「きゃあっ!」 近くにいる彼女が、可愛らしい悲鳴をあげた。 両手を胸の前に組み、怯えたように身を縮める。 実際彼女は怯えているのだが、その姿がまた何ともいえず麗しい。 「どうしたっ、クリーオウ!?」 彼女の悲鳴を聞きつけたオーフェンが、隣の部屋から血相を変えて飛び込んできた。 わき目もふらず震えているクリーオウに駆け寄る。 「オーフェン・・・」 彼女は潤んだ瞳でオーフェンを見上げ、ぎゅっと彼にしがみつく。 オーフェンは安心させるように力強く抱き返した。 「指でも切ったか?」 可憐なクリーオウに相応しい、甘く優しい声。 一応、自分も見ているのだが、オーフェンにとって自分の存在など――まあ道端の石と変わりないだろう。 今さら何を期待するでもなく、状況を静かに見守る。 クリーオウは彼の問いかけに、弱く首を振った。 否定の意味にしては小さすぎる動作だったが、それでも彼女の細い髪がふわふわと舞う。 オーフェンはクリーオウの長い金髪を愛しそうに撫で、囁くように尋ねる。 「どうした?」 「・・・ゴキブリ・・・!」 息も絶え絶えになるような声で。 こんな声で頼られでもしたら、男の思考くらい、一瞬にして飛ぶだろう。 ちなみに、自分の頭の上には大陸最強のディープドラゴンが寝そべっている。 クリーオウが置いていったモノだが、主人のピンチにもそれはのんきにあくびをしていた。 彼女がディープドラゴン――レキの魔術を使うのは、当然ながら禁止されている。 森が800メートルも炎上する魔術を屋内で使われたら、家は跡形もなく消滅するだろう。 いくら彼女のピンチとはいえ、しかるべき処置だった。 レキに代わり、クリーオウのナイト役を一身に背負ったオーフェンは、いたたまれないといった表情でうなずく。 「そっか・・・。怖かったな。もう大丈夫だから」 オーフェンはそう言って、軽く彼女を抱き上げた。 彼の胸に頭をうずめたクリーオウの額に優しく優しく唇を寄せる。 それから、意外にも石ころだった自分に目を向けてきた。 なにかと思えば、オーフェンは指でゴキブリ滅殺の合図を送ってくる。 ゴキブリの退治を自分に任せるつもりだ。 彼女を抱き上げたオーフェンに何ができるわけもないが、自分はこの上なく便利な存在として使われている。 オーフェンは命令だけすると、さっさと部屋を出ていってしまった。 行き先はたぶん、寝室だろう。 (わたしも乙女なんだけどな) だが、そんな考えなどオーフェンに通じるわけがない。 彼の優先順位は1から100までクリーオウなのだから。 もし101番目が自分だったとしても、彼がクリーオウと戯れる行為と比べるならば、勝負にもならない。 「うう。やだなあゴキブリ」 ゴキブリは1匹いれば、少なくとも100匹は潜んでいると伝えられている。 ピンチのとき用に家を吹き飛ばすための魔術の構成を編んだ。 「レキ、ゴキブリで遊んじゃだめだからね」 覚悟を決め、ラッツベインはそろりそろりと、クリーオウが先ほどまでいた位置に立つ。 横目でゆっくりと視界の範囲を広げていき―― 「あれ?」 ふとラッツベインは間の抜けた声をあげた。 視界に映った、真っ黒の動かない物体。 ゴキブリに似ているが、どうも様子がおかしい。 彼女はよく見るために、それと完全に向きなおり、さらに一歩近付いた。 「おもちゃ?」 おもちゃだった。 あまり精巧ではない、子どもでも買うことができる安価な物だろう。 ゴキブリのおもちゃをおもしろがって買うのは、いたずら好きの彼女の妹しかいない。 「なあんだ」 ほっとして息をつく。 と同時に、これから何をしようか思い悩んだ。 ラッツベインの両親はしばらく戻ってこない(確定)。 彼が彼女をなぐさめているからだ(いつものように)。 妹のいたずらには毎度頭を抱える両親だが、今回ばかりはオーフェンも大目に見るだろう(褒めるかもしれない)。 それ以上は考えないようにして、ラッツベインは散歩に行くことに決めた。 (2004.7.17) |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||