休日の朝、たっぷりと眠り、クリーオウは目を覚ました。数度まばたきしてから、体を起こす。ダブルベッドの上で猫のように伸びをすると、隣で眠っていたオーフェンが身じろぎした。 彼と彼女の睡眠時間の差はあまりない。休日ともなると、二人はだいたい同じ時間に起きるようになっていた。 外は上天気。雲が流れるのもゆっくりで、風もそんなに吹いていないのだろう。 気分も軽く、クリーオウは穏やかな気持ちでオーフェンが起きるのを見守った。 ややあって、彼がうめき声を発して目をあける。視線が部屋を彷徨いその中でクリーオウをとらえると、オーフェンは彼なりの笑顔を作った。 「おはよ」 「おはよ、オーフェン」 朝の挨拶を、彼女が微笑んで返す。 オーフェンは満足そうに破顔して、体を伸ばし唇を彼女の方へと近づけてきた。 これも朝の挨拶。 クリーオウは目を閉じて、長くはないが軽くもない彼の口付けを受け入れた。 「もう起きる?」 「ん――――・・・・・そうだな」 彼がうなずいたので、二人そろってベッドから出る。 幸せな、いつもの休日だった。 それは幸せで、幸せすぎるくらいに・・・・。 クリーオウが用意した朝食を、オーフェンは残すことなくどれも綺麗にたいらげた。 パンと、スープと、サラダと、ハムとソーセージとオレンジジュース。 どれも簡単な料理だが、すべてにそれなりの手間と愛情を込めている。自分でもなかなかおいしく作れたと思うし、オーフェンも満足そうな表情をしていた。 空になったいくつかの皿。しかも彼はスープをおかわりまでしたのだ。 旅をしていた時には、あまりないような朝食風景だった。 (というか、そんなことってなかったんじゃないかしら・・・) 自分の考えに、ふと違和感が胸をかすめる。 オーフェンと、自分と、レキと、ごはん。旅のことを考えればマジクだけが欠けているが、重要なのはたぶんそこではない。 マジクではないとして、今の朝食風景で何が引っかかったのだろうか。 昔と今と、変化した点。 各地を転々としていたのが、毎日同じ場所にある自分達の家になったことだろうか。野外から屋内へ変化したことだろうか、便利になったことだろうか。食材が豊富になったことだろうか。結婚したことだろうか。 オーフェンと、クリーオウ。 旅をしていた時も、オーフェンとマジクは彼女の手料理を食べてくれた。 それは、今も同じだ。 しかし何かが納得できない。 だからというわけでもなかったが、クリーオウはオーフェンに作り笑いを浮かべた。 「オーフェン、ごはんおいしかった?」 「ああ。うまかった」 即答。 断言。 オーフェンが満足そうにうなずく。賭けてもいいが、嘘はみじんも含まれていない。 そう、とクリーオウは力ない返事をした。 なぜか、なぜだかわからないが、素直に喜ぶ気にはならない。 「昨日の夕食は?おいしかった?」 「昨日・・・ハンバーグか。ああ、うまかったぞ。おろしは良かったよな、さっぱりしてて」 「そう・・・良かった」 声だけで笑う。 笑顔は少し引きつっている。 さらなる違和感が、彼女の胸の中で膨らんだ。 「じゃあ、おとといの夕食は?」 「おととい?」 すぐには思い出せなかったのか、オーフェンは首をひねる。先程から質問攻めなのだが、彼は嫌な顔ひとつしなかった。こちらの質問に、ただ素直に悩んでくれている。 「うん。おとといはわたし、シチューを作ったのよ」 「ああ、あれか」 納得いったとばかりに、オーフェンはぽんと手を打った。彼なりの、とても優しい笑みを作る。 「うまかったぞ。ばっちりだ」 その答えを聞いて、クリーオウもにこりと(引きつりながら)笑った。 なんというか、とても素敵な旦那様だ。 妻の料理を嬉しそうに、どこか誇らしく褒めてくれる。それが何の見返りを求めていないのだから、妻としてこれ以上喜ばしいことはない。 でも。 だからこそ。 (なんか違う・・・) オーフェンは昔からこんな性格だっただろうか。 クリーオウの手料理をいつもおいしそうに食べていてくれていただろうか。 どうも違ったような気がする。 「あのさ、オーフェン。今日はお買い物付き合ってくれるって言ったわよね」 胸の中で、疑問と違和感がだんだんと膨れあがってきた。 たとえばこんな約束を持ち出したとき、彼は昔なんと答えただろうか。 「いいぞ。ていうかお前が昨日からさんざん言ってたじゃねーか。えーと、食糧と日用品と、あと皿とかいるんじゃなかったか?」 「そうね。うん、言ってたかも。あとじゃあついでだから・・・お洋服も買ってくれる?」 引きつった顔のままで、クリーオウがおねだりをする。オーフェンは彼女が微笑んでいるように見えたのだろうか。 「ああ」 即答。 断言。 違和感。 一度の買い物で日用品と食糧を合わせて買えば、それだけでけっこうな額になる。その上服を買うとなると、考えるまでもないのだが当然ながらまたさらに高額になる。日用品や食糧ならともかく、服はただ彼女が店で見かけて、欲しい・気に入ったというだけで、すぐに必要というわけではなかった。昔はクリーオウが頼んでも彼は買ってくれず、オーフェンのさいふをこっそり持ち出していたのだが。 「・・・・オーフェンのおさいふを勝手に持ち出しちゃったら怒る?」 いたずらっぽい口調になるよう心がけながら、彼女の以前のいたずらを口にする。 と、オーフェンはこちらを見ながら怪訝そうに眉をひそめた。口をつけていたコーヒーカップをソーサーに戻し、不思議そうに腕を組む。 「そんなことしなくても買ってやるよ。欲しい服が何枚かあるんだろ?」 彼はそれが当然であるかのようにきっぱりと言った。視線には何かあったのか、という少しだけ不安そうな意味も含まれている。クリーオウの質問攻めに、オーフェンはようやく疑問を抱いたようだった。 だがそれは、不信に感じたわけではなく、心配そうな瞳。 何かクリーオウにとって不都合なことでもあったのだろうか――そんなもの言いた気な雰囲気が伝わってくる。 もはや違和感は無視できないほどに膨らんでいた。 とうとうがまんできなくなり、彼女が俯いたままぽつりと漏らす。 「なんか、違うわ」 「・・・・は?」 声がオーフェンまで届かなかったのか、彼はきょとんと聞き返してきた。 クリーオウはキッと顔を上げ、オーフェンをにらみつける。けんかでも売るような態度で、彼に怒鳴った。 「なんか違うのよ!」 「・・・何が?」 オーフェンはびくっとなりながらも、落ち着いて問い返してくる。どこか達観したような雰囲気だった。 「全部よぜんぶ!オーフェンてば何わたしの作ったごはんをおいしそーに食べてるよ!?」 すっかり空になった彼の皿を、クリーオウがびしっと指した。思い出したのだが、旅をしていたころオーフェンらは彼女の手料理に文句をつける傾向があった。当然料理は残しもするし、ほめてくれることもほとんどない。結婚してからというもの、オーフェンの態度が豹変したように感じられた。 「・・・・うまかったぞ?」 「それにお洋服買ってくれるって!昔は買ってくんなかったのに!」 「む、昔と今は違うだろ・・・今は固定収入もあるし、服くらいなら・・・」 「あとおはようのキスも!どうして毎朝普通にしてるわけ!?なんてゆーかメロメロってゆーか骨抜きってゆーかオーフェン別人なんじゃない!?」 「・・・・・・・・・」 クリーオウがオーフェンに向かって一方的にまくし立てる。 彼はいすに座ったままの状態で、叫んだ自分を複雑そうに見つめ黙りこくった。突然態度の変わった彼女を、どう対処すべきかいくつか考えている感じである。 どちらも沈黙していると、オーフェンもまた立ち上がり、テーブルをまわってこちらの額に手を当ててくる。 「腹でも痛いのか?急にどうした?」 どうやら本当に心配しているらしい。そのことがまた無性に腹立たしかった。 今まで気付かないうちに流されて幸せな夫婦生活を送ってしまっていたようだが、こんなのはオーフェンではない。 クリーオウは彼の手を振りほどき、きつくにらみつけた。 「このままじゃわたしたちがわたしたちじゃなくなるわ。なんとかしなきゃ」 「・・・・意味が分からん」 彼が半眼になってぼそりと呟く。 だがクリーオウはオーフェンを無視して、彼のさいふを引ったくり家を飛び出した。 そして。 「あ、こらお前、なんでそんな・・・福寄せタンバリンとか妙なもん勝手に買うんだよ!?」 「おい、そっち行ったらまたやっかいなことに・・・!クリーオウ、聞いてんのか!?だからやめろって言ってんだろーが!」 「我は放つ光の白刃!」 「こら武器屋って・・・うちにそんなもん必要ねーだろ!何楽しそうに・・・!てめーも常識のある人間なら止めろよ、店主だろ!」 「おいクリーオウ。いい加減にしとかないと俺も怒るぞ」 「・・・・もういいだろ。こんだけやりゃ満足だろ。な?帰ろーぜ」 「我導くは死呼ぶ椋鳥!」 「そろそろ家に帰らねーか?な、いっぱい買い物もしたし。家でファッションショーやろうぜ?そうだ、アイスでも食うか。それ食いながら帰ろうな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・ぐ」 オーフェンが叫び、泣き、怒り、喚き散らし、手料理を食べてのたうつ姿を見て、ようやくクリーオウは満足した。 (2005.6.27) |
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