□ トラブル★パニック □


「きゃあっ!」
近くにいる彼女が、可愛らしい悲鳴をあげた。
両手を胸の前に組み、怯えたように身を縮める。
実際彼女は怯えているのだが、その姿がまた何ともいえず麗しい。
「どうしたっ、クリーオウ!?」
彼女の悲鳴を聞きつけたオーフェンが、隣の部屋から血相を変えて飛び込んできた。
わき目もふらず震えているクリーオウに駆け寄る。
「オーフェン・・・」
彼女は潤んだ瞳でオーフェンを見上げ、ぎゅっと彼にしがみつく。
オーフェンは安心させるように力強く抱き返した。
「指でも切ったか?」
可憐なクリーオウに相応しい、甘く優しい声。
一応、自分も見ているのだが、オーフェンにとって自分の存在など――まあ道端の石と変わりないだろう。
今さら何を期待するでもなく、状況を静かに見守る。
クリーオウは彼の問いかけに、弱く首を振った。
否定の意味にしては小さすぎる動作だったが、それでも彼女の細い髪がふわふわと舞う。
オーフェンはクリーオウの長い金髪を愛しそうに撫で、囁くように尋ねる。
「どうした?」
「・・・ゴキブリ・・・!」
息も絶え絶えになるような声で。
こんな声で頼られでもしたら、男の思考くらい、一瞬にして飛ぶだろう。
ちなみに、自分の頭の上には大陸最強のディープドラゴンが寝そべっている。
クリーオウが置いていったモノだが、主人のピンチにもそれはのんきにあくびをしていた。
彼女がディープドラゴン――レキの魔術を使うのは、当然ながら禁止されている。
森が800メートルも炎上する魔術を屋内で使われたら、家は跡形もなく消滅するだろう。
いくら彼女のピンチとはいえ、しかるべき処置だった。
レキに代わり、クリーオウのナイト役を一身に背負ったオーフェンは、いたたまれないといった表情でうなずく。
「そっか・・・。怖かったな。もう大丈夫だから」
オーフェンはそう言って、軽く彼女を抱き上げた。
彼の胸に頭をうずめたクリーオウの額に優しく優しく唇を寄せる。
それから、意外にも石ころだった自分に目を向けてきた。
なにかと思えば、オーフェンは指でゴキブリ滅殺の合図を送ってくる。
ゴキブリの退治を自分に任せるつもりだ。
彼女を抱き上げたオーフェンに何ができるわけもないが、自分はこの上なく便利な存在として使われている。
オーフェンは命令だけすると、さっさと部屋を出ていってしまった。
行き先はたぶん、寝室だろう。
(わたしも乙女なんだけどな)
だが、そんな考えなどオーフェンに通じるわけがない。
彼の優先順位は1から100までクリーオウなのだから。
もし101番目が自分だったとしても、彼がクリーオウと戯れる行為と比べるならば、勝負にもならない。
「うう。やだなあゴキブリ」
ゴキブリは1匹いれば、少なくとも100匹は潜んでいると伝えられている。
ピンチのとき用に家を吹き飛ばすための魔術の構成を編んだ。
「レキ、ゴキブリで遊んじゃだめだからね」
覚悟を決め、ラッツベインはそろりそろりと、クリーオウが先ほどまでいた位置に立つ。
横目でゆっくりと視界の範囲を広げていき――
「あれ?」
ふとラッツベインは間の抜けた声をあげた。
視界に映った、真っ黒の動かない物体。
ゴキブリに似ているが、どうも様子がおかしい。
彼女はよく見るために、それと完全に向きなおり、さらに一歩近付いた。
「おもちゃ?」
おもちゃだった。
あまり精巧ではない、子どもでも買うことができる安価な物だろう。
ゴキブリのおもちゃをおもしろがって買うのは、いたずら好きの彼女の妹しかいない。
「なあんだ」
ほっとして息をつく。
と同時に、これから何をしようか思い悩んだ。
ラッツベインの両親はしばらく戻ってこない(確定)。
彼が彼女をなぐさめているからだ(いつものように)。
妹のいたずらには毎度頭を抱える両親だが、今回ばかりはオーフェンも大目に見るだろう(褒めるかもしれない)。
それ以上は考えないようにして、ラッツベインは散歩に行くことに決めた。






(2004.7.17)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送