□ HAPPINESS □


窓越しに聞こえる小鳥たちの鳴き声。
それを意識した事で、閉じられたまぶたからでも朝の光が感じられる。
ゆっくりと目を開けると、眩しいくらいの光と鮮やかな色が眼前に広がった。
ニ、三度まばたきをして目を慣れさせる。
朝特有の澄んだ空気を肺いっぱいに吸いこみ、深呼吸をすると完全に目が覚めた。
オーフェンはごろりと寝返りをうつ。
視線の先には幸せそうに眠っているクリーオウがいた。
長く、まっすぐに伸ばした金髪を頬の下に敷き、穏やかな寝息を立てている。
その彼女の寝顔を見つめるだけで胸に広がる幸せをもてあまし、オーフェンは苦笑した。
柔らかい金色の髪をそっと撫でる。
ふわりとただよう彼女の甘い香りを吸いこんだ。
彼女の存在を感じるたびに生まれる、この幸福感はなんなのだろう。
オーフェンは枕のそばに置かれたクリーオウの小さい手をそっと握る。
伝わってくる体温。
彼女の存在を意識するのならば、今日よりふさわしい日は他にない。
それは今日が、大切な彼女の誕生日なのだから。
自分の誕生日よりもずっと大切になった彼女の誕生日を一緒に過ごすために、オーフェンは与えられた仕事をすべて片付け、無理矢理、今日と明日の休みを取った。
すべては彼女のために。
そして自分のために。
彼女の特別な日を、他でもないが自分が独占できる。
彼女もそれを望んでくれるのだから、何よりも優先しようとするのは当然だろう。
オーフェンは先ほど握った彼女の手を引き寄せ、その指にそっと口付けた。
すると握ったクリーオウの手にわずかな力がこもり、かすかな反応を示す。
クリーオウはころりと寝返りをうち、枕に顔をうずめうつ伏せになると、彼に握られた手を振りほどき、パタパタと頭上をさぐる。
時計でも探しているのだろうか。
そんな彼女の愛らしいしぐさにオーフェンはたまらず吹きだした。
くつくつと笑いながら、未だ頭上をさ迷う彼女の指を自分のそれで絡めとる。
それに気づいてか、クリーオウはぼんやりと目を開いた。
どんな宝石よりも輝いた青い瞳でこちらを認める。
オーフェンの笑い顔と、自分の行動に彼女は照れ笑いを浮かべた。
「おはよ、オーフェン」
「ああ、おはよう。あと、おめでとう」
「おめでとう?」
きょとんとするクリーオウにオーフェンは苦笑する。
「誕生日、おめでとう」
「……忘れてた」
「幸せすぎて?」
目を丸くしてから苦笑する彼女に、にやりと笑い返す。
「そうかも」
くすりとくったくなく笑うクリーオウが愛しくて、オーフェンは金髪ごと彼女の頭を引き寄せる。
クリーオウはそんな彼の行為に抵抗することもなく、そっと目を閉じた。
オーフェンも目を閉じ、触れるだけの口付けを交わす。
目を開けると絡まる視線に、二人でくすくすと笑いあった。


「で?どっか行きたいとことかあるか?」
「オーフェンお仕事は?」
オーフェンの用意した朝食を食べながらクリーオウは聞いてきた。
「今日はたまたま休みなんだよ」
「ふーん」
口の中のパンを噛みしめながら、特に疑問を持った様子もなく納得する。
嘘をつく必要もないのだが、なんとなくオーフェンはそう答えた。
クリーオウがごくんとパンを飲み込む。
「明日は?」
「明日も休み」
もちろん、無理に取った休みだが。
オーフェンの仕事は休みが特定されていないので、平日に休みが続いても不思議な事ではなかった。
だからだろう、素直に納得するのは。
「じゃあ、普段行けないところへ遊びにいけるわよね」
そうはしゃぐ彼女をオーフェンは半眼で見つめて、言う。
「限度があるぞ」
「わたし王都へ行きたいわ」
クリーオウはこちらの忠告を無視して、往復で何日かかるか分からない場所を、きっぱりと選んでくれた。
口の端が引きつる。
「限度があるって言っただろうが。遠すぎるにもほどがあるぞ。却下」
「えー?なんでー!?」
クリーオウが不服そうに口を尖らせて抗議したがオーフェンはそれを無視する。
ブラックのコーヒーをすすりながら続ける。
「他には?」
「牙の塔は?わたし前から入ってみたかったのよね」
「却下」
「遠くないわよ。ちゃんと二日で帰ってこられる距離じゃない」
クリーオウがベーコンを刺したままのフォークをこちらに突きつけ文句を言う。
「そういう問題じゃねぇんだよ。そもそもあそこは部外者は立ち入り禁止なんだ。不法侵入で攻撃されても文句言えねぇぞ?というわけで却下」
「むー」
つきつけたフェオークを引っ込めてベーコンをかじりながらクリーオウはうめいた。
しかしすぐに笑顔になり、口を開く。
「マジクに会いに行くのは?あの子どうなってるか見てみたくない?」
「見たくない。なんで誕生日にわざわざあいつの顔なんぞ見にゃならんのだ。却下」
「じゃあ山登りは?今、お花見の季節なのよ、そういえば」
「却下」
「ハイキングは?お弁当作って湖のほとりでサンドイッチ食べるの」
「却下」
「海に行って釣りをするなんてどう?」
「お前、誕生日に釣りか?色気がないぞ。却下」
「じゃあどこならいいのよー!?」
クリーオウが、フォークを持ちながらぱたぱたと腕をふり大声を上げてくる。
そういえば彼女はちゃんと条件を守っているのだが、オーフェンはそれをことごとく聞き捨てていた。
怒って当然なのかもしれないがそれを顔には出さない。
「いろいろあるだろ?買い物するとか、ショッピングするとか、服を買うとか」
「……全部同じじゃない」
しっかり指摘してくる彼女にオーフェンは眉をひそめる。
「動物園に行くとか、劇場に行くとか、博物館に行くとか」
「いまいちおもしろそうじゃないのよね。だいたいなんでそんなに場所が限定されてるのよ?」
「俺のプランがあるからだ」
「どんな?」
クリーオウは目を輝かせ、テーブルから身を乗り出す。
山の天気のようにころころとよく表情が変わる彼女を見て、オーフェンは微笑む。
「最終目的地はフローラルホテルだ。他にも寄るところがいくつかあるんだが、それはべつに大した事じゃない。夕食はホテルで食うつもりだから、おのずと行動範囲が限られてくるわけだな」
「ホテルに泊まるの?」
クリーオウは青い瞳をぱちくりさせながら意外そうな声を上げる。
確かに、多少遠いとはいっても一日で往復できる距離をわざわざ泊まることなどないだろう。
しかし今日は――――
「お前の誕生日だからな。家のことなんか何もしなくていいさ」
「へぇー。めずらしく優しいわね、オーフェン」
「何がめずらしくだ!?俺はいつも優しいだろ!」
オーフェンは思わず険悪な声を出す。
が、それにも特に気にした様子もなくクリーオウは、
「だけど朝からホテルなんてオーフェンてばやらしーい」
からかうような口調で言う彼女に、オーフェンはにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「おう。少しだがシャンパンも用意してあるぞ。お前が酔ったら俺が抱いて部屋まで運んでやるよ。しっかり介抱もしてやるからな」
するとクリーオウは即座に目をそらした。
「じゃあわたし、お出かけの用意してくるから、オーフェンお皿片付けといてね」
カタンと席を立って、彼女はパタパタと部屋を出て行った。
オーフェンはそれを笑って見送りながら、洗い物をするために自分もゆっくりと立ち上がる。 >
二階からかすかに聞こえてくるクリーオウの鼻歌に自然と笑みがこぼれる。


   さて、今からどこへ行こうか。
   彼女なら、どこへ行きたいと言うだろうか。
   どこへ行ってもきっと楽しいに違いない。
   自分の隣には明るく笑う彼女がいるのだから。
   日が沈むまでは彼女のわがままを聞き、
   日が沈んでからは自分のわがままを聞いてもらう。
   ケーキ屋に行って誕生日ケーキを。
   花屋に行って歳の数だけ赤いバラを。
   らしくないと彼女は言うかもしれないが、それは今日が特別な日だから。 
   だから普段は照れる愛の言葉も、ずっと素直に囁けるだろう。


生まれてきてくれてありがとう

たくさんの愛を込めて


HAPPY HAPPY BIRTHDAY !!!







(2003.3.18)
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