それいけ!ダメダメオーフェン vol.6
コルゴンだ。
いや、コルゴンと呼ばれたことがあるというだけか。
ユイス・エルス・イト・エド・コルゴン。
特に目的があったわけでもない。
理由があるわけでもない。
なんとなく、四大都市のひとつ、トトカンタを歩いている。
なんとなく昼下がりの大通りを歩いていると、突然名前を呼ばれた。
「おい―――コルゴン!」
呼ばれてコルゴンは肩越しに振り返る。
少し離れたところでこちらに向かって手を振っていたのは、塔時代の後輩のキリランシェロ―――オーフェンだった。
「キリランシェロか」
オーフェンに完全に向き直り、独りごちるようにぽつりと漏らす。
「ああ。どうしたんだ?こんなところで会うなんてめずらしいな」
彼は5年前と変わらない笑顔でくったくなく聞いてくる。
体形が変わったせいで昔の彼を連想するのは困難であったが。
それでも面影は残っていた。
「いや、特に理由はない。たまたま通りがかっただけだ。そういえばお前はトトカンタに住んでいたのだったか?」
やはり深い意味はなく聞いてみる。
目の前にいる男は、自分と同じ黒ずくめの格好をしていたが、自分と同じようにマントを着ているわけではなかった。
服の下に武器を持っている様子もない。
気軽に街を歩くような軽い服装だった。
「そうだ。しばらくはここにいるけど、落ち着いたら別の場所に住もうと思ってるんだがな。家に一人でいるのも退屈だから外に出てきた。なぁ、コルゴン。暇ならどっか店に入って何か食わねぇか?いろいろ話したいことがある」
言われて彼は、空を仰いだ。
太陽の傾きからして今は3時といったころだろうか。
普通の生活をしているものなら、そろそろ午後の休憩の時間だ。
そして自分には、特にこれといった用事があるわけでもない。
「いいだろう」
うなずいてコルゴンは弟弟子に笑顔を向けた。
ただし表情にはさほど変化がなかったようだが。
オーフェンと二人でオープンテラスのカフェの空いている席に座り、ウェイトレスにコーヒーなどを注文する。
彼女は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに偽の笑顔をこちらに向け、一礼して店内へ戻って行った。
こんな年の男が二人で喫茶店に入るのは、そういえば奇妙なことかもしれない。
が、そこまで気にすることでもないだろう。
コルゴンは雑踏からオーフェンに視線を移した。
「それにしても久しぶりだな。いや、そうでもないか?」
オーフェンがにこやかに言う。
「久しぶりだということもないだろうな。しかしゆっくり話すことはなかった」
「そうかもな。いろいろあったからな」
彼はあいまいな表情を見せた。
が、すぐに木製のテーブルを見ていた目をこちらに向け、続ける。
「元気だったか?」
「相変わらずだ。お前も元気そうだな、キリランシェロ」
「ああ、俺も元気だ。……そういえばロッテーシャは元気か?」
一瞬、なぜオーフェンがロッテーシャのことを気にするのかが分からなかったが、一緒に旅をしていたことを思い出す。
いろいろと気にかかることがあるのだろう。
コルゴンは、ロッテーシャの小柄な姿を脳裏に浮かべながら答えた。
「変わりないんじゃないか?と言っても最後に顔を見たのは数ヶ月前なのだが」
「
ま、どうでもいいけどな
」
「
!?
」
オーフェンは先ほどから変わらぬ笑みを向け即答してきた。
彼はロッテーシャのことを気にかけたからこそ自分に聞いてきたのではないだろうか。
「キリランシェロ……俺も彼女についてあまり人のことを言えないとは思うのだが、質問をしておいてその答えではあまりにも……」
どう言おうか迷ったところで、オーフェンが眉を寄せ、
「ん?ああ……
元気そうで何よりだな
」
棒読みのように言った。
まるで不本意ながら言ったという様子である。
そしてまた笑顔に戻った。
「………………」
こちらから目をそらさずに笑顔で見つめるオーフェンに、コルゴンも何も言わずに見つめ返した。
何か言いたいことがあるのかもしれない。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「お待たせいたしました、コーヒーでございます」
ウェイトレスがテーブルにカチャリとコーヒーの入ったカップを置いた。
「ああ、ありがと」
オーフェンが変わらぬ笑顔でちらりと彼女の顔を見て礼を言い、そしてまた変わらぬ笑顔でこちらに向き直る。
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスが一礼して立ち去る。
コーヒーから湯気が立ち上り、虚空に消えていく。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「………?なんだ?」
「『なんだ?』って……あのなぁ、普通そっちのこと聞いたらこっちのこと聞くだろ?だからあんたには
友達がいない
んだ。さっきから待ってんのに……」
なにやらブツブツとオーフェンが呟く。
そういえば礼儀にかけていたかと思い、コルゴンは改めて口を開いた。
「お前の言う通りかもしれん。トトカンタにはハーティアがいたんだったな。キリランシェロ、ハーティアはいま――――」
「
それ
じゃねーよ
」
オーフェンはこちらの言葉を遮り、自分でもさすがにハーティアに大して不当だと思えることを彼は
力強く宣言
した。
こめかみのあたりにじわりと汗が浮ぶ。
いつの間にか乾いたのどを潤すために、コルゴンはテーブルの上のカップを口に運んだ。
ほろ苦いコーヒーの味が口内に広がった。
コーヒーを口の中で転がしながら、もう一度考えてみる、
彼が自分に話したいこととは何なのだろうか。
「―――そういえばお前はここで一緒に住んでいる女性がいるんだったか?」
記憶の中から、一人の少女をすくいあげる。
ナッシュウォーターで会った、子ドラゴンを頭の上に乗せた金色の長い髪をした少女。
素人にしては剣術がなかなかのものだったか。
と、オーフェンが輝くような嬉しそうな顔をする。
どうやら正解したようだ。
「名前は―――」
少女の名前を思い出そうとしたが、どうしても浮かんでこない。
沈黙していると、彼の表情が険しいものになっていく。
「クリーオウだ」
低い声で言う。
「ああ、悪い。クリーオウという名前だったか。かわいらしい名前だな」
とりあえずほめておくと、彼の顔がパッと明るくなった。
「だろ?」
「元気なのか?」
「ああ。今はな」
「今は?」
反射的に聞き返してしまった。
するとオーフェンは、
よく聞いてくれました
とばかりに嬉しそうな顔をする。
「そうなんだよ。今は元気なんだけど、少し前クリーオウの奴が風邪ひいて寝込んじまってな?なかなか大変だったんだよ」
「病人の看護というのは大変なものだからな。いろいろと気を使うこともあるのだろう」
「いや、クリーオウの看病は
むしろ楽しい
。大変なのは医者だ。いくらトトカンタだからっていってもな、苦労したさ」
「そんなに悪かったのか?」
コルゴンはオーフェンの話を熱心に聞きやった。
「ただの風邪だって言われたよ」
「では……なぜ?」
コルゴンはテーブルに組んだ手を置き、神妙な顔つきの弟弟子を見る。
「女医がな……なかなかいねぇんだよ」
「……は?」
思わずすっとんきょうな声を出す。
「
だから女医だよ。まさか男の医者に見せるわけにもいかんだろ
」
「それで探したのか?」
「ああ。ハーティアがな」
「?」
「ハーティアに探させたんだよ、女医を」
「なぜそこでハーティアが出てくるんだ?」
彼は魔術士同盟で働いているはずである。
ただの医者ならともかく、数少ない女医を探せるほど彼に時間はないはずだ。
「まさか俺が探すわけにもいかねえだろ?クリーオウを一人にするわけにはいかねーじゃねーか」
「ハーティアが大人しく言うことを聞いたのか?」
「もちろんだ。ディナーの予約を書いてある手帳を燃やすって言ったらあっさりとな。って俺はそんなこと話したいんじゃねぇんだよ」
オーフェンはやめたという風に手を左右に振った。
「病気で弱ってるクリーオウってのもな、かなりつらそうでかわいそうなんだが、そういう姿もまた
かわいい
んだよ」
「………………………………」
「
あの儚げなのがまた最高に可愛いっていうか。
つらそうだから代わってやりたかったんだけどな、どうしようもないだろ。だからまぁ傍にいてやるくらいしかできなかったんだけどな。普段は元気なやつだから普段のときとのギャップもまたでかくて。誰でもそうなんだろうが、病気になると気が小さくなるだろ。
クリーオウは小さい頃病弱だったらしくてその症状がひどいんだ。
いつも以上に
甘えてくるんだよ。
『眠るまでそばにいて』
だとか
『手を握っててくれ』
とか
俺なんかもう何度悶絶しそうになったことか!
」
「…………………」
「しかもそれが
目を潤ませて上目遣い
だろ?理性が一瞬にしてぶっ飛んで何回おし―――」
「おし?」
オーフェンが途中で言葉を止めたので、コルゴンは不思議に思い聞き返した。
それに彼は右手の拳を口付近に持っていき、コホンとわざとらしく咳払いした。
「?」
視線で問いかけたが、彼はかまわず続ける。
のろけ話を。
「
メシの時がまた楽しかった
んだよな。ただ買出しがめんどうだった。いつもならマジクにやらせるんだが、あいつ今どっかに出かけててな。肝心な時に使えねえ」
後の方はほとんど愚痴であるのだろう―――舌打ちが聞こえた。
マジクとは誰かと尋ねる隙を与えないかのようにオーフェンは続けてきた。
彼の弟子かもしれない。
そういえばナッシュウォータで見慣れない少年がいたはずだ。
「病人はおかゆはお約束だろ。それを持ってって
クリーオウに食べさせる
んだけど」
(……食べさせる?キリランシェロが?)
「
照れてなかなか食べようとしないんだよ。
照れる姿もまた格別にかわいくってな。
ロッテーシャではこうはいかんだろ?
」
「……………………………………………………」
「俺の看病のせいか、そんな楽しい生活もすぐに終わっちまったがな。だけどあいつが苦しいのは見ててもかわいそうだから治って良かったよ。それで
クリーオウが、今度俺が風邪ひいたらお返しに自分も
つきっきりで看病
してくれる
んだと」
(バカは……)
コルゴンは目を輝かせ夢中で離すオーフェンを冷めた表情で見つめる。
いつになればいつ終わるのだろうか、この話は。
時計などを見て時間を確かめたいが、あいにくそんなしゃれたものは持ち合わせていない。
「
だから早く風邪ひきたくってしょうがなくてな。病院通ったり、夜風呂から出てもすぐにふかなかったりとかいろいろ努力はしてるんだけど。これがなかなか……
」
(馬鹿は風邪をひかない……)
「そういえばあの時も大変だったな。クリーオウの熱がひかなくって。あんな辺境の町じゃでかい病院もなくてな。そういやナッシュウォータで……ナッシュウォータ……」
突然オーフェンの顔から笑みが消えた。
いや、表情すらも消えてしまった。
ゆるんでいた口元も引き締まっている。
「?」
コルゴンが怪訝そうに見返すと、オーフェンは目をつり上げてこちらを睨みつけてきた。
「今まで忘れてたが……あんた、ナッシュウォータでクリーオウを殴ったんだってな?」
「……」
沈黙するとオーフェンがさらに続ける。
「アーバンラマでも言ったよな?許すつもりはないって」
「ああ。だったら何だ?」
コルゴンは薄く笑い、彼を見た。
「あんたはクリーオウを殴ったんだ。それ相応のことはさせてもらうぜ」
「いいだろう」
言いながらも、自分が笑っていることにコルゴンは気づいていた。
先ほどの店に接している広い通りに、二人は対峙していた。
コルゴンとオーフェンが放つ尋常ではない空気に、通りを歩く人々は彼らを避けて通る。
すでにやじ馬たちが遠巻きに集まっていた。
ざわざわと緊張した声でささやきあっている。
が、そんなことは気にせずにコルゴンは右足を引き、腰を落とした。
オーフェンも同じような体勢を取っている。
周りの音が遠くに聞こえ、時間の感覚がなくなる。
コルゴンは相手に攻撃を仕掛けるタイミングを計っていた。
と―――――
「オーフェン?」
自分の中の静寂を破って、かん高い声が弟弟子の名前を呼んだ。
見ると人垣の中から小柄な金髪の少女がひょっこりと現れる。
両手に食料が入っているらしき紙袋を抱えていた。
「
クリーオウ!
」
瞬間、オーフェンはあっさりと戦闘体勢を解き、こちらを見ようともせずに少女に駆け寄った。
「
探してたんだぞ。どこ行ってたんだ?
」
「…………………」
先ほどの低い声とはうって変わって、彼女に優しい声をかけている。
「ちょっと夕飯のお買い物してたの。オーフェンはこんなところで何してたの?」
彼女は言いながら大きな袋を示す。
オーフェンはそれを受け取ってから片手で持ち、もう一方で少女の方を抱く。
「ん?大したことじゃない。帰ろうぜ」
そう言って本当に歩き出す。
こちらを無視して。
「……………おい、キリランシェロ」
コルゴンは構えたままの形でオーフェンを呼んだ。
「あん?」
彼は首だけでこちらを振り返る。
「俺との決闘はどうするんだ?」
「
あ?悪ぃ。忘れてた
」
あまりにもあっさりした言葉にコルゴンは肩を震わせた。
孤独か、屈辱か、そういった感情が渦まく。
「なぁクリーオウ。あいつ覚えてるか?エドだ。ロッテーシャの旦那の。もし覚えてて仕返しとかしたいんなら俺が取り押さえててやるぞ?」
肩を震わせながら声のした方を見ると、オーフェンがにこやかに少女に笑いかけていた。
それにしても大した自信である。
すると少女は唇をとがらせ、不服そうな目つきでこちらを見、小さくため息をついた。
「もういいわよ。昔のことだし。ロッテにも悪いし」
「そうか?一発くらいあいつの顔面殴ってもロッテーシャは文句言わないと思うぞ?」
「いーのよ。あのことはもう許すから、少しはロッテのこと考えてあげてね?」
少女はこちらを見上げるように言ってきた。
口調には怒気が含まれている。
「そしたら全部忘れてあげるわよ」
それだけ言って、彼女はこちらに背を向けて歩き出した。
オーフェンはそれを見て小さく笑い、彼女の隣に並んで歩き出した。
荷物を持っていない手で小さな金色の頭を撫でている。
確かに大した娘だった。
オーフェンが彼女のことであのように怒る価値があるように思える。
だが、一人残された自分はどうすれば良いのか。
コルゴンは戦闘体勢のままいつまでも立ちつくした。
(2003.9.19)
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