□ 048:熱帯魚 □


「ねったいぎょ?」
彼女は後ろ歩きで、体を傾けて訊いてくる。
頭の上で寝ていたディープ・ドラゴンの子供がバランスをくずし街道に転げ落ちた。
彼女はあわてて黒い子犬を抱き上げる。
「なにそれ、オーフェン?」
「なんていうかな……。とにかく暖かい地方に生息する魚の総称だよ。見た目が綺麗だから観賞用に飼育される。食べられません」
「飼育?水槽かなんかで?」
胸にドラゴンを抱いた金髪の少女が眉間にしわをよせる。
「そんなの、かわいそうよ」
オーフェンは彼女が不平をこぼす理由が想像できたため、何も言わなかった。
「水槽みたいなせまい場所に閉じこめられたらかわいそうじゃない」
彼女は背中に真っ青な空を背負いながら、空と同じ色をした瞳にそれに似つかわしくない怒りの色を混ぜる。
こちらは何も悪くないのだが、彼女はそれでも機嫌を損ねてしまったようでぷいと先に歩いていった。


彼女も、熱帯魚。
艶やかな長い金髪に、透き通った碧い瞳。
普通の魚とは違う、まるで熱帯魚のような美しさ。
家というせまい水槽に閉じこめられ、そこで一生を過ごす。


水槽の中は、不自由な事などなにひとつない。
美しいと褒められ、大切にされ、必要なものは何でも与えられる。
危険なことはなにひとつなく、綺麗な水の中で生きることができる。
約束された未来。

その代償は広い世界からの隔離。


熱帯魚を水槽から海へと解放するのは誰だろう。
優しい飼い主か。
まったく別の誰かか。
それとも魚自身か。


外の世界は危険だと知っていても、恐れることなく飛び出した。


彼女は……水槽から逃げられるのだろうか?






(2003.4.8)

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