それいけ!ダメダメオーフェン vol.11





マリア・フォンです。

わたしは今でも要請で、《塔》で生徒たちを相手に授業をしています。

クラスを持っているわけではなく、主に教師をサポートすることになっているわ。

今日は特別にあの子を《塔》に招いたんだけれど。





「お久しぶりです、マリア・フォン教師」

生き生きと、生気に満ちた顔でキリランシェロ――オーフェンはマリアに言った。

一年ほど前に会ったばかりだったのだが、今の彼は以前会ったときよりも穏やかな顔つきをしている。

新しい生活が、よほど彼に適応している証拠だろう。

それを見てマリアは微笑みあいさつを返す。

「久しぶりね、キリランシェロ君。わざわざごめんなさいね、こんな遠くまで。だけど進路に迷う生徒たちのことを考えると、あなたが適任だと考えたのよ」

今日オーフェンを塔に呼んだのは、講演会を行ってもらうからだった。

競争の激しい塔の中でもエリートであったにも関わらず、それを捨てた《鋼の後継》。

あの小さかった彼が立派に成長し、世界の破滅から人類を救った。

このオーフェンのことは複雑なこともあって歴史に名を残すことはなかったが、語られない伝説になった。

それを知っているのは自分を含めたった数人。

その生ける伝説の男を、生徒たちはどう思うだろうか。

「しかし俺なんかでいいんですか?進路に迷ってる生徒たちに対して俺が何かアドバイスのようなことをするんですよね。忘れたとは言わせませんが、俺はアザリーを追うために《塔》を抜け出した」

「もちろん覚えてるわ」

マリアは自分の隣を歩く、彼女より少しだけ背の高いオーフェンを見た。

昔と少し雰囲気が違うが、今の彼はとても男らしくなっている。

「だけどその経験は、《塔》の中にずっといるよりももっとたくさんのことを学んだはずよ。わたしは生徒たちに魔術で出世することが全てだと思ってほしくないわ。もっと広い世界を知った上で、魔術のスペシャリストを選ぶならそれでいい。だけど外の世界を知らないまま進路を限定してしまうのは良くないことよ。この生き方を後悔したことはないけれど、わたしはあなたの生き方がうらやましく思えるもの」

「そうですか」

オーフェンは苦笑して――その中には哀れみも混じっていたのかもしれない――マリアを見た。

「そうよ。だからわたしは、わたしと違う生き方をしているあなたを選んだの。あなたが何を考え、何を思っているか、生徒たちに教えてあげてちょうだい。飾らない、あなたらしい言葉でね」

わたしもそばで聞かせてもらうわ、と胸中で付け足す。

オーフェンは宙を見上げ、しばし思案したようだがすぐにうなずいた。

「分かりました。じゃあ、お言葉に甘えてそうさせていただきます」

力強い意志に、マリアもうなずく。

もしかすると、彼がどんな話をしてくれるかいちばん楽しみにしているのは、自分かもしれない。

「ところで、あなたはこの仕事が終わったらすぐに帰るの?」

「いえ。せっかくタフレムまで来たので、一週間ほど滞在する予定です。連れも観光したがってますし。その間は姉のところで世話になるつもりなんですが」

「なら時間はあるわね。ここが終わったら一緒に食事でもどうかしら。もちろんお給料は出るけど、それとは別にわたしのおごりよ」

「はあ・・・」

彼女が誘うと、オーフェンが困ったような声を出す。

滞在の時間は長いはずなのに何か不都合なことがあるのだろうか、と首をかしげ、先ほど彼が「連れ」と言ったことに気がついた。

ぽんと両手を合わせる。

「そういえばあなた、結婚したんだったかしら?」

ええ

と、オーフェンが少年のように無邪気に笑う。

結婚制度のないタフレム市で育ったにも関わらず、決まった相手と結婚し、あえて縛られようとするのは珍しい。

同じタフレムの人間が相手ならば、一緒に暮らしはしても結婚はしない。

「プルートー師から聞いたけれど詳しくは話してくれなくて。たしかディープ・ドラゴンを頭に乗せた女の子だったわね?」

ええ

プルートーは新大陸でオーフェンと話をして戻ってきたのだが、断られたというだけで彼のことはあまりしゃべってくれなかった

ただ苦い顔をして話の詳細を強引に濁そうとする。

彼はもともと無口だが、よほどキムラックに住んでいた人々が多い大陸での暮らしが合わなかったのだろう。

そして新大陸はまだ何もないところなので、王都に住むことになれた彼は気疲れしたのかもしれない。

「そのディープ・ドラゴンは今はまた子犬くらいの大きさになりましたけどね。俺は彼女と結婚しました。クリーオウです

「ええ、覚えてるわよ」

「だいたいの帰る時間を家を出るときに言ってしまったので、あまり遅くなるのは・・・」

オーフェンが言いよどむ。

たぶん、辞退したい、ということだろう。

「じゃあ彼女も誘ったらどうかしら。わたしもあんな機会でなかったら、もっと彼女と話をしたいと思っていたのよ。どうやってあのディープ・ドラゴンを手なづけたのか。どうやってあなたを射止めたのか、ね」

いたずらっぽく笑って彼を見る。

オーフェンはめずらしくスキャンダルに沸き立つ自分の姿を見て苦笑した。

たしかに年にふさわしくない発言だったかもしれないが、かといって特に気には留めない。

「どうかしら?なんだったら他の人も誘う?」

「いえ・・・。じゃあお言葉に甘えてクリーオウを呼ばせてもらいますよ。俺が彼女に手紙を書くので、届けてもらえますか?レティシャ・マクレディの家に彼女がいるはずなんですが」

「分かったわ。後で届けさせておくわね」





「がんばって。気楽にね」

マリアは壇上に向かうオーフェンを笑顔で送り出した。

彼は緊張した様子も見せず、マイクを用意してある位置まで軽い足取りで歩いていく。

生徒たちは《鋼の後継》を盛大な拍手で迎えていた。

マリアはその様子を舞台のそでで、腕を組みながら見守る。

オーフェンを真剣に見つめていると、前触れもなく肩を叩かれた。

振り返る。

そこには、自分よりずいぶん背の高い無表情の男が立っていた。

フォルテ・パッキンガム。

チャイルドマン教室の最年長であり、オーフェンの兄弟子。

現在はこの《塔》で教師をつとめている。

いつも鉄仮面のような何事にも動じない表情をしているが、今は何か苦い虫でも噛み潰したような顔つきだった。

「フォルテ教師。何か用?」

多少驚いてマリアは言った。

「進路指導の講演の件はあなたに任せるといいましたが、どうしてキリランシェロを選んだのです」

何やら切羽詰ったように訊いてくる。

マリアは首をかしげながらも、ありのままに答えた。

「どうしてって、彼が適任だと考えたからよ。エリートの魔術士たちにありがちな、変なプライドもないし。そして《塔》を抜け出したにも関わらず、しっかりと生きている。彼の生き方は生徒たちにとって新しい道を示すかもしれないでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど。わかりました。それで、キリランシェロには何と言ったのです?決して自分のことや彼の家の生活について語るなと忠告しましたか?

「いいえ。わたしはキリランシェロ君にありのままの姿を生徒たちに見せてあげてと言ったわ」

そう言った瞬間、フォルテの顔が大きく歪んだ

「なんてことを・・・・・・」

「どうかした?」

「そこまで言ってしまったらもうキリランシェロを止めることはできないでしょう。わたしは気分が悪くならないうちに先に失礼させていただきます」

一方的に宣言するなり、フォルテはローブをひるがえして早足で去って行った。

「何なのかしら・・・・」

ぽつりと独りごちつつ、マリアはフォルテの背中を見送った。

しばらくそうして、はっと意識をオーフェンに戻す。

彼はマイクを手にして、早くも舞台の上を所狭しと歩き回っていた。

オーフェンが何かを言う度に、生徒たちは反応を示す。

時には質問があがり、彼は嬉々としてそれに応えていた。

(さすがだわ・・・)

マリアはオーフェンを見て、満足して大きくうなずく。

彼は昔から人望を得ることに長けていた。

講演など初めてのはずだが、たくさんの生徒を前にしても物怖じする様子はない。

彼女は気分よくうなずき、改めて彼の話に耳を傾けた。

「進路・・・という未来について、俺はお前たちに何もアドバイスできることはない。すでに知ってるだろうが、俺は《塔》を飛び出した身だからな。だが、それも悪いことだとは思わない。後悔したこともない。塔を飛び出したから結果的に今の俺が存在するんだから。言っとくが、《塔》を飛び出せと誘ってるんじゃないからな」

生徒たちがどっと笑い声を上げる。

オーフェンもそれを笑って見ていた。

「俺が言いたいのは人生はどこでどう転ぶか分からないってことだ。流されて生きることは簡単だが、流されたままでは成長できない。いいか?人生には二択を迫られるときが必ず来る。その時は後で後悔する方を選ぶな。たとえ失敗したとしても、自分が決めたことなら納得できるはずだ」

オーフェンの声に力がこもる。

生徒たちも各々真剣な表情でうなずいた。

「たとえお前たちがどんな道を選んだとしても、俺は何も言わない。まぁ、早死にだけはやめさせたいけどな。だが、どんな道を選ぶとしても何か支えになるものを作れ。それのためにがんばれるようなものをな」

「キリランシェロさんは支えになるものを見つけたんですか?」

女子生徒の一人が手を挙げる。

その表情にはある種の憧れのようなものが込められていた。

オーフェンは柔らかく笑い、うなずく。

それを見て質問をした女生徒の顔が赤らんだのをマリアは見逃さなかった。

いるよ。俺は旅に出てからそれを見つけた」

「いる・・・ってことは、人なんですか?女の人・・・ですか?」

耳ざとく彼女は質問を繰り返す。

まさに真剣そのものだった。

オーフェンはそのことに気づいた様子もなく、さらに優しげな――言うならばとろけたような――笑顔を作る。

「まぁ・・・な。俺にとっての唯一で、そして全ての存在だ

オーフェンののろけに、おおおーと会場がどよめく。

中には指笛を吹く者もいた。

質問をした少女はうなだれ、暗い表情を作る。

一人の少女の恋が今始まり、そして終わったのだ。

マリアは彼女に同情の念を持ちつつも、また視線を壇上に戻した。

今だ興奮の収まらない生徒をなだめるように、オーフェンは照れながら話を続ける。

「ちょっと落ち着け。とにかくそういうことだ。人にとって支えになるものは人だとは限らないが――それでも俺は支えになるのは人がいちばんだと思う」

(・・・そうかもしれないわね)

幸せそうに話をするオーフェンを見て、マリアは胸中で独りごちた。

天才、ともてはやされ出世を続け、それに忙しくて大切な人を見つけることができなかった。

友人はいるし、これから見つけるのでもいいとは思うが、それは難しい気がする。

彼のように「大切な人」を見つけていたら、自分は今と違う生き方をしていたのだろうか。

「何より大切なもの・・・人だな、大切な存在がいれば生きる目標ができるだろ?」

彼自身がそう思っているからだろう――オーフェンは自信を持って自らの言葉にうなずいていた。

苦笑しながら、マリアも陰でうなずく。

自分には少し切なくなるような話だが、オーフェンを呼んで良かったと心底思った。

「キリランシェロさんの今の生活のことを聞きたいでーす。それと奥さんのこと話してくれませんか?

会場からあがったリクエストに、生徒たちがやんやと後押しする。

年頃の生徒のことなので、そういうことに興味がわくのかもしれない。

「んー、そんなに聞きたいなら話してやるけどな。何を話していいのか判断がつかないからお前らの質問に答える形でいいか?」

「いいでーす」

会場の生徒たちが声をそろえて言った。

その中で一人の男子生徒が立ち上がる。

「キリランシェロさんはタフレムで育ったんですよね。結婚してるってうわさを聞いたんですけど、それが本当ならどうして結婚したんですか?」

その男子生徒は、遠慮のかけらもなく、真っ先にそれを質問した。

オーフェンは頭をかき、困ったような――それでいて少し嬉しそうな――表情をする。

「俺も別に結婚を意識してたってわけじゃない。ただ・・・奥さん・・・か(照)彼女がトトカンタ育ちで、ずっと一緒にいることイコール結婚なんだ。俺が結婚するつもりがないって言って、他の男に走ったら困るだろ?

「わずらわしくないんですか?結婚って」

タフレムで育った人間にとって、特に魔術士である彼らは、人に依存する考えをあまり好まない。

それは当然といえる問いだった。

「そんなこともないぞ?彼女の姓が俺の姓と同じになったことは嬉しかったし、戸籍の上でも家族だから、俺は公然と彼女を守れる。それに新妻って響きは結婚した奴だけの特権だろ?」

生徒の大半が笑いながらうなずく。

マリアも一緒に苦笑した。

「一緒に暮らすこと自体はタフレムと変わることはないし。結婚したからって相手の意思を尊重することは結婚してもしなくても一緒だ。逆に結婚制度のないタフレムでは良い意味でも悪い意味でも相手を縛り付けることができない。浮気されても俺は知らないからな」

生徒たちが爆笑する。

その中で真剣に納得する生徒もいた。

「奥さんは今いくつですか」

女生徒の一人が手を挙げる。

「彼女は俺より3つ下だよ」

「え?じゃあメリーと同い年じゃないの?」

と彼女が生徒の中でも年長の女生徒の方を見た。

メリーくらいの年齢か、とクリーオウを見たことのない生徒たちが感慨深げにする。

「奥さんかわいいですか?」

かわいいよ

おそろしく抽象的な質問に、オーフェンはきっぱりと即答する。

(まぁ・・・新婚だしね)

生徒たちは彼ののろけに沸いていたが、マリアには笑える気にならなかった。

幸せそうな言葉の数々に打ちのめされる。

それとは対称に、オーフェンはでれっと笑っていた。

「幸せですかー?」

もちろんだ

「どうして奥さんここに連れてこなかったんですか?」

俺も連れてきたかったけど、お前らにたかられたら困るじゃねーか

「レティシャ・マクレディさんはすごい美人ですけど、奥さんとどっちが綺麗ですか?」

んなもん奥さんに決まってんだろ

「そんなに美人なんですか?」

美人は美人だけど・・・今はかわいいな。ティッシやアザリーなんぞ、足元にも及ばん

「見たかったー!!」

見せてたまるか

「写真は?」

あるけど見せてやらん


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「・・・お疲れ様。今日はありがとうね、キリランシェロ君」

クリーオウの自慢をし終え、とても満足そうなオーフェンに感謝の言葉を述べる。

だが実際に疲れているのはむしろ自分だ

自分は彼の話を聞く他に何もしていないのだが、疲労はかなり深かった。

どうして生徒たちは、オーフェンと同じくあれほど元気なのだろうか。

彼の話は、最後まで大盛況だった。

おかしいのは自分かと周りを見ると、一緒に彼の講演を聞いていた教師たちもマリアと同じようにぐったりとしている

特にキリランシェロに期待していた者などは、涙すら浮かべていた。

「あ、お疲れ様です。マリア教師。あなたに言われたとおり、俺らしく話をさせてもらったんですが、あれで良かったんでしょうか」

「良いんじゃない?生徒たち喜んでいたようだし」

それ以外かける言葉が見つからない。

生徒たちが喜んでいるのはまぎれもない真実なのだが、マリアには喜びよりも悲しみの感情が先立つ。

良い話だった。

良い話ではあるのだろう。

だが。

(間違っていたのかもしれない)

今になってようやく、フォルテが顔を青ざめ早々にこの場から退出し、プルートーが頑なに口をつぐんだ理由が理解できる。

これからクリーオウを含んだ3人での夕食のことを考えると、早くも胃が痛かった。






(2006.2.26)
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