□ LOVE ME MYHONEY □


クリーオウが真剣な目をして木剣を正眼の位置にかまえる。
オーフェンもまた右手に木剣をぶらさげつつ、彼女を見返した。といっても、彼の場合はクリーオウほど真 剣ではなかった。真剣どころか、彼女の剣の相手をするのはお遊びだと思っている。オーフェンの方が技術は圧 倒的に上なので、剣の打ち合いで本気を出すまでもない。軽く稽古をつけてやり、自分はその時間を楽しむつも りでいた。
クリーオウが小さく息を吸う。そして止め、突進しながら勢いをつけて最短距離でオーフェンめがけ剣を振 り下ろしてくる。
彼はそれを危機と認識することさえなく、歩きたての子供を優しく見守る親の気持ちでながめていた。真剣 なクリーオウのまなざしが実に微笑ましい。連続して繰り出される太刀筋を見極めて、オーフェンは彼女とのダ ンスを楽しんだ。
何度か繰り返していると、クリーオウに疲労と苛立ちの色が出る。
オーフェンはそれを終わらせるつもりで剣を避け、彼女の額に軽く唇を付けた。
「はい、終わり」
すると勢いを殺せなかったクリーオウは数歩よろめき、彼からやや離れた場所で立ち止まった。
それから肩を震わせたかと思うと、鬼のような形相でこちらを振り向く。怒りを顔いっぱいに表現して、ク リーオウは木剣を地面に叩き付けた。
怒った顔もかわいいなと浸りつつ、視線で問いかける。
「もう!まじめにやってよ!」
どうもオーフェンが軽く相手をしたことが気に食わなかったらしい。
しかしこんなにもかわいい娘に、武器を使った打ち合いに本気になれるはずがない。木とはいえ剣をクリー オウに当てるなど、もっての他だった。
そのためオーフェンにも彼の言い分がある。
「まじめにやってるさ。ちゃんと剣をさばいたりしてるだろ」
ひょいと肩をすくめる。
だが彼女はそれを認めず、さらに苛立たしそうに地団駄を踏んだ。
「そーじゃなくてフィニッシュ!馬鹿にされてるみたいですごく嫌なの!どーしてオーフェンは真剣勝負に そんなこと平気でするわけ!?」
額にキスをしたことを言っているのだろうか。
あれは愛情を表現したものであったので、そんな風に怒られると悲しい。けれどクリーオウとこれ以上喧嘩 をするのも意味がないので、オーフェンは彼女に合わせることを選んだ。
「分かった。じゃ次からはもうちょい厳しくするから、そんな怒るなって」
「絶対だからね!」
そう言ってクリーオウは彼に背中を向ける。
「どこ行くんだ?」
何も告げず家へ帰ろうとする彼女の横に並び、オーフェンは訊いた。
唇をとがらせた横顔もまたかわいい。
「汗かいたからシャワー浴びるの」
「俺も一緒に入ろうかな」
冗談のつもりで、クリーオウの腰を抱く。今までの経験から、シャワーの同行を申し出て、彼女が嫌がるこ とは重々承知していた。それでもあえて提案してみるのは、クリーオウとじゃれるのが楽しいからである。
彼女はいつものようにぎっとオーフェンをにらみつけた。
今回はどんな悪態を吐かれるのだろうと、笑顔で視線を受け止める。
が、次の瞬間、腹部に鈍い痛みが 走った。
「!?」
驚いて痛みを感じた場所を見ると、クリーオウの肘が彼の腹にめり込んでいる。悶絶するような打撃ではな いが、なかなかに痛い。
それでもオーフェンに非があったことは知っていたので、とりあえずは友好的な笑みを作った。
「最低!」
しかし謝罪を受け入れずそれだけ言うと、クリーオウはまたもや彼を置いて歩いていく。
やや痛みの残る腹をさすりながら、オーフェンは彼女の後を追った。


♥love me love you love me love you love me love you ♥


オーフェンはシャワーが終わると、早速クリーオウの姿を捜した。
そう時間もかからず、すぐに見つける。家の中に限らず、クリーオウを見つけるのは、オーフェンの得意技 だった。彼女だけの輝きが彼には感知できて、どんな人ごみでもその輝きを見失うことはない。家の中でクリー オウを捜し出すのは、彼にとって魔術を使うよりも簡単なことだった。
居間のソファで彼女は腕を組み、難しい表情で前方をにらんでいる。
そんな姿も実に愛らしい。
オーフェンはクリーオウの隣りに座り、さりげなく彼女の肩を抱いた。
すぐそばにいるクリーオウの体から、ほのかに石鹸の香りがする。自分と同じ石鹸を使っているはずだが、 彼女が使うともっと良い香りに思えた。
このまま眠ってしまいたいほど、この空間は心地良い。
うとうとと目を閉じると、クリーオウが彼の手をそっと握り返してくれた。
「どこ触ってるのよ・・・!?」
「・・・ん?」
彼女の声に、閉じていた目を片方だけ開ける。
クリーオウは怒り狂ったような表情で、小刻みに震えていた。
どこ、と訊かれても、身に覚えがない。オーフェンは首をひねることで、彼女に問いかけた。
「胸に触ってたわってゆーか触ってただけじゃないし!どーして昼間っからそんなことしようとするの!? 」
「・・・ああ」
しばらく考えて、ようやく思いつく。オーフェンは無意識のうちに、彼女のとても柔らかい体の一部を撫で ていた。柔らかさの正体はクリーオウの胸であったらしく、どうりで気持ちが良いと感じたはずだ。
オーフェンは小さく笑い、横から彼女を抱きしめた。そして、耳元でささやく。
「もっと?って痛っ!」
「最低!」
罵声と共に、クリーオウは彼の頬を平手で力いっぱい打った。そして髪の毛を翻しながら、ばっとソファか ら立ち上がる。怒ってどこかへ行ってしまうのかと思いきや、彼女はオーフェンに細い指を突き付けた。
「セクハラよ、そーゆーの!お願いだからやめて!」
「せ、セクハラ・・・」
クリーオウに本気で拒否されたことと、告げられた言葉に大打撃を受ける。
反射的に手で頬を押さえ、オーフェンは呆然とした。
「でも・・・夫婦でセクハラって、そんなのあるか?だって、俺たち結婚してるんだぞ?お互いに好意を持 つ者同士じゃねーか。好きな相手に触ったり触られたりするのは気持ちよくはあっても嫌悪するようなもんじゃ ないだろ?」
ただひとつの単語が脳内で反響する中、何とかそんな説明やら弁解をしぼり出す。
対してクリーオウの返答は素晴らしくきっぱりとしたものだった。
「オーフェンのはまぎれもなくセクハラだわ!当然でしょ!?相手が嫌だと思うことがセクハラよ!今度そ んなことしたら離婚しちゃうんだから!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
好きなだけ喚いて、クリーオウは部屋を出て行く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
オーフェンの沈黙は長かった。彼女が居間から去ってから、やっと声が出たほどに。
離婚というのは、やはり結婚を解消するという意味の離婚なのだろうか。
「そんなことは有り得ないだろ」
自分の質問に、自分で答えを返す。たかが数回、おおげさにスキンシップを取ったくらいで、そんな恐ろし い結果になるわけがない。単にクリーオウは頭に血が昇ってつい口走ってしまっただけだと、オーフェンは結論 づけた。
しかし彼女が本当に怒っていたのも事実である。今は下手に追いかけるよりも、大人しく待っていたほうが 得策だった。
たとえその場限りのけんかだとしても、離婚を迫られれば、彼に取っては相当なダメージになる。
少し時間が経てば、クリーオウの機嫌も直るだろう。彼女は自分の何倍も気が変わりやすい。

――だがクリーオウが実際に彼のいる部屋に来たのは、それから三時間ほど経ってからだった。
それもどちらかというと、気が変わったというよりも夕食の準備をするついでのようである。顔を合わせた とたん怒るようなことはなかったが、空気はいつもよりぴりぴりしていた。これは怒りの原因を忘れていない証 拠である。
いつもならオーフェンはすぐに近付いて最低でも髪には触れるのだが、今はどうだろうか。問題ないような 気もするが、念のためにじっとしておく。
たったそれだけのことだったが、オーフェンはストレスに感じた。
どうも、そわそわする。
いらいらする。
数分間もがまんできず、オーフェンはそそくさとクリーオウに近付いた。
「クリーオウ」
機嫌を取るように、優しく名前を呼びかける。
それに対して、彼女はやや冷たい目でオーフェンを見た。
「なに?」
「いや・・・。何か手伝おうか?」
「いらない。オーフェンが来ると進まないんだもの」
それは彼がスキンシップを求めてクリーオウによくちょっかいをかけるからなのだが、知らないふりをして おく。
故にそれ以上会話を続けることができず、彼は黙ってその場に立っていた。
しばらくすると、クリーオウが迷惑そうな表情でこちらを振り返る。
彼は会話を期待したのだが、彼女の口から出たのはもっと冷たい言葉だった。
「もう、何か用なの?オーフェン邪魔」
「邪魔・・・」
クリーオウにしてみればそうなのだろう。あまり広くないキッチンが、彼のせいでさらに狭くなっていた。 料理のことが何も分からないオーフェンは、次に彼女がどう動きたいのか、さっぱり分からない。
しかし迷惑と知っていてなお、クリーオウのそばから離れられないのだ。
とにかく、ひたすらコミュニケーションに飢えている。
「・・・分かった。俺はあっちで大人しくする。だがその前に」
「・・・なによ」
「キスしていいか?」
いつもなら絶対にこんなことは聞きはしない。いつもなら彼女の了承も得ずに唇を奪っている。だが今日は 万が一に備えて、確認を取ることにした。胸をときめかせながら、クリーオウの返答を待つ。
「ヤ」
「ん?」
「い・や!」
「どうして!」
まさか拒否されるとは思ってもみなかった。
彼の予想――というか妄想――では、クリーオウは迷った末に「ちょっとだけね」と照れながら目を閉じる かもしくは返事をせずに軽く彼女の方からキスをしてきて「はいお終い。あっちで大人しくしててね」と言いど ちらにせよオーフェンは幸せな気分で料理を作る彼女の後ろ姿をながめるはずだったのだが――。
「どうして!」
理由を待ち切れずに、オーフェンは間を入れず同じ質問を繰り返した。
「わたしもオーフェンにいじわるされたからよ!」
「いじわるって、あれは愛情表現だろ!どう解釈すればそーなるんだ!?」
「とにかく嫌!しばらくは手も繋がないんだから!無理矢理したら離婚よ!」
「・・・・・・・・!」
離婚という言葉に体が竦む。そんな脅しをかけられると、無茶をするわけにもいかなかった。
「なあ・・・それはないだろう?いくら何でも厳しすぎるぞ。泣くぞ、俺?」
手も繋がないというのは、クリーオウに一切触れてはならないことになってしまう。オーフェンに取っては 絶食するよりも酷い仕打ちだった。どこまで耐えられるかの問題もある。
「そんなこと言ってもだめ。冗談言えばわたしが許すとでも思ったの?」
「冗談って、本当に泣くぞ。浮気するぞ」
「そんなことしたらますます離婚ね!」
「っ!」
泣き落としも脅しも通用しない。
クリーオウはぷいと顔を背けて夕食の準備に専念した。
「じゃあ、浮気は絶対しないからせめて抱きしめさせてくれ」
「少しもがまんできないなら浮気して離婚を選んで」
「・・・・」
彼女の答えはどこまでも冷たい。だが、その冷たい姿でさえオーフェンには愛らしく思えてしまう。
なぜなら彼女は、とてもかわいいからだ。
「わかった。俺はお前が俺の胸に飛び込んできてくれるのを待ってるから・・・できるだけ早く来てくれよ な」
「・・・・」
これも無視。
だがこれでいい。
今はきっと意地を張って素直になれないだけなのだ。
オーフェンはそれ以上は何も告げず、すごすごと居間に戻った。
ソファに腰かけるが、腕と胸がとても寂しい。クリーオウほど触り心地が良くて抱き心地が良いものを、彼 は他に知らない。
いつか(できれば早めがいい)クリーオウが彼に甘えてくるのを待つというも、また一興かもしれない。
そう自分をなぐさめて、オーフェンは早速涙を流した。






(2006.4.6)
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