あるひとつの墓の前で、じっと祈りを捧げている女性がいる。 つややかなブロンドを腰のあたりまで伸ばし、陽光の中、目を閉じてたたずむ。 オーフェンはその彼女の傍らに立って、ぼんやりと薄く白い雲が浮かぶ空を見ていた。 今日は、クリーオウの父親―――エキントラ・エバーラスティンの命日である。 墓参りをするため朝から家を出たのだが、墓はすでに誰かの手によって綺麗にされており真新しい花も添えられていた。 たぶん、彼女の母親と姉がしたものだろう。 残された仕事は、ただ買ってきた花を捧げることだけだった。 それすらもとっくに終えてしまっている。 オーフェンはすることもなく、手持ちぶたさを感じていた。 「よし、報告終わりっ!」 と、彼女が明るい声を出してこちらをくるりと振り返る。 「ごめんね、待たせちゃって」 「いや……もういいのか?」 言いながら、彼はぼりぼりと頭をかいた。 「うん、報告したいことは全部済んだわ。この前オーフェンに頭はたかれたこととか、不当な理由で怒られたこととか」 彼女が邪気のない笑みを浮かべて、邪気をたっぷり含んだせりふを言い放つ。 「不当な理由ってあれはお前が―――」 「お前が?」 「う……悪かったよ」 いつもならここでは絶対に謝らないのだが、彼女の父親の前(だと信じられている)ではそんなわけにはいかなかった。 不承不承ながらも頭を下げておく。 するとクリーオウは勝ち誇るように小さな胸を張った。 「でしょ?あれはオーフェンがいけないのよ」 「てめ……後で覚えてろよ」 うめく。 が、彼女は気にも止めないようだった。 それにオーフェンは大きく嘆息した。 このしたたかな娘の父親の顔を、生前見ておきたかったと心底思う。 「にしても……」 「?」 クリーオウがきょとんとする。 「意外だよな」 オーフェンは視線で墓を示して言った。 「なにが?」 疑問符を上げる彼女に苦笑して答える。 「『ティシティニー、マリアベル、そしてクリーオウに永久の愛を誓う』」 「ああ……」 うなずいてクリーオウが、石に刻まれた文字を指でなぞる。 「なんつーか、お前の親父さんならもっと格言みたいなもんを残すと思ったんだけどな」 「例えば?」 「例えば?あー……、人生とはスゴロクのようなものだ。だがスゴロクとただひとつ異なるのは、人生にはアガリがないということである……くらいかな」 「そうね」 言って彼女がくすりと笑い、後を続けた。 「わたしも昔はオーフェンと同じようなこと思ったのよ。あんなに格言が好きだったのに、どうしてお墓には普通なこと書くのかしらって。みんなと同じなのは芸がないっていうか、つまらないじゃない?」 「いや、つまらんってお前は親父さんに何を求めてたんだよ……」 「だけどね」 尻上がりに話しかけてきたくせに、こちらの意見はきっぱりと無視して彼女の話は続けらる。 「格言みたいなのもお父様らしいけど、ここに書いてあるのも意外性があったのよね。案外ロマンチストだったのかしら」 「ロマンチストっていうか、最後までボケてもしょうがないって思ったんじゃねーか?」 「夢壊すようなこと言わないでよ……」 クリーオウが嫌そうな顔をしたが、彼は無視した。 彼女はオーフェンから視線をはずし、それきり黙ってしまった。 しばらく沈黙が続く。 (少し言いすぎたか?) 目を閉じて小さく嘆息する。 (いつも俺の方が謝ってる気がするな) とにかく、彼女の機嫌を直そうと、口を開いたところでクリーオウに先を越された。 「オーフェンはさ……」 「うん?」 「オーフェンなら、お墓に何て掘るの?」 「お前……また縁起でもないこと考えるな・・・」 思わず顔をしかめる。 「そうだけど……いつかは決めることでしょ?だったら今決めてもいいんじゃないの?」 「そうだなあ」 オーフェンはうなりながら、宙を見上げた。 青い空には、相変わらず白い雲が浮かんでいる。 「お前の親父さんと同じかな」 横目で彼女の父親の墓を見ながら言う。 「え?」 「クリーオウに、永久の愛を誓う」 すると彼女は嬉しそうに笑った。 お返しと言わんばかりに、とびきりの笑顔をオーフェンに向ける。 「じゃあわたしも、オーフェンに永久の愛を誓う、にしようかしら」 それは一点の曇りもない、純粋な笑みだった。 たぶん、クリーオウはラブレターでも書いているような感覚なのだろう。 それ故に、死のことなど、少しも考えていない。 だが、オーフェンはそれを見過ごすことができなかった。 彼女の肩に手を置き、真摯に話しかける。 「頼むから」 息をついて、続ける。 「俺を残して―――死ぬな」 すると、クリーオウがきょとんとした表情を作った。 それに苦笑いを返して先を続ける。 「お前が死んだら俺は泣くから」 ―――きっと立ち直れなくなるから。 「俺よりも一日だけでいいから長く生きてくれよ」 なかば、懇願するような形でオーフェンは言った。 クリーオウの冗談にも軽く流せない自分は愚かだろうか。 しかし愚かだとしても、言わずにはいられなかった。 「それってなんかずるくない?」 クリーオウの声に反応して、彼はいつの間にかうつむけた視線を彼女に戻す。 「それじゃあわたしが残されちゃうわけでしょ?わたしだって泣くわよ」 「ああ」 笑ってうなずく。 「だから二人で長生きしような」 「わかったわ」 オーフェンの言葉に、クリーオウもはっきりとうなずいた。 「約束ね」 「ああ。お前も絶対に破るなよ」 クリーオウの父親の前で誓い合う。 案外ロマンチストな彼女の父親が応えるように、柔らかな風が二人を撫でていった。 永遠が存在しないことなど、分かっている。 だが、少しでもそれに近付いていくように。 エキントラ・エバーラスティンが墓碑銘に残したように。 (2003.9.12) Project SIGN[ef]F |
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