それいけ!ダメダメオーフェン vol.5





フォルテだ。

仕事の都合で、タフレムから少し離れたところで滞在している。

その仕事も終わりを迎えようとした時、何の偶然か<牙の塔>での弟弟子だったキリランシェロと一緒になった。

アザリーとレティシャからキリランシェロのことを聞いてはいるが、その豹変ぶりはどれほどのものだろうか。







「フォルテ、久しぶりだな」

「キリランシェロ」

久しぶりに会ったキリランシェロ―――オーフェンに、アザリーやレティシャが言ったような変化は見られなかった。

「どうだ、この仕事は?」

再会を懐かしみ微笑しながら聞くと、オーフェンがうんざりとした表情を見せる。

「仕事自体は大したことねぇんだけどな。期間が長すぎるのがやっかいじゃねーか?」

「そうだろうな。わたしもここへ来てから一週間にもなる。だがそれも今日でしまいだ」

フォルテは彼の言葉に同意しながら言った。

誰も待っている人がいないとはいえ、一週間も離れているとさすがに家が恋しくなってくる。

待っている人がいるオーフェンにとっては、なおさら家が恋しいだろう。

「それで?お前は来て何日目になる?」

「……2日だ」

2日?

フォルテは思わず素っ頓狂な声を上げた。

オーフェンが何かを思い出したように、一層寂しそうな表情を見せる。

2日目でこんな風に落ち込むのか訝しく思い、フォルテは確認するように彼に聞いた。

「では……昨日からこの仕事に就いたということか?」

「そうだよ」

深い溜息をつきながらオーフェンはゆっくりとうなずいた。

「さきほど……『期間が長い』と言わなかったか?」

「ああ……。今も精神的にかなりまいってる」

オーフェンの言う通り、彼の顔はとてもつらそうだった。

暗い面持ちをしている。

仕事に支障をきたすというほどではないにしろ、どうにも覇気がない。

レティシャやアザリーの言葉を信じるとすれば、オーフェンをここまで衰弱させる原因はひとつだった。

信じ難いが、フォルテはおずおずと聞いてみる。

「それは……その、クリーオウという娘のことか?」

「知ってるのか?」

オーフェンは顔を持ち上げ、こちらの目をのぞきこんできた。

フォルテは自分の推理―――というかなんというか―――が当たったことに複雑な心境になったが、とりあえず笑顔を向ける。

「ああ。アザリーとレティシャに聞いて……な。とても可愛いと聞いているが……」

そう、そうなんだよ

オーフェンは大きくうなずき肯定した。

彼は嬉しさと寂しさを両方含んだような複雑な表情を作った。

自分でも情けないと思うんだけど……俺はあいつが傍にいないとダメでな。仕事しててもすぐにクリーオウに会いたくなる。あいつは何してんのかな、あいつは俺がいなくて泣いてるんじゃないかな、って。そんなことしない奴だってのは良く分かってんだけど。笑ってもいいぞ?

寂しそうに笑うオーフェンを見て、フォルテは胸がいっぱいになった。

アザリーやレティシャはそんな彼を迷惑この上ないように話していたがそんなことはない

(祝福するべきだ)

クラスの中でも大切に見守ってきた子どもが、こんなにも人を愛せる男に成長したのだ。

誇らしく思うことはあっても、落胆することなどどこにもない。

なぜ彼女たちはそのことを分かってやれないのだろうか。

彼女らに憤りをおぼえながら、フォルテは父親が子どもの成長を見守るような心境で彼を見た。

実に微笑ましい。

「彼女の写真は持ってないのか?常に写真を持ち歩いて、寂しくなった時にでも見れば、少しは気がまぎれるんじゃないのか?」

「ああ、持ってるぞ。少ないけど」

と、彼は服の内ポケットから数枚の写真を取り出しフォルテに手渡した。

「かわいいだろ?」

「そうだな。とても……」

写真を一枚ずつながめながら、素直に答える。

写っているのは金色の長い髪をした少女で、どれも鮮やかに笑っている。

オーフェンの話に少しも違うことなく華やかで、彼女と別れることを辛く思うのも良く分かる気がした。

彼女のことを大切に思うならなおさらだ。

「これを……いつも?」

写真を返しながら、フォルテは聞いた。

「そう。肌身離さずってやつだ。できることなら持ってきたのを全部持ち歩きたいんだけど……さすがに仕事の邪魔になるから」

「なぜだ?たかが写真だろう?そんなに邪魔になるとは思えないが……」

「いや、さすがにアルバム3冊分は持ち歩けないだろ。この間持って歩いてたら上司に小言くらったしな」

3冊!?

軽く言ってくるオーフェンに、フォルテは思わず叫んだ。

彼は以外そうな顔を浮かべてこちらを見る。

普通だろ、そんくらい。一日クリーオウに会えないんだぞ?これでも厳選した方だ。写真は本物と違って動かねぇし、3冊じゃ足りないくらいだ。かといってクリーオウを連れてくるわけにはいかないだろ?クリーオウをこんなむさ苦しい場所に連れてくるなんて、うさぎを狼の群れに放り込むようなもんじゃねぇか。それでなくてもクリーオウを俺以外の男の目に触れさせたくねぇのに。あんなかわいいんじゃいくら俺がそばにいたって手ぇ出そうとしてくる奴なんざ次から次にわいてくるんだよな

「そ、そうか……」

フォルテはオーフェンの話に適当な相づちを打ちながら、全身から汗を流していた。

理由が分からないが、なぜか口がどもる。

すでに彼の目を見ることもできなかった。

「……そうだろうな……。だが……長期の仕事の時はどうするんだ?まさかアルバムを10冊持ち歩くわけじゃないだろうな?」

そう、フォルテは冗談のつもりで言ったのだが、オーフェンは真顔で答えてきた。

「いや……俺がクリーオウと離れてられるのは2日が限界なんだよ。だからアルバムを何冊持ち歩こうが、効果はほとんどないな。そりゃ、気がまぎれることは確かだけど」

(……それでは毎日クリーオウ嬢と会っていることにならないか?)

胸中でうめく。

オーフェンの話を聞けば聞くほどに疑問が増えた。

「では3日以上の依頼が来た時はどうしているんだ?まさか断るわけにはいかんだろう。信頼関係もあるのだし」
それにオーフェンが神妙な顔をしてうなずく。

前までは3日以上の仕事も依頼されてたけど……でもその度にその仕事の途中で記憶がなくなるんだよ。というか、何も覚えてない

「覚えてないだと?」

「ああ。俺は嘘は言ってないぜ?覚えてるのは、いつも気がついたらクリーオウが目の前にいたってことだ」

「そ、そうか……」

それ以上の追求をする勇気が持てず、オーフェンの言葉にうなずいた。

「以来、なんか知らんが俺に3日以上の仕事の依頼が回ってこなくなって。ま、俺としちゃ嬉しいんだけど」

明るい顔をした後輩とは反対に、フォルテは顔を上げることすらできない。

オーフェンの、その、3日以上の仕事の間に何があったのかさえ、彼には恐ろしさのあまり調べる気にはなれなかった。

それに知らない方が自分のためだと、何かが強くうったえていた。

「そうだ。フォルテも今日で上がるんだろ?他に用がないんなら家に寄ってかねぇか?」

オーフェンは、頭の後ろで手を組みながら明るく言ってきた。

「うち?レティシャの家か?」

フォルテは反射的に聞き返す。

「ああ。クリーオウを紹介してやるよ」







仕事が終わってマクレディ邸までの道のり―――2時間あったのだが ―――オーフェンはクリーオウのことしか話題にしなかった

マクレディ家の大きな玄関の前で、オーフェンは呼び鈴を鳴らす。

と、すぐに女の声で返事があった。

聞いたことのない声だが、フォルテはこの声がクリーオウのものだと直感で判断した。

鍵を開ける音がして、次に厚い扉から見えたのは、かなり小柄な金髪の少女で、確かにオーフェンに見せてもらった写真の人物だった。

「お帰りなさい」

満面の笑みを浮かべて金髪の少女―――クリーオウは言った。

「ただいま」

彼がクリーオウのほうを向いていたので表情は見えないが、声を聞くだけでオーフェンが彼女に会うことを渇望していたのが分かる。

「あれ……」

と、フォルテとクリーオウの目が合う。

フォルテは彼女に笑顔を向け、とりあえず会釈をした。

ああ、とオーフェンがそれに気づきまずこちらに手を向けて紹介を始める。

「クリーオウ、この人はたまたま今日同じ仕事になって、<牙の塔>にいたころの俺の兄弟子に当たる人だ。フォルテ・パッキンガム」

次にクリーオウを示して続ける。

「で、クリーオウだ。俺がさっきまで話してた」

すでに、フォルテにはそれだけの説明で十分だった。

彼女は知らないだろうが、オーフェンにずっと話を聞かされていたのだから。

もはや初対面だという気がしない。

そうとは知らずにクリーオウがこちらににっこりと笑いかける。

「こんにちは。わたし、クリーオウっていいます」

「ああ。フォルテという。よろしく」

と、あいさつをしたところで、

じゃあな

それだけ言ってオーフェンはバタンと玄関の扉を閉めた

外に一人残され、フォルテは呆然と閉じられたばかりの扉を見つめる。

……ちょっと待て

沈黙の後、ようやく声を上げると、慌てた様子のクリーオウが扉を開けて姿を見せる。

「ご、ごめんなさい」

オーフェンはというと、クリーオウを後ろから抱き、彼女の金髪に顔をうずめていた

「ちょっと……オーフェン!」

クリーオウがあたふたと腹部のあたりで組まれたオーフェンの手をふりほどこうとする。

「なんだよ」

オーフェンは彼女の金髪に顔をうずめたままとろけたような声を出した。

「閉めてどうするの?ちゃんとおもてなししなくちゃ……」

言いながら、少女がこちらを見て苦笑する。

「どうぞ中に入って。ティッシももう帰ってくると思うから……。まとマジクも」

するとオーフェンがこちらにはじめて気づいたように顔を上げた。

どうかしたのか?

まるでここにいることが不自然であるかのようなオーフェンの態度にフォルテは言葉を失う。

「『どうかした』じゃないでしょ、オーフェンてば。せっかく来てもらったのにすぐ追い返してどーすんのよ!ちゃんとおもてなししなくちゃだめじゃない。わたしもフォルテさんのお話聞きたいし

!!

こちらを見上げてにこりと微笑んでくるクリーオウとは対象にオーフェンはすさまじい形相で殺気を漂わせながら睨んでくる。

とたん、フォルテの背中を何か冷たいものが通り抜けた。

「い、いや。他にも片付けなくてはいけない仕事があってね。もう失礼させてもらうよ」

考えるよりも先に、いとまを告げる意味の言葉が口をつく。

いかに自分が優秀な魔術士といえど、壮絶な殺気を含んだオーラをまとうこの目の前の男に勝てるとは思えなかった。

冗談を抜きにして考えても、愛しい彼女との時間を邪魔したことによる報復がいつか必ずありそうな気がする。

今ここで帰るべきだと、本能がそう告げていた。

「でも……」

「すまないね。また今度お邪魔させてもらうよ」

自分を引きとめようとするクリーオウに、フォルテは口早に言う。

それにオーフェンはにやりと笑い、うまくいったとばかりに再度クリーオウを抱く。

「じゃあ、また来てくださいね?」

オーフェンに抱かれたことに気づいた様子もなく、クリーオウが寂しげに笑いかける。

じゃあな

オーフェンは早く帰れと言わんばかりにたった一言別れの言葉を言いながら嬉しげに手をあげる。

「ああ……。ではまた……な」

作り笑いを浮かべ、フォルテはぎくしゃくと厚い扉を閉めた。







(彼女達の言う通り……キリランシェロは変わってしまった……。しかも、悪い方向に、だ)

苦々しい思いを噛みしめて、フォルテはマクレディ邸を後にした。






(2003.5.24)
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