□ 過去の意味 □


「たぁっ!」
クリーオウが短く息を吐きながら手にした剣をまっすぐにこちらに突き出す。
が、オーフェンは小さい動作で体を横にずらしてそれをかわす。
彼女はすかさず突いたままの剣をなぎ払ってきたが、軽く後方に飛んでその攻撃も避けた。
彼は着地と同時に強く地面を蹴り、彼女との間合いを詰め、手にした武器を振り上げた。
クリーオウはそれを頭の上でかまえた剣で受け、はじき飛ばしながら勢いをつけてそれを斜め上から振り下ろす。
すばやい攻撃だった。
しかしオーフェンは彼女の剣を、身をかがめ自分に当たるすれすれのところでかわす。
そしてもう一度武器を振り上げる。
少女は何とかそれを受け止めようとしたようだったが、先ほどの攻撃に勢いをつけすぎたためか、防御も間に合いそうになかった。
オーフェンはにやりと笑い、振り上げた腕を無造作におろした。
ぺしっ。
軽い音を立て自分の武器と彼女の頭がぶつかり合う。
クリーオウは小さな悲鳴をあげ、持っていた剣を落とし、その場にしりもちをつく。
「痛ったぁ……」 
少女は腰を手でさすりながら、こちらをじろりと睨みつける。
オーフェンは彼女の視線を苦笑して受け流し手を差し出す。
「今日はここまでだな」
オーフェンがそう言うと、彼女はさらに視線を鋭くして、荒々しくこちらの手を握った。
勢いをつけて立たせてやる。
「見てなさいよ……いつかオーフェンから一本奪ってやるわ」
言いながらクリーオウは服についた砂を手でぱたぱたと払い落としていた。
「はいはい。楽しみにしてるよ」
オーフェンは先程クリーオウを討った武器―――木の枝をぽいと後ろへ放り投げ、代わりにクリーオウの落とした剣を拾う。
その剣をしっかりと鞘に収め、彼女に渡してやる。
少女はぶつぶつと文句を言いながらそれを受け取る。
オーフェンは一息ついてクリーオウと一緒に歩きながら、彼女と彼女の剣をぼんやりとながめた。
キムラックにいた時に死の教師からもらったという、魔剣、スレイクサースト。
偉丈夫が使っていたという重量のある剣を、今は小柄な少女が手にしている。
金髪の小柄な少女と、少女に似つかわしくない大剣のビジュアルは、とてもアンバランスだった。
「なに?」
オーフェンの視線に気づいたのか、クリーオウはぱっと視線を上げて聞いてきた。
「ん、ああ……」
彼はぽりぽりと自分の頭をかきながら、とりあえず質問をさがす。
ただ見ていただけと答えても良かったのだが、今までぼんやりと思っていたことが見つかったので、それを聞いてみることにした。
「お前、たしか剣は戦争クラブとやらで習ったって言ってたな」
「うん。正しくは戦争脅威力研究クラブなんだけど」
「いや、まぁどうでもいいんだけどな。どうしてそんな変なクラブに入ったんだ?」
「どうしてって?」
クリーオウは青い目をぱちくりさせ、不思議そうに聞いてくる。
「お前は良家のお嬢様だったんだろ。なんでそんな剣やら戦争やら物騒なクラブなんて選んだんだ?」
「今もお嬢様だってば、オーフェン」
「俺が聞きたいのはそこじゃなくて……」
オーフェンは小さくうめきながら隣を見ると、彼女は一人遊びをしていた子犬を抱き上げていた。
いつもの定位置に子犬を乗せる。
それをながめながら、今度は彼女に突っ込まれないように注意しながら言い直す。
「お前は良家のお嬢様なんだろ?だったら剣術なんていくら習っても無駄じゃねぇか」
「無駄?」
クリーオウが怪訝そうに聞き返す。
「そうだろ。そんなもん、普通に生活してれば使う機会なんてまずない。役に立たせる機会がないんなら無駄じゃねぇか?」
「無駄じゃないわよ」
クリーオウは即答してきた。
が、即答はできても、その先の言葉をすぐには思いつかなかったのか、彼女は唇に指を当ててしばし沈黙する。
オーフェンは何も言わず、ただ彼女の言葉を待った。
「……わたしは今までの経験が無駄だと思う事なんて、ひとつもないわ。何のために役に立つかは今はまだ分からなくても、きっといつか、ああこの経験はこれのためだったんだなって思える日が来ると思うの。思い出として残るだけっていうこともあるかもしれない。上手く言えないけど」
そこで彼女は言葉を切り、重い剣を抱えなおす。
上手く言えないけど、とクリーオウはもう一度続けた。
「例えばね、わたしが戦争クラブで剣術を習ってた事も必要な事だったわ」
「なんで?」
オーフェンが短く問うと、クリーオウはこちらを向き、にっこりと笑いかけてくる。
全く邪気のない、純粋な微笑み。
「剣が使えるから、わたしはオーフェンのサポートができるでしょ?」
オーフェンはそれにどう答えていいか分からず、とりあえず苦笑を返しておく。
クリーオウは満足したようにうなずき、続ける。
「下町の学校に通ったのも、お姉ちゃんと同じ学校に行きたくないからって理由だったけど、でも今は、マジクや他の友達に会うためだったんじゃないかって思うの。わたしとマジクが知り合いじゃなかったら、こうして三人で旅もしてなかっただろうし。それに……」
「それに?」
クリーオウをうながす。
すると彼女は真摯な顔でこちらを見つめた。
意志の強い、青い瞳。
「こんな風にオーフェンと旅をしているのもきっと必要なことなんだと思う。まだどんな役に立つのか分からないけど、分かる日が来ると思うわ。もしかしたら―――」
と、唐突にクリーオウは話を止め、こちらから遠くの方へと視線を移した。
オーフェンも彼女の視線を追うと、昼食の準備を整えていたらしいマジクがいた。
「マジクー、ごはんできたのー?」
彼女は大声を上げながら、ぱたぱたと小走りにマジクのほうへとかけよって行った。
「…………」
オーフェンはその場に一人残され、嘆息しながらクリーオウの言いかけたことを紡ごうとしてみた。
「もしかしたら―――もしかしたら―――?なんだ?」
しかし、彼女の言おうとすることは、いつも自分に予測できたためしがなかった。
今回も自分がいくつか予想したとしても、きっとそれが当たることはないだろう。
わだかまりが残ってしまうが、とりあえずあきらめることにする。
また思い出したときにでも聞いてみればいいだろう。
乾いた風に吹かれながら、離れた場所でいつものように言い争う金髪の少女と弟子をぼんやりと見やる。
「無駄に思えても役に立ったと思える日が来る、か」
小さくひとりごちる。
思えば、自分は今までそんな風に考えたこともなかった。
五年前、姉を追いかけて<牙の塔>を出たことは無駄だとは思わないが。
でも――――――
「ボルカンの野郎に金を貸しちまったのも必要なことだったのか?」
今の自分に問いかける。
そうかもしれない、とオーフェンは胸中でつぶやいた。
(あいつに金を貸したから、エバーラスティン家に結婚詐欺をしに行ったんだからな)
そこには、クリーオウがいた。
そして彼女はマジクを連れて来た。
今、こうしてクリーオウとマジクと一緒に旅をしているのも、ボルカンに金を貸さなければ起こりえなかっただろう。
そう考えると無駄ではなかったと思える。
少なくとも譲歩できる。
「マジクー、メシはできたのか?」
こんな風に散々な目に合いつつ旅をしているのも、いつか来る日のためかもしれない。






(2003.3.27)
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