□ Don't kiss me! □


「でねでね、わたしはそんなときダーリンが好きだなーって思うわけよ」
「ふんふん」
「でも、うちのダーリンってすっごく背が高いの。って話はしたわよね?」
「うん」
「そう、40センチくらい差があるかしら。わたしもあんまり背は高くないけど、ダーリンはすっごい高くって」
「ふんふん」
「きっと、クリーオウたちくらいの身長差がちょうどいいのよ」
「そう?」
「そうよ。だってキスしたかったらいつでもできるでしょ?」
「キス?」
「うん。わたしの場合はダーリンの背が高いから、背伸びしても届かないのよ。そういう時クリーオウがうらやましくなるわ」
「ロゼはダーリンにキスするの?」
「ほえ?」
クリーオウは怪訝に思って聞き返した。
平日のランチタイム。小さい喫茶店だが、そこそこにぎわっている。
するとロゼ――ロゼッタが目をぱちくりさせる。彼女もクリーオウと同じように首をかしげた。
「もちろんするわよ?当然でしょ?」
「当然なの?」
思わずまゆをしかめる。だがそれは怒ったわけではなく、心底不思議に思えたからだった。
「じゃあクリーオウはダーリンにキスしないの?」
「しないわ」
クリーオウはきっぱりと言った。ついでに、テーブルの上のパフェのメロンを口に運ぶ。
「だってオーフェンキス魔だもの」
「いくらダーリンがキス魔だからって、クリーオウがキスしない理由にはならないでしょ?」
「そうかしら。オーフェンて、ことあるごとにキスしようとするのよ?だからわたしからわざわざしなくても、待ってればむこうからキスしてくるわよ」
「そうなの・・・?」
困ったようにロゼッタがうめく。
意味が分からず、クリーオウは首をひねった。
「でも、じゃあ、クリーオウがダーリンのことを好きだなーって思った時はどうするの?」
「べつに、なにも」
ストローに口をつけながら、あっさりと答える。
オーフェンを好きだと思うことは多々あるが、いつも自分のテンションが高くて覚えていないことが多かった。ただ、好きと思ったからといって、キスにつながったことはないはずだ。
「それ、ダーリンのことが本当に好きなの?」
ロゼッタが疑わしそうな目でじっとりと聞いてくる。
一瞬気後れしたものの、クリーオウはこっくりとうなずいた。
「うん」
「だったらどうしてクリーオウからキスしないの?本当にクリーオウからキスしたことないの?」
「したことないし、理由はさっきも説明したでしょ?」
「うそよ。好きと思ったら絶対キスしたくなるもの。キスじゃなくても何かしたくなるもの。何もしないなんて絶対に変よ」
「そんなこと言っても・・・」
困り果てて、手元のパフェをスプーンでつつく。
ロゼッタはクリーオウの新婚友達で、なぜか彼女には逆らえなかった。いつも彼女の言うことはおおむね正しいし、物腰も柔らかいのでけんかにもならない。オーフェンなら力ずくで――時にはレキの魔術を使用――黙らせることもできるが、ロゼッタにはいつも言いくるめられていた。頼りなくはあるが、彼女の母親に似ているのかもしれない。
「もしかしてキスするのが恥ずかしいとか?」
おもちゃを見つけた子供のように、ロゼッタはいたずらっぽく微笑む。
からかわれて、クリーオウは反射的に言い返した。
「そんなことないわよ!オーフェンにキスするくらい簡単だわ」
「ほんとにぃ?」
斜め下から上目遣いにこちらを見る。いかにも挑戦的な仕種だった。
それに乗ってはいけないと思いつつも、けんかを売られてそのままでいられるはずもない。からかわれる内容が些細なことならなおさらだった。
「楽勝よ、それくらい」
「だったら賭ける?」
「へ?」
ロゼッタがにやりと笑う。妖しく微笑するこの年上の友人は、妙に計算高い。負ける確率の高い勝負は決してしないタイプである。しかし、今回は明らかにクリーオウに分があると思えた。それ故、彼女は大きくうなずいた。勝つと分かりきった勝負に乗らない理由はない。
「いいわよ。やってやろうじゃない。で、なにを賭けるの?」
「チョコレートパフェ♥」
子供のように目を輝かせる。
賭けが好きなくせに、セコい賭けしかしないのが、彼女が彼女である所以であった。
だからこそクリーオウもロゼッタとの勝負を気楽に受けるのだが。
「じゃあチョコレートパフェでいいわ。期限はどうする?」
「10日あげる」
ロゼッタが人差し指を一本立てる。すでに余裕の笑みを浮かべていた。
「10日も?」
「クリーオウならそれくらいが妥当でしょ。10日かかってやっとできるかできないってところね。わたしだったら一分もあれば楽勝だけどね。だってダーリンのこと大好きだし♥」
胸の前で手を組みのろける彼女を、クリーオウは冷めた目で見守った。



休日の午前中、のんきなオーフェンのとなりで、クリーオウはうめいていた。
ロゼッタとの待ち合わせを翌日に控えているのだが、未だに賭けに勝てる条件を満たしていなかった。つまり、9日も経っているのにオーフェンにキスできていないのだ。
ただのキスならすでに数えきれないほどした(された)のだが、彼女からはただの一度もない。
努力はした。だが、ことごとくチャンスをオーフェンに奪われてしまう。彼を見上げるたびにキスされていては、もうどうしようもなかった。
(どうしよう。このままじゃ負けちゃうわ。またロゼにバカにされる・・・)
八つ当たり気味にオーフェンの手をばしばしと叩く。
すると彼は何をどう勘ちがいしたのか、嬉しそうに笑んで顔を近づけてきた。よける間もなく、彼に唇を奪われる。
「んむう・・・!?む、むー!」
ふいのことに彼女はじたばたと暴れた。クリーオウは離れようと懸命にもがくのだが、オーフェンはあやすように抱きしめてくる。
しばらくしても離れようとしない彼に頭に来て、彼女は唇をむりやり離し、オーフェンをにらんだ。
「オーフェンキスばっかりしないで!」
早口に叫ぶ。
すると彼はぽかんとした。首をかしげ、とぼけた口調になる。
「押し倒せって?」
「それも嫌!」
きっぱりと言い放つと、オーフェンはショックを受けたように彼女の体を離した。
「・・・どうして」
「どうしてって・・・どうしても」
目を見るのが気恥ずかしくて、思わず顔をそむける。素直に自分からキスがしたいと言ってしまえば、オーフェンがおもしろがるのが目に見えていた。
いつまでも顔を見ないでいられるわけもなく、横目で彼の様子を確かめる。と、意外なことにオーフェンは怒り顔になっていた。
彼のこんな表情は、あまり見たことがない。
そしてなぜか彼女らのいるリビングに、重苦しい空気がだんだんと満ちていく。
(・・・あれ?)
彼女としては、オーフェンを怒らせるつもりはみじんもなかった。なのに、彼は今怒っている。
(もしかして変な風にとらえちゃったとか?)
そういえば、自分は彼に対して何のフォローもなく「キスするな」と言った。
自分を拒否された、もしくはオーフェンに触れられるのを嫌がったと考えてもおかしくはない。
急いで振り返ると、彼はもう階段を登る途中だった。
「オーフェン!?」
名前を呼ぶと、聞こえていたはずなのだがきっぱりと無視される。
今まで何度もけんかをしたことはあったが、無視をされたのは初めてだった。
無言というのもありえない。
「オーフェン!」
クリーオウはあわてて彼の後を追った。
「オーフェン?」
2階へ上がり、一番近くの部屋をのぞきこむ。普段はあまり使わない部屋なのであまり期待はしていなかったが、そこにオーフェンはいなかった。
「ここ?」
次に寝室をのぞきこむ。陽射しがたくさん入り込んで、ベッドの上はいかにも居心地よさそうだったが、そこにも彼はいない。
「どこ?」
2階にある数少ない部屋を次々とのぞきこむ。だが、そのどこにもオーフェンの姿はなかった。
念のため、1階に戻り家中くまなく彼を探す。しかし当然というべきか、オーフェンを見つけ出すことはできなかった。
家の外に出て行ってしまったのか、とも思ったが、それも現実味に欠ける。外へ出るなら、わざわざ2階へ行くはずがない。
クリーオウは再び2階へ戻り、オーフェンを探しに部屋をまわった。
だが、いない。
「どこかしら・・・」
腕を組んで頭を悩ませる。
1階にはいない。
2階にもいない。
しばらくうなったところ、急にぽんとひらめいた。
普段はあまり使うことがなくて忘れていたが、この家は屋根の上へ出られる。今日は天気も良いし、彼はそこへ行ったのかもしれなかった。
急いで屋根へと続く窓へと向かう。
跳ね上げ扉から屋根をのぞくと、そこにはオーフェンが寝そべっていた。眠っているわけではなさそうだったが、不機嫌顔で目を閉じている。
クリーオウが近づいても、何の反応も示さなかった。
「オーフェン」
名前を呼んで、体を揺する。
だが相変わらず目を閉じたまま、こちらをかまおうとはしない。けれど、さっさとどこかへ行ってしまう、ということもなさそうだった。
「オーフェン?」
もう一度彼を揺さぶる。
しかし結果は先ほどと変わらない。
(すねてる・・・とか?)
胸中でつぶやいて、はっとする。
すねるなど、オーフェンには縁のなさそうなことだが、あながち外れているとも思えない。
思わず笑い出しそうになったのを、クリーオウはあわてておさえた。
(だとしたらかわいいとこもあるわね)
子供が見たら泣き出しそうな悪の顔つきをしているくせに、彼女にキスを拒否されただけでこんな風にすねてしまった。
クリーオウが来なかったら、ずっとここですねていたのだろうか。
そんなことを考えていると、急にものすごく彼がかわいく思えてきた。
顔が笑みの形になるのを止められない。
オーフェンが愛しくてたまらない。
自然に――オーフェンがいつもするように――本当に自然に彼の上にかがみこむ。
(ロゼの言ってたことはもしかしてこーゆーこと?)
相手を好きだと思ったら、キスをしたくなる。
自分が今しようとしていることは、まさにそれなのだろう。
(きっと、そーゆーことよね)
ふわりと、彼の唇に触れる。
離れてから至近距離で見つめてみるが、オーフェンは目を閉じたままだった。
どうやらまだすねているらしい。それにまた笑みを誘われる。
笑いをこらえながら、クリーオウは今度は少しだけ長く口づけた。
すると――やっと、オーフェンが目を開ける。とっても不満そうに、こちらを見てきた。だが、にらんではいない。
不機嫌そうな声で抗議する。
「・・・お前がキスするなって言ったんだぞ」
「そうだった?」
「そうだよ」
言って、ぷいと顔をそむける。
クリーオウは目を細め、オーフェンの胸に頭を乗せた。2人して屋根の上に寝そべる格好になる。
おかげでオーフェンの顔は視界から消えたが、彼女はかまわず問いかけた。
「オーフェンはわたしがかわいくてかわいくてしょうがないのよね?」
「・・・・・・・」
無言。
でも少しだけ彼の鼓動が早くなる。
「オーフェンはわたしが好きで好きでたまらないのよね」
好き放題言って、オーフェンの顔をのぞきこむ。けれど、顔はそむけたまま。
「わたしも、オーフェンが大好きよ」
やっとこちらを見た。相変わらず、むっつりとしたままだが。
その彼に、優しく口づける。
もう三度目にもなる、彼女からのファーストキスだった。



「お待たせいたしました、チョコレートパフェでございます」
「ありがとう」
厨房へ下がるウェイトレスを見送った後、クリーオウは正面に向きなおりにんまりと笑った。
「で、どうだった?」
「顔見たらわかるでしょ?もちろん、できたわよ。それくらい簡単だったわ」
ほこらし気に胸を張る。
そして早速チョコレートパフェを頬張る。チョコのアイスは甘く、勝利の味がした。
「簡単って、どうせ期限ギリギリでしょ?それは簡単とは言わないわねー」
「期限ギリギリでもできたから同じよ!賭けはわたしの勝ちね」
「はいはい、クリーオウの勝ち」
ぱちぱちとおざなりな拍手を送ってくる。
だがそれは敗北者のくやしまぎれの行為だと、寛大に許してやった。
「でも、このパフェはクリーオウのおごりね」
「どうしてよっ!?」
「どうしてって、わたしのおかげでキスできるようになったようなもんじゃない。クリーオウもダーリンのこと好きだなーって確認しまくってるでしょ?」
「それは・・・」
「ね?感謝こそすれ、おごらせるなんてできないはずよ」
「でもそれってすっごく理不尽だわ」
「世の中ってそーゆーもんよ」
しれっと告げて、ロゼッタはさもおいしそうにチョコレートパフェにかぶりつく。
これ以上ないというほど完璧に言いくるめられ、クリーオウは沈黙した。






(2004.11.16)
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