「うーん・・・あんまり好みじゃないわね」 「・・・・・・・・・」 「しかも大きすぎるわ。どの指もぶかぶか」 「・・・・・・・・・・・」 「綺麗は綺麗だけど・・・ちょっともったいなかったかも」 「・・・・・・」 「いちおうもらっておくけど。ありがとね、オーフェン」 「・・・・・・・」 大切でない、大切なもの オーフェンはテーブルに頬杖をつきながら、もう一方の手でこつこつとテーブルを叩いていた。 9時過ぎである。オーフェンが家に帰ってきてから、もう何時間も経っていた。 それなのにクリーオウは出かけたきりまだ家に帰ってきていない。 昨日友人と遊びに行くとは言っていたが、それにしては帰りが遅すぎた。 夕食でも食べているのだろうかとはじめのうちは気にしなかったが、時間が時間である。 さすがに放っておくというわけにはいかなくなってきた。 「捜しに行く・・・か?」 クリーオウももう子供ではない。付き合いの一つや二つあるだろう。束縛などしたくはないと思っているが、やはり心配だった。事前に知らせておいてくれれば、これほどまで気をもまなかっただろうが。 捜しに行くか家で待っているか迷った末、出かけることにして玄関にかぎをかけて家を出る。 言うまでもなく外は真っ暗で、家の前の道にはすでに人影さえ見えなかった。仕事をしているオーフェンでさえ、こんなにも帰りが遅くなることはない。 (っても、どこにいるんだろうな、あいつ) よく通る道を早足でしばらく歩く。 すると行く先から小柄な人間が歩いてくるのを見つけた。長いブロンドといい、体形といい、クリーオウ本人であることにほぼ間違いない。 しかし彼女は俯いて歩いていたので、オーフェンには気づいておらず、また足取りもいつもより格段に重かった。とにかく元気の塊のような娘である。その彼女がこれほど元気を失うとなれば、何かあったに違いないとオーフェンは見当を付けた。 「クリーオウ!」 どこか放心した風の彼女が気づくように、大きめの声で名前を呼ぶ。 するとクリーオウはびくりと肩を震わせ、はっとしたように顔を上げた。心なしか顔色が悪い。 「あ、オーフェン・・・。お帰りなさい・・・」 「お帰りじゃねーよ!どこほっつき歩いてたんだ!」 叱責の意味をこめて、少し強めに怒鳴る。 すると怒鳴られたクリーオウは言い訳もせず、しゅんとして肩を落とした。怒られたことに言い返すと思いきや、これである。 さすがにオーフェンは心配になって、落ち込んだ様子の彼女に尋ねた。暗い道の真ん中で立ち話も妙なので、クリーオウの背中を押し、家に帰るのを促しながら。 「なんだ。何かあったのか?」 聞くと、彼女はこちらを見上げすねたように顔を歪めた。 「ごめんなさい」 何の脈絡なく、クリーオウは泣きそうな声で謝ってくる。 意地を張らずに素直に謝るところは彼女の長所だと思っているが、説明もなしに謝られると意味が分からない。 「なにが」 クリーオウがここまで落ち込むようなことはめったにない。それ故オーフェンはある程度のことには驚かないよう覚悟をしながら話の続きを求める。 黙ったまま彼女が説明してくれるのを待っていると、やがてクリーオウはうつむき深く嘆息した。 「なくしちゃったの」 「なにを」 再度問い返しながら、クリーオウがなくして困るようなものを推理する。こんな遅くまで必死で探すというなら、それなりのものだろう。 さいふか、通帳か。 あまりショックを受けないよう心して耳を傾ける。 「・・・指輪」 「あのダイヤか・・・!?」 聞いた瞬間、ほんの少しばかりのめまいを感じ、オーフェンはくらくらする頭を支えた。 それなりに高価で、恥ずかしくはあっても大切な思い出の詰まった指輪であるから、失ってしまってはなかなかつらいものがある。 彼女を責めないよう、彼が表に出さないように動揺していると、クリーオウは落ち込んだまま否定した。 「その指輪じゃないわ」 「じゃあ結婚指輪か・・・!」 失くしたのがダイヤでなくて安心したのも束の間、結婚指輪ならそれはそれでショックである。 むろんオーフェンの左手の薬指には彼女とペアの指輪が嵌まっている。片方しか残っていないというのも、ずいぶんと間抜けな話だ。 同じデザインのものはまだ売っているだろうか。いや、その前に保障などは有効だっただろうか。 オーフェンが指輪を購入した当時のことを必死に思い出そうとしていると、クリーオウはまたもや否定した。 「その指輪でもないわ」 「じゃあ、どれだよ?」 意外な答えにきょとんとして、クリーオウに問い返す。 彼女がここまで大切に思っている指輪など、オーフェンは他に心当たりがない。 たとえば父親の遺品か、母親に譲り受けた指輪などといった由緒正しいものがまだ他にあるのだろうか。 しばらく黙考していると、クリーオウはやっとのことで口を開いた。 「前、オーフェンがくれたでしょ?あの指輪。あの指輪をなくしちゃって、探してたの」 「・・・・・・・・?」 彼女はさらりと「あの指輪」と言ったが、オーフェンには何のことだか覚えがない。 クリーオウは恐る恐るといった風にこちらの反応を待っている。 しばらく考え、オーフェンはようやく思い出してぽんと手を打った。 「ああ、あれか」 10日ほど前にふと目に入り購入した、きらきらしたネックレスとセットの指輪。よくよく見ると、彼女の細い首には指輪と同じデザインのネックレスがつけられていた。 そんなに高価でもないし、大量生産型の言ってしまえばどうとでもないようなアクセサリーである。 「でもお前、あれは好みじゃないって言ってたじゃねーか」 「・・・・うん」 言うと、クリーオウは口をとがらせ気まずそうにしてからうなずいた。 「サイズも合わないって言ってたし。それなのにはめてったのか?」 「・・・・・・そう」 こっくりと、彼女は再びうなずいた。どう見ても、明らかに落ち込んでいる。 そんなクリーオウの気持ちが、オーフェンにはあまり理解できなかった。彼女の性格ならば、気に入らなかったら宝石箱に入れたまま放置しそうなのだが。 「別に・・・しょうがないだろ。あんまり気に入ってないんだったらここまで探す必要もなかったんじゃないか?」 「そうだけど!でも!」 とっさに反論したものの、うまい言葉が見つからなかったのかクリーオウが口を閉ざす。 軽く嘆息すると、彼女はぽつりと言った。 「でも・・・大切なのよ」 やけにしおらしく、クリーオウがうなだれる。 (・・・・・・) どう返事をすればよいのか分からず、オーフェンはがりがりと頭をかいた。それほど彼女が指輪を大事に思ってくれるなら一緒に探すのを手伝ってやりたいが、こう暗くては埒が明かない。 オーフェンはクリーオウの頭をぽんと叩き、元気づけるように言った。 「明日になったら俺も探してやるから、そう落ち込むなって」 「・・・うん」 彼女はこちらを見上げ、少しだけ笑うとうなずいた。 後日談として。 なくしたと思った指輪は、クリーオウのバッグの中でその日のうちに発見されたとか。 (2005.8.27) |
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