それいけ!ダメダメオーフェン vol.3、5





アザリーよ。

マクレディ邸へ来て今日で三日目。

毎日楽しくて仕方ないわ。

これだけ楽しいのはずいぶん久しぶり。





「楽しいわ。楽しすぎる」

金髪の少女を視界に捕らえながら、アザリーはひとりごちた。

マクレディ邸へ来てから三日目。

それと同時にオーフェンからクリーオウを奪ってから三日を数える。

はじめは、すっかりクリーオウに骨抜きにされた義弟をこらしめるはずだったのだが、今ではアザリー自身が彼女に夢中になっていた。

弟の彼女と過ごす時間が、楽しくてしょうがない。

年の離れた妹ができたようだ、とでも言えばいいのだろうか。

弟もそれなりにかわいかったのだが、最近できた妹―――のように思っている―――は、それ以上だった。

小さくて、元気で、見ているだけで幸せになれるような、そんな少女。

しかも最近は、未だ敬語は抜けないものの、だいぶアザリーに慣れたようでクリーオウに話しかけられることも多くなった。

甘えたり拗ねたりして、とても可愛らしい。

(たまらないわ……)

うっとりとクリーオウを見つめる。

彼女は楽しそうにお菓子を作っていた。

もちろんアザリーと一緒に、である。

「アザリー」

と、背後から名前を呼ばれた。

アザリーは顔に微笑を含み、ゆっくりと振り返りながら彼女もまた相手の名前を呼ぶ。

「なぁに?オーフェン」

目の前には黒づくめの男。

五年前のあのかわいらしい容貌は見る影もない、自分の弟。

「どしたの、オーフェン?」

彼女の隣にいるクリーオウがひょっこりと会話に加わる。

笑顔できょとんと首を傾ける姿も、実に愛らしい。

その様子にオーフェンは一気に表情を崩し、情けない声を出す。

っクリー

オーフェンが少女の名前を呼び終わる前に、アザリーは彼と少女の間に割って入る。

「ごめんなさいね、クリーオウ。オーフェンはわたしに何か話があるみたい。悪いけど、その間ひとりで作っておいてくれるかしら?」

言いつつ、アザリーはその場から離れようとしないオーフェンの体を懸命に押していた。

彼女が苛立って彼をにらむと、オーフェンも鋭い目つきでにらみ返してきた。

どちらも目を反らそうとしないので、その場でしばらくにらみ合いが続く。

今までは、すぐに彼の方が目を反らしたのだが。

(いい度胸してるじゃない、この子)

久しぶりに手ごたえのある相手に、アザリーは舌なめずりをした。







マクレディ邸にある広い庭。

その、魔術の練習をするんだかなんだかで、かなりあけた場所にアザリーとオーフェンは対峙していた。

距離にしておよそ三メートル。

それは話し合いというよりも決闘を連想させる。

改めて彼の顔を見ると憔悴しきっているようだった。

目の下には濃い隈ができており、黒い髪には艶がない。

数日前に『クリーオウを抱きしめないと眠れない』と言っていたことは本当だったのだろう。

だからと言ってそう易々とクリーオウを渡す気は、アザリーにはなかった。

少女と一緒にいるのは楽しいし、その付加価値としてオーフェンをいたぶることは愉快だった。

彼の泣きそうな顔と疲れ果てたような体は、遠い昔を思い出させる。

それがいじめに拍車をかけ、クリーオウとは会話らしい会話すらさせていない。

全てアザリーが邪魔をしていた。

「で?何か用?用があるんだったら早くしてね。わたし、クリーオウと遊ばなきゃいけないから忙しいのよ

その言葉に、オーフェンの体が痙攣するように震えた。

握り拳を固めながら言ってくる。

「……俺は……アザリーのわがままに昔からずっと耐えてきた」

「あらそう。それはご苦労様ね」

あっさりと言ってやる。

オーフェンは拳をさらに強く握りしめ、それでも後を続ける。

「だがそれは、あんたを尊敬してたからだ」

「ありがとう?」

少々首を傾けて、上目遣いでオーフェンを見る。

「でもな……どんなことにも『越えちゃいけない一線』っていうのがあるんだよ。でも……アザリーはとうとうそれを越えてしまった。俺は……俺はクリーオウを奪われることだけには耐えられない!!」

「そう」

あの、かわいい声、あの、滑らかな肌、柔らかい身体、花のような香り、細く華奢な腕に、すらりと伸びた白い足、桜色の唇―――10分経過 ―――金髪は絹よりも上質で、透き通る瞳はどの宝石よりも輝き、細い指は世界のどの芸術家よりも大切にしなければならない生きた宝。まだまだ……まだまだ(略)まだ言い尽くせないが、こんなちっぽけな言葉ではクリーオウを表すことなんてできない。そう、この星が太陽なしでは生きていけないかの如く、俺は……いや、世界は!クリーオウなしでは存在する価値もない。クリーオウなしでは生きていけないんだ!クリーオウを独占するなんて、たとえあんたでも許せない!それなのに……

「結局何が言いたいわけ?」

クリーオウをかえせ

「なら、初めからそう言いなさい。時間無駄よ

かえしてくれるのか?

瞬間、オーフェンの顔がぱっと輝いた。

そんなわけないでしょ

その声を媒体として、アザリーは弟に向かって最大の魔術を放った。

目の前が白い光に包まれる。

が、そんなことにもかまわずに彼女はクリーオウのいるキッチンへと、スキップをしながら向かった。







「アザリー」

クリーオウと一緒に生クリームを作っていると、またもや背後から名前を呼ばれた。

「ティッシ」

振り向くとクリーオウの言う通り、長い黒髪の女が立っていた。

アザリーの義姉。

「どうしたの?」

「ちょっとこっちへ来てくれないかしら」

言って彼女は、アザリーを手招きする。

「ええ、いいわよ。じゃあごめんなさいね、クリーオウ。また行ってくるわね」

「わかったわ」

アザリーとレティシャは別室へ向かった。







「どうしたの、ティッシ?わたし、クリーオウと一緒に遊びたいから忙しいのよ」

するとレティシャは小さく息を吐いた。

「あのね、アザリー。あなたがクリーオウを好きなのは良く分かってるわ。キリランシェロをいじめるのが好きなのもね。だけど、そろそろクリーオウをキリランシェロにかえしてあげてくれないかしら」

「いやよ。そんなのつまらないじゃない」

アザリーは眉を寄せながら言う。

「それは分かってるわ。だけどこのままだとキリランシェロが爆発しそうな気がするのよ。この家が壊されるのも困るのよね」

「そんなことないわよ」

アザリーは明るく笑い飛ばした。







「できた♪」

ケーキの完成を喜ぶクリーオウを見て、アザリーは満足そうにうなずいた。

「じゃあわたしはみんなを呼んでくるから、あなたはフォークとお皿の用意してくれるかしら」

「はーい」

そう言って、彼女は食器棚へ向かう。

アザリーもマクレディ邸の住人たちを呼びにキッチンを出た。







「さてと。残るはキリランシェロね。まったくどこに行ったのかしら」

アザリーはぼやきながら、広い家の中を歩き回った。

しかし、どの部屋を見て回っても、弟の姿が見当たらない。

残るは、オーフェン以外の個人の部屋だけなのだが。

「まさかね」

心の中で否定しながらも、アザリーは恐る恐るクリーオウの部屋を覗いた。

「………………」

言うべきことがみつからず、アザリーはその場に立ち尽くす。

彼女の視線の先には、世界でたったひとりの弟がいた。

彼は、クリーオウのベッドに座り、クリーオウの枕を抱き締めている。

彼も泣いているようだったが、アザリーも泣き出しそうだった。

一分ほど呆然として、ようやく気を取り直せた。

「キリランシェロ」

アザリーが呼んでも彼は顔を上げる気配がない。

「ケーキがあるから、下に降りてらっしゃい」

まだこちらを見ない。

「クリーオウが待ってるわよ」

と、勢い良くオーフェンが顔を上げる。

(この子は……)

脱力して何を言う気にもなれない。

「……先に行ってるわね」

そう言い残してから廊下を歩いていると、途中すごい勢いで弟に追い抜かれた。







それぞれ定位置についたなかで、クリーオウだけがぱたぱたと歩き回る。

しかしそれも一段落ついたのか、彼女がきょろきょろと席を探す。

クリー

クリーオウ、こっちにいらっしゃい

いつものようにアザリーは彼女を呼び、いつものようにクリーオウもこちらを向いた。

少女が歩き出そうとする瞬間、ものすごい悪寒がした。

直感を頼りに、気配のした先を見る。

そこにはオーフェンが、凄まじい威力の魔術の構成を編み、狂ったように笑っていた

規模はマクレディ邸の半分を崩壊させるもので、範囲はクリーオウを除くすべて。

キリランシェロ、やめなさい!

レティシャが叫び、彼女の弟子達を引き寄せる。

彼女の弟子達は魔術の規模までは理解できていないようだったが、顔を真っ青にして震えている。

おおお師様!や、やめ、やめ、や、やめてください!

マジクはソファの陰に隠れ、防御の構成を編んでいる。

クリーオウだけが理解できずに首をかしげたままこちらに近付いてきた。

(まずいわ。この家はどうなってもいいけど、わたしの部屋には昨日クリーオウとふたりで撮った写真が!)

どうしたものかと迷っていると、レティシャがこちらに向かって叫ぶ。

「アザリー!クリーオウよ!クリーオウをキリランシェロに渡しなさい!

え!?

言いながら、アザリーはばっとクリーオウを見た。

花のようにふんわりとした柔らかい笑顔。

いやよ!

反射的に叫び返す。

他の誰にも彼女を渡しはしないわ!

そんなこと言ってないで早く!キリランシェロが……キリランシェロが……!!

そうしている間にも、オーフェンの構成がより緻密さを増していく。

このまま彼の魔術が発動したとしたら、クリーオウと撮った写真は完全に消えてなくなるだろう。

それしかないの!?

クリーオウはほにゃりと笑いながら、さらに一歩アザリーに近づいてきた。

クリーオウをキリランシェロに渡してしまうなんて……そんな……!

苦い思いで迷っていると、視界のはしでオーフェンの口を開きかけるのを捕らえた。

アザリー、早く!

アザリーさん、お願いします!

レティシャとマジクの声が、いよいよ切羽詰りだす。

アザリーはぎゅっと目をつぶり、覚悟したように開いた。

悲しい表情でクリーオウを見つめる。

「クリーオウ……。オーフェンが呼んでるわ。彼のところに……行ってあげて」

口の中に苦い味が広がった。

「え?」

少女はきょとんと、オーフェンを見る。

彼は一瞬にして構成を霧散させ、感極まったようにクリーオウを見つめた。

彼女がオーフェンのところへ向かうよりも早く、彼はたったの五歩の距離を走る。

彼にとっては、その五歩の距離ももどかしく、スローモーションのように思えるのだろうか。

オーフェンは力強く、少女を抱きしめ、いつまでも離さなかった。

「何かあったの?」

クリーオウのその問いに、答える者はいなかった。







かくして。

「ねぇオーフェン。食べにくいんだけど」

クリーオウをひとしきり抱きしめた後のオーフェンは、生気が戻ったように生き生きとしていた。

彼は彼女の問いに笑顔でうなずくだけで、いっこうに離そうとしない。

オーフェンは少女を彼の足の間に座らせて、左手を彼女のウエストに回し、右手でケーキを彼女の口へ運ぶ。

それが彼らの日常のスタイルなのか、汗を流しながらも誰も何も言わない。

ときどき弟が、こちらを向いてにやりと笑う。

「くっ……!」

アザリーはそれに底知れぬ怒りを感じたが、じっと耐えた。

怒りにまかせて魔術を使うとクリーオウまで傷つけてしまう。

(今回はわたしの負けよ)

アザリーは負けを認めた。






(2003.5.15)
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