魔術士同盟トトカンタ支部のとある一室。とある一室のとある一角で、オーフェンは仕事もせず自己嫌悪に陥っていた。 自己嫌悪に陥った原因。それは、昨日もいつものように起こるべくして起こった、クリーオウとのけんかである。自分としては満足した結果となってけんかは終了したのだが、解決の方法としてはそれで良かったのか、納得しきれないものがあった。 昨日のことを思い出すだけでも嫌な気分になる。 後悔とは少し違う。 だがもっと他のやり方はなかったかと考えてしまうのも正直な気持ちだった。 昨日自分がしたことを思うと、どこかに逃走してそのまま消えてしまいたいくらいである。 本日何度目かの複雑な感情がまた押し寄せてきて、オーフェンは机に突っ伏し、一人うめいた。 「なぁ、仕事してくれよ、キリランシェロ・・・」 唐突に、背後から悲しそうな懇願の声が聞こえてくる。 振り向くと、そこには昔からの友人であるハーティアが、悲しそうな表情をしていつの間にか背後にいた。 常識的に考えて、オーフェンが仕事をサボれば、その分周りの人間が迷惑する。だがまわりの人間の苦労など、知ったことではない。それよりもオーフェンは自分のことで精一杯で、ハーティアの顔を見つめしばし考えた。 (こんな奴でも、話聞いてもらうだけで楽になれるかもな・・・) 彼は助かりたい一心で、ハーティアに相談することに決める。 「まぁ、座れよ」 「はあ・・・?」 相変わらず疲れたようなハーティアに、オーフェンは近くにあったいすを勧めた。 プライベートの悩みなので、相談するのにもとにかく緊張する。オーフェンは唾をごくりと飲んでから、重たい口を開いた。 「あのな、俺昨日、クリーオウとけんかしたんだよ」 「ふうん」 ハーティアはただ、気のない返事を返してきた。いつものことだと思っているのかどうでもいいと思っているのか、無表情である。 だが真剣に相談に乗られるよりも、こういう風に流してくれた方が今はいいのかもしれない。 「けんかの原因は・・・些細なもんだ。そうだと思ってる」 「はいはい」 「でもな、昨日は久々に頭に来てな。俗に言う「キレた」ってやつか?」 「へえ?」 ハーティアの相槌が、少しだけ興味深そうに色を変えた。よほど意外だったのか、彼はさりげなく座り直し耳を傾けてくる。 やはりやめようかと考えたが、他人の意見も聞きたかったので、オーフェンは先を続けることにした。 「すっげえ頭に来たんだよ。何度言ってもクリーオウは言うこと聞かなかったし。相手が自分の彼女とするぞ?普通に言っても聞かなかったら、お前どうする?」 「うーん・・・ちょっと強めに言うかな。怒るとか・・・」 ハーティアは自信がなさそうに答える。 そうだよな、と言って、オーフェンは同意するように二度うなずいた。 「で、だぞ?怒鳴っても相手が引かなかったらどうだ?むしろこっちに対して文句言ってくるんだよ。自分も怒りがおさまらない。そんな時・・・お前ならどうする?」 「ええ!?どうだろう・・・」 聞くと、ハーティアは今度は深く考えるような素振りをした。オーフェンから見てもこの友人はかなり温和な性格で、女性には特に優しいと来ている。彼がなかなか答えを出せないのも無理はなかった。 「お前じゃなくてもいいんだよ。一般的に・・・言葉で相手が聞かなかった場合は?」 欲しい答えを誘導するように、オーフェンはしつこく説明する。一般的だからといって許されるものでもないが、せめてしょうがないことだと思いたかった。 すると妙に一生懸命な彼に、ハーティアは曇った顔つきになる。 「もしかして暴力とか・・・そういうことか?」 「くっ・・・!」 その一言は胸に突き刺さり、オーフェンは頭をかきむしった。自分が昨日クリーオウに対してやってしまったことは、暴力といえてしまうのだろうか。 オーフェンが苦悩するのを見たハーティアは、あわてたように聞いてきた。 「まさかクリーオウに暴力ふるったっていうのか!?」 「でかい声で言うな!」 オーフェンは叫んで立ち上がり、ハーティアの赤毛に覆われた頭をはたいた。 まわりを見回し、誰もこちらに注目していないのを確認してから、静かに座りなおす。 殴られた頭をさするハーティアは、深刻そうに顔を歪めていた。 「そりゃやばいだろキリランシェロ。女の子にそんな・・・・」 ことの重大性を理解したのか、彼は小声になって話す。 オーフェンはうなだれ、首を横に振った。 「いや、そこまではやってない。まぁ、似たようなもんだが」 自嘲気味に笑う。 自分が情けなくて、涙が出そうだった。 冤罪を求めるように、ハーティアにゆっくりと昨日起こった真実を話す。目の前の男は神々しくもなんともないが。 「昨日・・・・。クリーオウが夕食を作るとき、健康のためだとか言って、クリームシチューに魚を入れようとしたんだよ」 「う、うん・・・」 「シチューに魚だぞ!?しかもクリームシチュー!身だけならともかく内臓まで・・・。俺はいつもやめろって言ってんのにあいつはやめたためしがない。で、俺もつい、かっとなって・・・」 「それで、手を出したのか?」 「そうなるな。俺はあいつに・・・思わず『めっ』って・・・」 「は?」 ハーティアは一瞬、気の抜けたような声を出した。 しかし話すことに夢中で、オーフェンはそれに気づかない。 彼は両手で頭をかきむしった。 言葉と一緒にクリーオウの額を弾いたときの、彼女の表情が忘れられない。 彼女は青い瞳をいっぱいに見開き、呆然とこちらを見ていた。 「やべえだろ!?『めっ』って何だよ『めっ』って!?暴力もやばいがそれもやばくないか!?いい年した大の男がわがままな嫁を叱る方法がそれでいいのか!?」 「たしかにやばいね、それ」 緊迫した声、というよりものほほんとした声が返ってくる。 またもやオーフェンは恥ずかしさでそれに気づけなかった。 頭を振り、乱れ苦悩する。 「あいつの唖然とした顔が忘れられなかった・・・!夜は眠れないし、ぎくしゃくするし・・・」 後半はほとんど涙声だった。 どうしていいのかわからない。 何でもいいから救われたい。 答えを求めるように、オーフェンは涙をこらえながらハーティアを見た。 彼はひざを組み、同情するように眉を寄せている。 「それでクリーオウは?バッカじゃないの?とか君に言ったのか?」 「やった後か?いや・・・あいつは・・・魚を入れんのをやめただけで何も言ってない」 あの後、クリーオウは弾かれた額を手でおさえ、驚き固まった。そして叱られた子供のように口を尖らせ上目遣いになり、それから黙々と魚を違う料理に変えていった。 それから二人とも無言となり、今朝も必要以上の会話をしていない。 やはり間違ったことをしてしまったのだろうかと、ずっと後悔していた。 できることなら、あの時間をもう一度やり直したい。 「じゃあ別にいいんじゃないの?」 一人で悶々と悩んでいると、ハーティアから意外な答えが返ってきた。気だるげにいすにもたれかかり、いい加減に手を振る。 意味が分からず、オーフェンは視線で問いかけた。 「君の変な行動にも効果はあったんだから、気にすることないんじゃない?」 「しかし・・・」 「どうしても納得できないんだったら謝るしかないだろ。昨日は変なことしてすいませんでした、とか」 「それで大丈夫だと思うか?」 問うと、ハーティアはつまらなさそうにうなずいた。 ――数時間後、オーフェンは仕事を終え、建物の外へ出た。 秋の入り口とはいえ、太陽はまだ高い位置にある。 と、建物のそばで、小柄な娘がうつむいて立っているのに気がついた。 「クリーオウ」 オーフェンはその人物の名前を呼んで、彼女のそばまで駆け寄った。 名前を呼ばれると、クリーオウは弾かれたようにぱっと顔を上げる。それから不安そうな瞳でこちらを見つめ、そっと彼の指に触れてきた。 「オーフェン・・・。昨日はごめんね。わたし・・・オーフェンがそんなに怒るとは思わなかったから。でもね、嫌がらせしようとしてシチューにお魚を入れようとしたんじゃなくて、オーフェンには栄養を取ってほしかったからいつもそうしてたの」 彼女はそれだけ言うと、再びうつむき黙り込む。 クリーオウも、オーフェンと同じで今日一日そのことを考えていたらしい。それだけを言いたかったために、わざわざこんなところまで来たのだろうか。 彼女が自分に愛想を尽かしたのではないと知って、本当に良かった。 自然と笑みがこぼれ、彼女の手をしっかりと握る。 「俺も・・・ごめんな。悪かった」 「・・・うん」 そして二人は微笑み合い、手をつないで自分たちの家へ帰って行った。 (2005.9.6) |
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