られているくつは決して多くはないが、少なくもない。
「あれよ」
少女は懸命にくつを指すが、オーフェンにはどれのことだか分からなかった。
「どれだよ」
「だから、あれだってば」
「あの水色のやつか?」
言って彼も水色のサンダルを指す。
「ちがうわよ。その隣の隣の―――」
と、彼女は苛立たしげにぴょんぴょん跳ねる。
「あのピンクっぽいやつ」
「……あのハイヒールか?」
オーフェンは怪訝な声を出しつつ彼女を見た。
「そうよ」
少女はそう言って満足そうに笑った。
「んー……」
オーフェンはうめきながらもう一度視線を、彼女がねだったくつに戻した。
赤とピンク系統の細かい模様でデザインされた、かかとの高いピンヒール。
春物らしく、とても華やかだった。
「んー……」
もう一度同じうめき声を上げ、今度は少女を頭からつま先まで、じっくりと観察する。
「なによ?」
オーフェンは最後にもう一度ずつハイヒールと少女を見比べて、
「似合わんだろ」
はっきりと宣言すると、少女はすぐさま抗議してくる。
「なんでよっ!」
「何ていうか……年齢的に?ああいうもんはもっと大人の女がはくもんじゃないのか?」
「わたしが子供っぽいっていうの?」
少女がピンクの唇をとがらせて、ばたばたと手を振り回す。
「ま、そういうことだな」
言って、彼はぽんと彼女の金髪の頭を叩いた。
すると少女はぷいとそっぽを向きひとしきり拗ねた後、何かを思いついたように笑顔で言ってくる。
「もし似合ったらあれ、買ってね」
そう言い残して、彼女は『くつのカスケード』なる店へ飛び込んでいった。
「おい、クリーオウ」
離した手を無意識に伸ばすが、当然間に合わない。
「似合わんと思うけどなぁ……」
ひとりごちつつ、オーフェンも変な名前のくつ専門店に入った。
ガラスでできたドアをくぐると、すでに彼女のもとには例のハイヒールが用意されている。
彼女―――クリーオウは、履いていたくつをぽいと脱ぎ捨て、いそいそと目当てのくつを履きにかかった。
そして全身の映る大きな鏡を見たところで、それまでにこにこしていた顔が、一気に残念そうな色に変わる。
「やっぱり似合わねぇだろ?」
彼女は無言で不満そうにオーフェンを見返した。
店員の女性も、彼女の横で苦笑いをしている。
それらの様子がおかしくて、オーフェンも小さく笑った。


「ま、似合うようになったら買ってやるよ」
またいつものように歩きながら、オーフェンはしょげた彼女を慰めるように言った。
「いつになったら似合うと思う?」
真剣な表情で聞いてくるクリーオウに、彼は軽く笑った。
「さてな」
それは半年後かもしれないし、五年後かもしれない。
(どっちにしろ、楽しみではあるな)






(2003.9.20)

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