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彼女は言った。 楽しそうに笑いながら。 いつもの軽いわがままを言うような気安さで。 けれどもその内容は、いつもと比べものにならないほど、彼には重大なことだった。 「別れましょ」 「え?」 「別れましょ、わたしたち」 「・・・・分かち合いましょう?」 「何をよ。だから、別れましょって言ったの。別々に暮らすの」 「なんで?」 「飽きたから」 「へ?」 「オーフェンと暮らすの、もう飽きちゃったの」 「飽きた?」 「うん。じゃあそういうことだから。さよなら」 「ちょっと待っ・・・!」 彼の制止も聞かず、クリーオウはそのまま闇に姿を消した。 乙女ゴゴロと秋の空 「ちょっと待てクリーオウ!」 そう叫んで、その叫んだ自分の声でオーフェンは目を覚ました。 少し肌寒い。眠りについてからまだ数時間しか経っていないのだろう、彼の寝ている寝室は闇に包まれている。カーテンの隙間から少しだけ月の光が漏れていた。 寝覚めの悪さに軽く舌打ちし、ゆっくりと上半身を起こす。何気なく手のひらを額に当ててみると、そこはじっとりと汗でぬれていた。呼吸も妙に荒い。 クリーオウから聞かされた別れ話の夢は、彼にとって重度の悪夢だったらしい。 (どうしてあんな夢見たんだ?) ダブルベッド。 すぐそばには、先ほどの夢でオーフェンを苦しめた彼女が、無邪気な顔ですやすやと寝息を立てていた。 自分の声で起きた様子はない。夕べは熱い時間を二人で過ごしたため―――当然といえば当然かもしれない。 浅く息を吐く。ゆっくりと澄んだ夜気を吸う。 何度かそれを繰り返すが、別れましょうと言った彼女の声が反芻されるばかりで、どうにも気分が晴れなかった。 ぐっすりとねむっている彼女を今起こしてしまうことは不憫でならない。が、そうでもしなければ彼自身がこれから眠れそうもなかった。 ―――透き通った碧い瞳が見たい。 ―――声が、聞きたい。 情けないと自覚はあるが、やけにクリーオウが恋しくなった。 先ほどの夢のことを話したら彼女は笑うだろうか。 さっき愛し合ったばかりでしょ、と呆れるだろうか。 (どっちでもいいか) 恥ずかしさよりも、今は何より彼女の熱を感じたかった。 抱きしめてもらい、ただ、大丈夫、と言ってくれるだけで今夜はぐっすり眠れると確信できる。 そう思い、オーフェンは彼女のきめ細かい頬に唇を落とした。左手で金色の髪を梳き、耳元で囁く。 「クリーオウ」 「・・・・・・むぅ・・・?」 彼女は可愛らしい声で返事をする。 起きようともぞもぞと身動ぎするが、圧倒的な睡魔には勝てなかったのだろう―――もとの位置に落ち着き、また寝息が聞こえはじめた。 「クリーオウ」 今度は少し大きな声で呼んでみる。 「・・・んー?」 するとクリーオウも前よりも大きな反応を示した。 眠そうな声でうなり、まぶたをきつく閉じる。 オーフェンはそれを見て苦笑し、なだめるつもりで彼女の柔らかいブロンドを撫でた。 「あのな・・・」 オーフェンが話しかけると、クリーオウがまぶたをゆっくりと開けた。 そこから綺麗な碧い瞳が見える。 オーフェンは魅入られたように無言で彼女の瞳を見つめた。 見つめるうちに、それはだんだんと不機嫌な色に染まっていく。 彼の勝手な都合で無理に起こされもすれば当然だろうが。 「あの・・・」 「なによー・・・。せっかくいい夢見てたのにどうして起こすの・・・・?オーフェンの・・・バカ・・・」 「あ・・・わ、悪ぃ」 さらに、彼の愛する声でクリーオウは言った。 「大嫌い」 「・・・・!」 そのままふいと寝返りをうち、こちらに背を向ける。 そして何ごともなかったかのように、クリーオウは再び可愛らしい寝息を立て始めた。 彼女の言葉ははっきりと発音できていなかったため、おそらく寝ぼけているのだろう。 が、それでもオーフェンの心は少なからず傷ついた。 (今日は日が悪いんだ。こんな日もあるさ) 自分自身に暗示をかけるように慰めてみるものの、効果はない。 みじめな気分に浸りつつ、オーフェンはごそごそとシーツの中にもぐった。 せめて彼女の手に触れたかったのだが、クリーオウがこちらに背を向けてしまったためそれも望めない。 いっそ抱きしめようかと思ったが、寝ぼけた彼女にまた拒絶されるのが怖くてできなかった。 先ほどのクリーオウの声と言葉が頭の中でこだまして離れない。 今夜は、眠れそうになかった。 たとえ酒を大量に飲んでもそれは変わらないだろう。 ** ** ** 翌朝のこと。 「めずらしいわね、オーフェンが朝ごはん作ってくれるなんて。今日って何かの記念日だった?」 キッチンのいすに座りながら、クリーオウはとても機嫌良さそうに言った。 外は晴天。秋晴れに相応しく、青い空に白い雲が小さくぷかぷかと浮いている。 キッチンの窓から太陽の光が射し、気持ちの良い天気だった。 「いや・・・。めずらしく早起きだったから、ついでに朝食でも作ろうかと思ってな」 「へえ」 オーフェンは歯切れ悪く答えた。実際は早起きどころか、あれから一睡もしていない。 「何作ってるの?」 「お前の好物」 バナナパンケーキ。 わりと簡単に、オーフェンでも作ることができるクリーオウの好物だった。 ただのパンケーキの素にスライスしたバナナを混ぜ、焼きあげる。それだけでも十分に甘いのだが、彼女はさらに生クリームを乗せて食べることを好んだ。そのためのクリームを泡たてる。 数分後、焼きあがったパンケーキに生クリームを添えてクリーオウに差し出した。 「ありがと。あ、わたしの好物ってバナナパンケーキのこと?ちゃんと生クリームも作ってくれたのね。オーフェン大好き♪」 にっこりと微笑む彼女を確認しながらオーフェンも座り、一緒に食べる。 確かめるまでもなく、彼女は上機嫌だった。 「クリーオウ」 オーフェンが呼ぶと、彼女は一心にかまっていた朝食から意識をこちらに移した。 右手にフォークを持ちながら聞き返してくる。 「なに?」 「お前・・・昨日、俺に何て言ったか覚えてるか?」 「昨日?」 彼女がきょとんと首をかしげて考えこむ。 5秒が経過したが、クリーオウは悩みながらも答えを出せずにいた。 正解は「大嫌い」なのだが、今思い出さないということはたぶんこれからも忘れたままだろう。 昨日は単に寝ぼけていたのだと結論付ける。 「いや。忘れてんならそれでいいんだ」 「そんな途中で止められても気になるわよ。昨日のいつ言ったこと?」 「いつって・・・昨日の夜っていうか夜中」 「な・・・・!」 何を勘違いしたのか、クリーオウの顔が赤く染まっていく。 「なに言ってるのよ!オーフェンのバカ大嫌い!」 「・・・お前、さっき俺のこと大好きって言わなかったか?」 「今は嫌いなのよ!」 (今は、か。そうだな) 胸中で独りごち、納得する。 朝食の短い時間の中で、すでに「大好き」と「大嫌い」の両極端な気持ちを聞いた。 昨日の夜も、運が良ければ「大好き」と言ってくれていたかもしれないのだ。 前を見ると、クリーオウはなおも顔を赤くしたままフォークを振り回している。 怒りながらもこの場を離れないのは、目の前に彼女の好物があるせいだろうか。 そう考えてみると、案外単純なのかもしれない。 それでもすべては理解できないだろうが。 ただ、悩みが解消したおかげで今夜はぐっすりと眠れそうだった。 (女心と秋の空?) 女性の心は秋の天気のように変化しやすい。 快適な睡眠のためにも、夜までには彼女の機嫌を直しておこうとオーフェンは密かに決心した。 (2003.11.14) |
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