エディプスコンプレックス2





ようこそ、パラレルの世界へ。

けっきょくぼくたちは、家族3人で仲良くシアターに行くことになりました。

ぼくは母さんと二人きりになりたいので、父さんはどうしても邪魔です。

たまには父さんをぎゃふんと言わせてみたいんだけど・・・。







劇場の中の休憩ホールで僕たち親子は, 難しい顔で壁をながめていた。

そこにはお菓子や飲み物のさまざまなメニューがずらりと並んでいる。

種類が多すぎて、すべてに目を通すだけでも一苦労だった。

クリーオウ、決まったか?何にする?

メニューを見続けること一分、そろそろ首が痛くなり始めたころに、父――オーフェンは猫なで声でとなりの母に尋ねる。

その甘ったるい声を聞くだけでぼくはいらいらした。

なんというか、ふざけやがって・・・という気分になる。

それに対して母――クリーオウは、なんとも心地良い声で父に答えた。

「えーとね、ポップコーンの塩味と・・・」

「うんうん」

「オレンジジュース。オーフェンは?」

「オレンジジュースだな?よし、分かった。俺はメロンソーダ」

オーフェンは母の注文に、崩れまくった表情で答える。

子供の前だというのに、父親としての威厳などまったく感じられない

「お前は」

クリーオウに尋ねたときとは明らかに違うトーンで、父はぼくに聞いてきた。

ぼくはぼんやりメニューを見上げながら、とても小さい動作で首を振る。

顔はメニューに向けたまま、視線だけで隣のクリーオウを見た。

「ぼく、いいや。母さんのもらうから

それを聞いてもクリーオウは無表情。

だがきちんとぼくの意見を聞いて、了解してくれたのを知っている。

しかし父は違った。

つりあがった黒い目を大きく見開き、おしげもなく顔を歪めた。

「おい、待てよ。なんだって母さんのをもらおうとするんだ?ちゃんともう一個買ってやるからそれ飲めよ!」

「え?いいよ。ぼくちょっとしかほしくないし」

ぼくは心底不思議そうな表情を作る。

そして「二つも同じの頼むなんてもったいないじゃないか!」ときらきらした目で訴えた。

それでも父は引き下がらない。

実の子供であっても、クリーオウが自分以外の男と間接キスをするのが耐えられないのだろう。

自分も母のことが大好きなので、その気持ちは良く分かった。

「お前はオレンジジュースがほしいんだな?子供が遠慮なんてするもんじゃないぞ?あの柄つきのでっかいの買ってやろうか

父はかなり必死にぼくを説得しようとする。

内心でにやりとしながら、ぼくはまったりと隣でまだメニューを見上げている母に聞いた。

母さんのからもらっていいよね

すると母はあっさりと首を縦に振る。

いいわよ

それに父は打ちひしがれたように数歩後ずさった。

だが何とか間接キスを阻止しようと、とにかく一生懸命になる。

だったら俺も・・・俺も一緒にオレンジジュース飲むぞ

えー?嫌よ。三人で飲んだらわたしの分が少なくなっちゃうじゃない」

ならクリーオウとお前で半分こ・・・

だからぼくはちょっとしかいらないって言ってるでしょ?」

・・・・・!

二人から畳みかけられ、オーフェンは少し涙ぐんだ。

そんなことぐらいで泣くのかよ!と怒鳴りたいが、いい気味なので父を鼻で笑う。

ついでなので、父に止めを刺すことにした。

「もう、父さんがわがままだから遅くなっちゃったじゃないか。先に行っていい席取ってこようよ、母さん

その言葉に父ははっとする。

母はというと、ぼくに軽くうなずき、父に向かって素っ気ない声で言った。

そうね。じゃあわたしたち席を取ってくるから、オーフェン、ポップコーンとオレンジジュースお願いね」

クリーオウ・・・!

父はショックを受けたように母の名前を呼ぶが、彼女はさっさと劇場へ歩いていく。

置き去りにした父を振り返って、ぼくは声を上げて勝利を喜んだ。







薄暗い劇場内での席順は当然母を真ん中に、父・母・ぼくという順番になっている。

父もぼくもクリーオウの隣にいたいので、この順番がいちばん適した並びだった。

並んだ席が2つだけでは、必ず絶対何があってもけんかになる。

今回は事なきを終え、三人で平穏無事にシアターを鑑賞していた。

といっても、ぼくは意識と視線の半分を、クリーオウの美しさ、かわいさ、愛らしさの観賞に費やしていた。

ちらちらと横目で母を見ては、うっとりと幸福を感じる。

ぼくが母に夢中になっていると、突然観客席でわっと笑いが起こった。

ぼくはそのシーンを見ていないので何のことだ了然としないが、声を聞いていた限りでは主役の二人のコントが受けたらしい。

母もその他大勢と一緒になって、かわいい声でけらけらと笑っていた。

クリーオウのしぐさはどれも愛らしいが、ぼくはその中でも彼女の花のような笑顔大好きである。

ぼくもみんなとは別の意味で一緒に微笑んでいた。

シアターもそっちのけで、クリーオウだけを見つめ続ける。

そのときふと、ぼくと同じく彼女に熱いまなざしを向けてきた父と、母越しに視線がかち合った。

目を合わせたいのは母なのに、どうして父などと見つめ合ってしまったのだろうか。

ぼくはそのことで一気に気分を害し、顔をしかめた。

だが父も、彼とまったく同じタイミングで表情をゆがませる。

同じ呼吸で同じ表情になったのがまたさらに嫌で、ぼくはぷいと正面を向いた。

仕方がないので、しばらくはシアターに集中することにする。

今回のシアターはコメディーなので、それまでのストーリーにあまり注目していなくても、それなりに笑うことができた。

友人が彼にオススメというのもうなずける。

ほどほどにシアターを楽しみながら、ぼくは母からジュースの入った紙コップを渡してもらった。

一本きりのストローからジュースを飲み、また母に返す。

シアターの楽しさより何より、クリーオウのことで父を出し抜いた喜びがぼくの胸を満たす。

ぼくは幸福な気持ちのまま、再度クリーオウに優しく視線を向ける。

その瞬間確認したものに、ぼくは目を見張った

信じられないことに、いつの間にやら父の無骨な腕が母の肩を抱くように伸びてきている。

その腕はクリーオウに触れていないが、いつそうなってもおかしくない状態だった。

父はさりげなく母に触れようと、いつも汚い手段を使う。

果てしない危機を感じ、最悪の結果になる前に、ぼくは伸びてきていた父の手の甲の皮を思いっきりつねった

・・・・・!

むろん手加減などしていない

手をつねられた父は何とか声は出さなかったが、狭いいすの上で飛び上がった。

その拍子に彼の手もクリーオウの傍から離れる。

愛しの母を死守したこと、そして父を撃退させたことに、ぼくは胸中で歓喜した。

ぼくのいる前で、彼女に手を出すことは絶対に許さない

勝利のまなざしを父に向けると、オーフェンは怒りと嫉妬に狂った瞳で思い切りこちらをにらんできていた。

だが場所が場所だけに、にらむ以上のことはできない。

ぼくはもう一度母からオレンジジュースをもらい、父に見せつけるようにストローに口をつける

父は黒い目をいっぱいまで見開き、汗を流したまま声無き悲鳴を上げた。

やめてくれと、今にも聞こえてきそうな形相である。

ぼくはくつくつと笑いシアターのことも忘れ、父とのクリーオウ争奪戦にいそしんだ。







なかなか充実した一日を終え、ぼくは風呂に入った後、自室でのんびりとくつろいでいた。

父とのバトルは全勝とまではいかないが、良い結果が残せたと思う。

バトルに勝利するたび父は悔し涙を流し、それを見るたびぼくは優越感に浸っていた。

今日だけで何度父を泣かせてやっただろうか

しかし、まだ完全に父に勝利したとは思えなかった。

何かが足りない。

それが何だとははっきりとは分からないが、まだ何かが足りないのだ。

ぼくはしばしの間考え、ふいに気がつく。

今までのことは父にとってただの序章にすぎず、これからが一日のうちで最高の幸せタイムになるはずだ。

母を父から救うため、また自分が母と一緒にいたいため、ぼくはまくらを掴んだ。

母はすでに入浴を済ませ、今は父が風呂を使っているため、部屋には現在クリーオウ一人のはずである。

ぼくはまくらを胸に抱き、父と母の寝室の扉を叩いた。

「どうぞ」

すぐにとても心地よく響く母の声が聞こえる。

入室の許可が出たので、ぼくはゆっくりと扉を開けた。

薄暗い部屋。

寝室の中央にでんとかまえたダブルベッドがいまいましい

母はベッドサイドの明かりで、料理の雑誌を読んでいた。

読みかけの雑誌をひざの上に載せ、彼女はかわいらしく首をかしげる。

「どうかしたの?」

「うん。あのさ、ちょっと恥ずかしいんだけど・・・」

「なに?」

この年で母にこんな願いをするのは、本当にみっともない。

しかしぼくは唾をごくりと飲み込み、決心を固めた。

今夜、一緒に寝てもいい?

問うと、母は青い大きな瞳をぱちくりさせる。

きょとんとした母の様子を見るのが恥ずかしくて、ぼくは顔を赤くした。

決まりが悪くうつむくと、意外にもあっさりとした返事が返ってきた。

「いいわよ」

「ほんとに!?」

ぱっと頭を上げて、クリーオウの顔を見る。

彼女はぽんぽんとベッドの中央を叩き、ぼくを手招きした。

「ちゃんとまくらも持ってきてるし、久しぶりに親子で眠るのもいいと思うわ」

「うん!」

ぼくは満面の笑みでうなずき、いそいそとシーツの中へ入り込んだ。

そして母の持っている雑誌をのぞく。

「母さん星占いのページ読んでたんだ」

「今、このページ開けたばっかりよ」

「ふーん。あ、ぼく今月の恋愛運絶好調だ!」

自分の星座の占い結果のスペースには、恋愛運のところに星が5つ並んでいる。

星5つが最高なので、一番良い結果といえる。

「わたしは4つだわ。まあまあね」

言って、母はなかなか満足そうに笑った。

母が笑うとぼくも嬉しくなるので、彼女と顔を見合わせながら微笑む。

「オーフェンは・・・1つね」

「絶不調だね」

二人して、父のことを馬鹿にするように笑い合った。

今日一日を振り返ってみると、思い当たることがごろごろと出てくる。

偶然かもしれないが、この雑誌の占いの記事はなかなかあてにできそうだった。

とその時、軽いノックの音が部屋に響く。

こちらの返事も待たず、父は満面の笑みでドアを開けた。

クリーオ・・・ウ・・・

うきうきした声が、ぼくの姿を見つけたとたんにしぼんでいく。

父の顔はみるみる悲しげなものに変わっていった。

そして動揺して震えた声を出す。

なんで・・・お前が・・・ここに?

あ、ぼくね。今日ここで寝かせてもらうからよろしく♥

にっこりと手を挙げて、ぼくは陽気に言った。

その瞬間、父の顔が蒼白になる。

そしてすぐに真っ赤になった。

お前、いい年こいて親と一緒に寝ようとするなよ!恥ずかしくねえのか、男のくせに!?

えー?いいでしょ、別に。たまにはこうやってスキンシップを取った方が・・・

必要ない。お前なんかとっととグレてさっさと独立しろ!」

母さん、父さんがあんなこと言ってるよ

父にいじめられたときには母を頼るに限る。

クリーオウの一言はいつも父に絶大な効果があるのだ。

母は今回もあっさりとぼくの味方をしてくれた。

いいじゃない、別に久しぶりなんだし。男の子っていつ気難しくなるか分からないし。そうなっちゃう前に少しでも長く一緒にいましょうよ

・・・・・・・・!・・・・・・う!く・・・・!・・・・しょ、しょうがねえなぁ・・・!」

父は衝撃を受けたように立ちすくみ、十分な時間固まった後がっくりとうなずいた。

それからしょんぼりとした様子で歩き、ごそごそとベッドに入る。

体勢を整え終わった父は、じろりとこちらをにらんできた。

「今夜だけはこの部屋で寝るのを許してやる。けどな、お前、クリーオウと場所変われ

・・・・やだよ

絶対に動くまいと、ぼくはぎっちりとシーツを掴む。

ここで譲ってしまえば、完全な勝利にはなりえない。

てめ、100万歩ゆずって一緒に寝るのを許可してやってんだぞ!それくらい当然だろ!

やだってばぼくは父さんと母さんの隣で寝たいんだから!」

ぼくは真剣に父の目を見た。

父はその黒い瞳に困惑の色を混ぜ、一瞬黙り込む。

心の中で葛藤しているのかなかなか口を開こうとはしなかったが、やがてふいとぼくから視線をそらした。

そのままぶっきらぼうに言う。

「・・・わかったよ」

そしてすぐにまたぼくを見てしっかりと念を押した。

そのかわり今日だけだからな!

「はーい」

ぼくは笑顔で答え、うきうきとしたままシーツの中にもぐった。

「おやすみ、父さん母さん」

シーツを頭までかぶり、くぐもった声できちんとあいさつをする。

「おやすみ」

母はくすくすと楽しそうな声で。

「・・・・おやすみ」

父はまだ不満そうな声で。

オーフェンは世間でも有名な伝説になるほどの愛妻家である。

母の一挙一動に夢中でぼくのことなどそっちのけだが、それでも最後の最後の最後の最後には、息子のわがままを聞く。

両隣に父と母の存在を感じ、ぼくは心地良い眠りについた。






(2005.9.18)
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