□ wanton □


空が茜色に染まる時間、オーフェンは人でにぎわう道を揚々と歩いていた。仕事も終了し、後は我が家へ帰るだけである。
けれど彼は、まっすぐ家に向かわずに、わざと遠回りをしていた。
たまたま道草をしているわけではなく、最近ではいつもそうしている。
それも、クリーオウには秘密で。
人間関係においては、良い秘密と悪い秘密と分けられるだろうが、今回の場合は後者だった。そのことを、彼は十分承知していた。
彼女に悪いという気持ちはもちろんある。
彼女にばれたら、怒るか泣くかするだろう。
だから彼は、クリーオウには見つからないよう、なるべく 慎重に行動していた。
やましい気分ながらも、通りに立ち並ぶ多くの店に目を向ける。歩きながらあちこち店を物色し、ついにオーフェンは数ある中の一軒を決めた。
「今日はここにするか」
独りごちて、オーフェンはその店に進んでいく。
そして息を吸い、笑顔で言った。
「おばちゃん、コロッケひとつ」
「はいよー」
声をかけると、威勢のいい返事がかえってくる。コロッケ屋の主人は、愛想の良い顔で、手早くコロッケを包んでくれた。
「はいよ。熱いから気をつけなよ」
「どうも」
オーフェンはできたての熱いコロッケを受け取り、早速それにかぶりついた。
そして空いているほうの手で、代金のコインを渡す。
それを確認すると、女主人は笑顔で声を張り上げた。
「まいど!また来てね、お兄さん!」
ここは食品の店が立ち並ぶストリート。夕食前の今の時間帯はたくさんの主婦達でごった返していた。そこここから食べ物の美味そうな香りが漂ってくる。
たっぷりソースのついたコロッケを噛みしめ、オーフェンは深く嘆息した。
クリーオウとの新婚生活は、自分でも意外なほど上手く甘く送っている。
家事は頼むまでもなくしっかりこなしてくれるし、オーフェンも二人分の生活費に困らない程度の仕事にありつけていた。
唯一問題があるとすれば――料理だ。
結婚するときに懸念してはいたのだが、やはりというか、クリーオウの手料理は破壊的なマズさであった。
どうにかマシにならないかと、何度か注意した事がある。
しかし味が普通になる様子はまったくなかったし――たまに驚くほど美味いときはあるが――彼女自身、悪気があって作っているわけではないので質が悪かった。
クリーオウ曰く、オーフェンの為に一生懸命作るからこそ、変な料理になるのだそうだ。
結局何を言っても無駄になるのだと悟り、彼女特製の手料理をほぼ毎日食している。
ただ――オーフェンの毎日の癒しとして、クリーオウに秘密でつまみ食いをすることが最近の日課となっていた。
そして今日も、多少の罪悪感とコロッケを噛みしめながら、にぎわう食品街を歩いている。
と。
とある一軒の八百屋で、見慣れた金髪が目に入った。
幸か不幸か、オーフェンがクリーオウの姿を見間違うはずがない。彼はとっさに、食べかけの熱いコロッケを背中に隠した。クリーオウに発見されるとたぶんまずいので、客の多い店に紛れ込む。
幸いにも、クリーオウは野菜に夢中で、オーフェンには気付かなかった。両手に持った2本のにんじんを、にらみつけるように吟味している。
その表情は真剣そのもので、ただのにんじんを決めるだけで、結局1分もの時間を要した。
そしてようやく野菜を選び終わると、クリーオウがぱっと顔を輝かせる。
「おじさん、このにんじんとさっきのピーマンとキャベツちょうだい」
「はいよ。クリーオウはお目が高いねー。野菜選びは誰にも負けないつもりの俺といい勝負じゃない?」
「もちろんよ。健康のためには手を抜いちゃいけないわ!」
満面の笑みで、クリーオウは自信たっぷりに胸を張る。
その光景を目の当たりにして、オーフェンはうめいた。
「うう・・・」
クリーオウが毎日の料理に気を使っているのは充分承知していたが、実際目撃してしまうとつらいものがある。
「ううう・・・」
彼女の健気な姿に、オーフェンの胸はちくちくと痛んだ。
いまだ湯気の立ちのぼるコロッケに視線を落とす。二口ほど食べただけだが、それは充分すぎるほどおいしかった。
対するクリーオウの手料理。
こんなコロッケが毎日のささやかな楽しみになってしまうほど――まずい。
「・・・・・・・・」
悩みぬいた末、オーフェンは決心してコロッケを飲み下した。
「クリーオウ」
悪いことをした子供のような心境で、オーフェンが声をかける。
野菜の次に、今度は肉を真剣に選んでいた彼女はよほど驚いたのか飛び上がった。胸に手を当て、青い瞳を精一杯大きく開き、振り向く。
「オーフェン?」
クリーオウは怪訝そうに首をかしげた。菓子の売っている店ならともかく、食材を売っている通りに彼が現れたのが意外だったらしい。
「こんなところで会うなんて奇遇だな」
苦笑しながら、クリーオウの荷物を受け取る。
「本当はね、もっと早くに来たかったの。けどお花いじってたら時間経つのが早くて。まだ夕食作ってないんだけど・・・怒る?」
クリーオウはこちらの顔色をうかがうように上目遣いになる。
それにオーフェンはにやりと笑った。
買い食いしているところにクリーオウが出くわしたのは、幸か不幸か。
「お互い様だな」
言って、彼女の眼前にコロッケを差し出す。
先ほどオーフェンが食べて――半分に割った片われ。
彼女の口もとに持っていくと、クリーオウはされるがままの状態でそれに食いついた。意味が分からないという表情をしながら、もぐもぐと口を動かす。
「もうしないから」
一方的に、オーフェンはそう告げた。
クリーオウの料理がまずいからといって、彼女の気持ちを裏切る行為――つまり買い食いだが――は、もうしないと決める。
彼女はしゃべれないので「何が?」と視線で問いかけてきたが、オーフェンは気付かないふりをした。






(2005.5.11)
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