「でねでね、わたしはそんなときダーリンが好きだなーって思うわけよ」 「ふんふん」 「でも、うちのダーリンってすっごく背が高いの。って話はしたわよね?」 「うん」 「そう、40センチくらい差があるかしら。わたしもあんまり背は高くないけど、ダーリンはすっごい高くって」 「ふんふん」 「きっと、クリーオウたちくらいの身長差がちょうどいいのよ」 「そう?」 「そうよ。だってキスしたかったらいつでもできるでしょ?」 「キス?」 「うん。わたしの場合はダーリンの背が高いから、背伸びしても届かないのよ。そういう時クリーオウがうらやましくなるわ」 「ロゼはダーリンにキスするの?」 「ほえ?」 クリーオウは怪訝に思って聞き返した。 平日のランチタイム。小さい喫茶店だが、そこそこにぎわっている。 するとロゼ――ロゼッタが目をぱちくりさせる。彼女もクリーオウと同じように首をかしげた。 「もちろんするわよ?当然でしょ?」 「当然なの?」 思わずまゆをしかめる。だがそれは怒ったわけではなく、心底不思議に思えたからだった。 「じゃあクリーオウはダーリンにキスしないの?」 「しないわ」 クリーオウはきっぱりと言った。ついでに、テーブルの上のパフェのメロンを口に運ぶ。 「だってオーフェンキス魔だもの」 「いくらダーリンがキス魔だからって、クリーオウがキスしない理由にはならないでしょ?」 「そうかしら。オーフェンて、ことあるごとにキスしようとするのよ?だからわたしからわざわざしなくても、待ってればむこうからキスしてくるわよ」 「そうなの・・・?」 困ったようにロゼッタがうめく。 意味が分からず、クリーオウは首をひねった。 「でも、じゃあ、クリーオウがダーリンのことを好きだなーって思った時はどうするの?」 「べつに、なにも」 ストローに口をつけながら、あっさりと答える。 オーフェンを好きだと思うことは多々あるが、いつも自分のテンションが高くて覚えていないことが多かった。ただ、好きと思ったからといって、キスにつながったことはないはずだ。 「それ、ダーリンのことが本当に好きなの?」 ロゼッタが疑わしそうな目でじっとりと聞いてくる。 一瞬気後れしたものの、クリーオウはこっくりとうなずいた。 「うん」 「だったらどうしてクリーオウからキスしないの?本当にクリーオウからキスしたことないの?」 「したことないし、理由はさっきも説明したでしょ?」 「うそよ。好きと思ったら絶対キスしたくなるもの。キスじゃなくても何かしたくなるもの。何もしないなんて絶対に変よ」 「そんなこと言っても・・・」 困り果てて、手元のパフェをスプーンでつつく。 ロゼッタはクリーオウの新婚友達で、なぜか彼女には逆らえなかった。いつも彼女の言うことはおおむね正しいし、物腰も柔らかいのでけんかにもならない。オーフェンなら力ずくで――時にはレキの魔術を使用――黙らせることもできるが、ロゼッタにはいつも言いくるめられていた。頼りなくはあるが、彼女の母親に似ているのかもしれない。 「もしかしてキスするのが恥ずかしいとか?」 おもちゃを見つけた子供のように、ロゼッタはいたずらっぽく微笑む。 からかわれて、クリーオウは反射的に言い返した。 「そんなことないわよ!オーフェンにキスするくらい簡単だわ」 「ほんとにぃ?」 斜め下から上目遣いにこちらを見る。いかにも挑戦的な仕種だった。 それに乗ってはいけないと思いつつも、けんかを売られてそのままでいられるはずもない。からかわれる内容が些細なことならなおさらだった。 「楽勝よ、それくらい」 「だったら賭ける?」 「へ?」 ロゼッタがにやりと笑う。妖しく微笑するこの年上の友人は、妙に計算高い。負ける確率の高い勝負は決してしないタイプである。しかし、今回は明らかにクリーオウに分があると思えた。それ故、彼女は大きくうなずいた。勝つと分かりきった勝負に乗らない理由はない。 「いいわよ。やってやろうじゃない。で、なにを賭けるの?」 「チョコレートパフェ♥」 子供のように目を輝かせる。 賭けが好きなくせに、セコい賭けしかしないのが、彼女が彼女である所以であった。 だからこそクリーオウもロゼッタとの勝負を気楽に受けるのだが。 「じゃあチョコレートパフェでいいわ。期限はどうする?」 「10日あげる」 ロゼッタが人差し指を一本立てる。すでに余裕の笑みを浮かべていた。 「10日も?」 「クリーオウならそれくらいが妥当でしょ。10日かかってやっとできるかできないってところね。わたしだったら一分もあれば楽勝だけどね。だってダーリンのこと大好きだし♥」 胸の前で手を組みのろける彼女を、クリーオウは冷めた目で見守った。 休日の午前中、のんきなオーフェンのとなりで、クリーオウはうめいていた。 ロゼッタとの待ち合わせを翌日に控えているのだが、未だに賭けに勝てる条件を満たしていなかった。つまり、9日も経っているのにオーフェンにキスできていないのだ。 ただのキスならすでに数えきれないほどした(された)のだが、彼女からはただの一度もない。 努力はした。だが、ことごとくチャンスをオーフェンに奪われてしまう。彼を見上げるたびにキスされていては、もうどうしようもなかった。 (どうしよう。このままじゃ負けちゃうわ。またロゼにバカにされる・・・) 八つ当たり気味にオーフェンの手をばしばしと叩く。 すると彼は何をどう勘ちがいしたのか、嬉しそうに笑んで顔を近づけてきた。よける間もなく、彼に唇を奪われる。 「んむう・・・!?む、むー!」 ふいのことに彼女はじたばたと暴れた。クリーオウは離れようと懸命にもがくのだが、オーフェンはあやすように抱きしめてくる。 しばらくしても離れようとしない彼に頭に来て、彼女は唇をむりやり離し、オーフェンをにらんだ。 「オーフェンキスばっかりしないで!」 早口に叫ぶ。 すると彼はぽかんとした。首をかしげ、とぼけた口調になる。 「押し倒せって?」 「それも嫌!」 きっぱりと言い放つと、オーフェンはショックを受けたように彼女の体を離した。 「・・・どうして」 「どうしてって・・・どうしても」 目を見るのが気恥ずかしくて、思わず顔をそむける。素直に自分からキスがしたいと言ってしまえば、オーフェンがおもしろがるのが目に見えていた。 いつまでも顔を見ないでいられるわけもなく、横目で彼の様子を確かめる。と、意外なことにオーフェンは怒り顔になっていた。 彼のこんな表情は、あまり見たことがない。 そしてなぜか彼女らのいるリビングに、重苦しい空気がだんだんと満ちていく。 (・・・あれ?) 彼女としては、オーフェンを怒らせるつもりはみじんもなかった。なのに、彼は今怒っている。 (もしかして変な風にとらえちゃったとか?) そういえば、自分は彼に対して何のフォローもなく「キスするな」と言った。 自分を拒否された、もしくはオーフェンに触れられるのを嫌がったと考えてもおかしくはない。 急いで振り返ると、彼はもう階段を登る途中だった。 「オーフェン!?」 名前を呼ぶと、聞こえていたはずなのだがきっぱりと無視される。 今まで何度もけんかをしたことはあったが、無視をされたのは初めてだった。 無言というのもありえない。 「オーフェン!」 クリーオウはあわてて彼の後を追った。 「オーフェン?」 2階へ上がり、一番近くの部屋をのぞきこむ。普段はあまり使わない部屋なのであまり期待はしていなかったが、そこにオーフェンはいなかった。 「ここ?」 次に寝室をのぞきこむ。陽射しがたくさん入り込んで、ベッドの上はいかにも居心地よさそうだったが、そこにも彼はいない。 「どこ?」 2階にある数少ない部屋を次々とのぞきこむ。だが、そのどこにもオーフェンの姿はなかった。 念のため、1階に戻り家中くまなく彼を探す。しかし当然というべきか、オーフェンを見つけ出すことはできなかった。 家の外に出て行ってしまったのか、とも思ったが、それも現実味に欠ける。外へ出るなら、わざわざ2階へ行くはずがない。 クリーオウは再び2階へ戻り、オーフェンを探しに部屋をまわった。 だが、いない。 「どこかしら・・・」 腕を組んで頭を悩ませる。 1階にはいない。 2階にもいない。 しばらくうなったところ、急にぽんとひらめいた。 普段はあまり使うことがなくて忘れていたが、この家は屋根の上へ出られる。今日は天気も良いし、彼はそこへ行ったのかもしれなかった。 急いで屋根へと続く窓へと向かう。 跳ね上げ扉から屋根をのぞくと、そこにはオーフェンが寝そべっていた。眠っているわけではなさそうだったが、不機嫌顔で目を閉じている。 クリーオウが近づいても、何の反応も示さなかった。 「オーフェン」 名前を呼んで、体を揺する。 だが相変わらず目を閉じたまま、こちらをかまおうとはしない。けれど、さっさとどこかへ行ってしまう、ということもなさそうだった。 「オーフェン?」 もう一度彼を揺さぶる。 しかし結果は先ほどと変わらない。 (すねてる・・・とか?) 胸中でつぶやいて、はっとする。 すねるなど、オーフェンには縁のなさそうなことだが、あながち外れているとも思えない。 思わず笑い出しそうになったのを、クリーオウはあわてておさえた。 (だとしたらかわいいとこもあるわね) 子供が見たら泣き出しそうな悪の顔つきをしているくせに、彼女にキスを拒否されただけでこんな風にすねてしまった。 クリーオウが来なかったら、ずっとここですねていたのだろうか。 そんなことを考えていると、急にものすごく彼がかわいく思えてきた。 顔が笑みの形になるのを止められない。 オーフェンが愛しくてたまらない。 自然に――オーフェンがいつもするように――本当に自然に彼の上にかがみこむ。 (ロゼの言ってたことはもしかしてこーゆーこと?) 相手を好きだと思ったら、キスをしたくなる。 自分が今しようとしていることは、まさにそれなのだろう。 (きっと、そーゆーことよね) ふわりと、彼の唇に触れる。 離れてから至近距離で見つめてみるが、オーフェンは目を閉じたままだった。 どうやらまだすねているらしい。それにまた笑みを誘われる。 笑いをこらえながら、クリーオウは今度は少しだけ長く口づけた。 すると――やっと、オーフェンが目を開ける。とっても不満そうに、こちらを見てきた。だが、にらんではいない。 不機嫌そうな声で抗議する。 「・・・お前がキスするなって言ったんだぞ」 「そうだった?」 「そうだよ」 言って、ぷいと顔をそむける。 クリーオウは目を細め、オーフェンの胸に頭を乗せた。2人して屋根の上に寝そべる格好になる。 おかげでオーフェンの顔は視界から消えたが、彼女はかまわず問いかけた。 「オーフェンはわたしがかわいくてかわいくてしょうがないのよね?」 「・・・・・・・」 無言。 でも少しだけ彼の鼓動が早くなる。 「オーフェンはわたしが好きで好きでたまらないのよね」 好き放題言って、オーフェンの顔をのぞきこむ。けれど、顔はそむけたまま。 「わたしも、オーフェンが大好きよ」 やっとこちらを見た。相変わらず、むっつりとしたままだが。 その彼に、優しく口づける。 もう三度目にもなる、彼女からのファーストキスだった。 「お待たせいたしました、チョコレートパフェでございます」 「ありがとう」 厨房へ下がるウェイトレスを見送った後、クリーオウは正面に向きなおりにんまりと笑った。 「で、どうだった?」 「顔見たらわかるでしょ?もちろん、できたわよ。それくらい簡単だったわ」 ほこらし気に胸を張る。 そして早速チョコレートパフェを頬張る。チョコのアイスは甘く、勝利の味がした。 「簡単って、どうせ期限ギリギリでしょ?それは簡単とは言わないわねー」 「期限ギリギリでもできたから同じよ!賭けはわたしの勝ちね」 「はいはい、クリーオウの勝ち」 ぱちぱちとおざなりな拍手を送ってくる。 だがそれは敗北者のくやしまぎれの行為だと、寛大に許してやった。 「でも、このパフェはクリーオウのおごりね」 「どうしてよっ!?」 「どうしてって、わたしのおかげでキスできるようになったようなもんじゃない。クリーオウもダーリンのこと好きだなーって確認しまくってるでしょ?」 「それは・・・」 「ね?感謝こそすれ、おごらせるなんてできないはずよ」 「でもそれってすっごく理不尽だわ」 「世の中ってそーゆーもんよ」 しれっと告げて、ロゼッタはさもおいしそうにチョコレートパフェにかぶりつく。 これ以上ないというほど完璧に言いくるめられ、クリーオウは沈黙した。 (2004.11.16) |
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