それいけ!ダメダメオーフェン vol.11
・・・プルートーだ。
現在わたしは王都を離れ、そこからほど遠い辺境の地にいる。
オーフェンを同盟に復帰させるため、彼の新居を訪れたのだが・・・。
赤い屋根に白い壁、緑の芝生、色とりどりの花たち。
『王都の魔人』という二つ名を持つプルートーは、自分には似合いそうにない家の呼び鈴を押した。
ここに、
乙女チックともいえるこの家
に、自分のスカウトしたい人間がいる。
にわかに信じられず何度も表札を確認したが、たしかにこの家で間違いなかった。
非常に優秀な男だ。
まだ若いが、戦闘力、魔力、判断力から見ても理想的で、『十三使徒』のトップであるプルートーの後継者を任せられるような、そんな男。
そんな男がなぜこんな家で暮らしているのか理解に苦しむが、そんなこともあるのだろうと納得する。
威厳のかけらも見当たらない家だが。
待つことしばし、プルートーは現れない住人にじれて、再度呼び鈴を鳴らした。
だがどれだけ待っても、この家の住人は一向に彼を出迎える様子はない。
今日は休日だがこの近くの店は休みが多く、オーフェンが出かけている可能性はきわめて低かった。
突然の訪問のため、散歩へ行っていたとしても文句は言えないが。
そこでふと、玄関の隣の部屋の窓が開いていることに気がついた。
柔らかい風に、レース状のカーテンが室内で揺れている。
無礼だとは思ったが、プルートーはその窓から部屋をちらりとのぞいた。
すると、中には目的であるオーフェンがソファに腰かけたまま、こちらと目を合わせて玄関を指す。
入って来いということだろうか。
なぜ迎えに来ないのか怪訝に思ったが、プルートーはそれに従った。
玄関の鍵は開いており、玄関先には客用のスリッパが二組並べられている。
花瓶に花が活けられており、それは彼に良い印象を与えた。
プルートーは一声かけ、続いてオーフェンがいるはずの部屋のドアを開ける。
部屋に足を一歩踏み入れ、目に入ってきた光景にプルートーは
沈黙
した。
その部屋は入り口から見て横向きにソファが配置されており、こちらを向いた状態でオーフェンが腰掛けている。
そして
オーフェンのひざをまくらにして、小柄な娘が安らかな寝息を立てていた
。
さすがにこんな風に出迎えられたことがなかったので、プルートーがドアノブに手をかけたまま呆然とする。
当のオーフェンは至って平静な様子で、彼の向かいのソファを示した。
指の動きからして座れということなのだろう。
プルートーはまたもや彼に従い、ぎくしゃくとした動きでソファに座った。
テーブルを挟んではいるが、眠る娘――
クリーオウ
といったか――
の顔が正面に来て
、
それなりに気まずい
。
というよりも、
まず彼女を起こしてもらいたかった
。
真剣な話なのだから、できればオーフェンと二人で話をしたかったのだが、どうやら彼にそんな気はなさそうである。
プルートーは気力を殺がれたような心地で、まずあいさつをした。
「突然訪ねてきてすまないな。元気そうで何よりだ」
眠るクリーオウを気遣い、どうしても小声になってしまう。
こうなっては
威厳もへったくれもなかった
。
それに
オーフェンは彼女のブロンドをうっとりと撫で
ながら、やはり小声(しかも
半分上の空)で返事
をする。
「こっちこそ悪かったな。こいつが寝ちまったから出迎えも出来なくて。茶も出せない」
「いや・・・」
かまわない、とは言えなかった。
飲み物が出ないことはいいのだが、こちらを向いて眠っている娘がやらたと気にかかる。
せめて部屋の隅で眠っていてくれればよかったのだが、
オーフェンがしきりに彼女に触れている
ので、目に入ってしょうがなかった。
しかもテーブルの上にも、また何ともいえないマグカップが置いてある。
ペアのおかしな形をしたカップだったが、今は仲良く合わさっており、それが
ハートの形
をしていた。
突然の訪問で片付けることも出来なかったのだろうが、
普段はそれを使用していることがむしろ問題
だった。
彼がそれを
気にする様子はまったくない
。
「なんだったら自分で用意してもらってもいいぞ?コーヒーと紅茶と・・・あと冷蔵庫の中にも何か入ってたと思ったが・・・」
「いや、けっこうだ」
オーフェンの申し出を、プルートーはうつむいて断った。
しかし断ってから少しだけ後悔もする。
プルートーがその申し出を受け入れ、キッチンで多少の騒音を立てれば、その間にクリーオウが起きたかもしれない。
だが今さら意見を変えることができず、プルートーは
沈黙
した。
「で、今日は何しに来たんだ?」
相変わらずクリーオウの髪を撫でながら
、オーフェンが聞いてくる。
あまりのショックで忘れていた
が、自分は彼に用があってこんなところに来たのだ。
「そうだった。わたしは、君を同盟に復帰するよう、話をつけに来た」
「同盟?」
オーフェンはいかにも
めんどうそうな口調
で、彼の言葉を繰り返す。
『嫌』ではなく『めんどう』。
その反応がまたプルートーに苦い思いをさせる。
それでも彼は、めげずに説明した。
「十三使徒に入らないか?もし来てくれるなら、それなりのポストを用意する」
そして自分の後継者候補としてオーフェンを育てたい。
こんな条件は、自分が十三使徒に入って以来初めてのことだった。
「十三使徒ねぇ・・・」
あいかわらず興味なさそうに、オーフェンが呟く。
興味があるのは
もっぱら
クリーオウだけ
なのか、
時々視線を彼女に落としては、嬉しそうに微笑んだ
。
「キリランシェロ。君は今、どんな仕事をしている?」
それでもプルートーは辛抱強く彼の勧誘を続ける。
家を見る限り、貧しくもないがそれほど良い暮らしもしてなさそうだった。
「今はなんていうか、大工みたいな仕事をしてるかな。この家も五分の一くらいは俺が手伝ってるんだぜ?」
プルートーを見て、自慢そうにオーフェンが笑った。
たしかに自分が建設に携わった家に住むことは、それなりに嬉しくて誇らしいだろうと思う。
しかしそれ以上に、もったいないとプルートーは感じた。
オーフェンにしかできない仕事が王都にはあるというのに、そんな人間が誰にでもできる仕事をこなしているなどと。
生き方は本人の自由であるが、プルートーはオーフェンと仕事をしてみたかった。
「王都に来い」
「王都・・・ねぇ」
「何が不満だ。王都に来れば、今より何十倍もいい暮らしができるんだぞ?彼女にものんびり過ごさせることができるんじゃないのか」
「ここの暮らしもけっこう気に入ってるんだけどな」
クリーオウを見つめ、彼女に相談するかのようにオーフェンが呟く。
どうやら
彼の思考の基準
になるのが、眠っている
この娘
らしかった。
彼女はオーフェンのひざの上で、ただ幸せそうに眠っている。
「この家が悪いと言っているわけではないんだ。ただ王都で働けば一年でこの家が十軒も買える。彼女に贅沢をさせてやりたいとは思わないか?」
「ていうかこいつ、実はけっこうなお嬢様だぞ?」
「うん?」
オーフェンが視線を落としたので、プルートーもそれに倣う。
金髪は貴族の特徴だが、彼女は貴族ではないと聞いた。
現に、孤児が集められた<牙の塔>でも、金色の髪をした生徒がちらほらといる。
「トトカンタでも有数の商家、エバーラスティンってところの次女でな。これだけの器量もあるし、望めばかなりの縁談も結べたと思う。それでもこいつは、金がないのを
承知で
俺を選んでくれた
んだけどな」
とたん、オーフェンの顔が
でれでれ
とゆるんだものになる。
それを見て、プルートーは深く嘆息した。
金でも地位でも、この男は揺るがない。
どうしたものかと考えあぐねいていると、視界の端でクリーオウが身じろぎしたのをとらえた。
「ん・・・うん・・・?」
起きようとしているのだろうか、彼女は意味のない声を発する。
オーフェンはその様子を見逃すまいと、
プルート―を無視してクリーオウを注視
していた。
しかたがないので、プルートーもオーフェンと一緒に彼女が起きるのを見守る。
クリーオウは寝返りを打って仰向けになると、すぐにぱっちりと青い目を開けた。
「
起きたか?
」
彼女をのぞき込み、オーフェンは
とてつもなく甘い声
を出す。
どこかぼんやりとした瞳で、クリーオウはゆっくりとうなずいた。
「うん」
眠そうな彼女にプルートーはあいさつをするかどうか迷う。
それ以前に、婦女子の寝姿を赤の他人である男が見ても良かったのだろうか。
悶々と悩んでいると、クリーオウがこちらに気づいた。
はっと目を見開き、腹筋の力だけで勢い良く起き上がる。
礼儀としてプルートーはソファから立って頭を下げた。
「勝手にお邪魔している」
「えーと、はい。こんにちは。ってオーフェン起こしてよ!」
「
・・・気持ち良さそうに寝てたから起こすのがかわいそうだと思ったんだが・・・やっぱ起こした方が良かったのか?
」
怒るクリーオウに対して、オーフェンは微妙に
うれしそう
にする。
彼女はそれに気づかず本当に恥ずかしそうにしていた。
悪いことをしてしまったかもしれない。
「わたし顔洗ってくる!」
しっかりとハートのペアのマグカップを持ち、彼女はぱたぱたと足音を立て部屋から出て行った。
たっぷりと時間をかけて彼女を見送った後、オーフェンがでれでれした顔をこちらに向ける。
「
かわいいだろ?
」
「・・・・・・・・・・」
「
かわいいよな、本当に。俺は最近あいつを見てそれしか思いつかなくってな。どうしてあんなにかわいいのかね。あ、言っとくが顔がかわいいだけじゃないぞ?そりゃ、顔も誰よりもかわいいけど。そーゆーことじゃなくて内面とか行動とか、もう全部かわいい。かわいいがだめならLOVEってやつか?
」
たしかに愛なのだろう。
愛でなければあの優秀な男が
これほど壊れたりしない
。
「
そういえば俺、今日記つけてるんだよ。この幸せな日々を書き留めておきたくってな。するともー出てくる出てくる。毎日書いてんのに、書くことが尽きないんだ。しかもその文章がまたまた詩っぽくて傑作でさ。よくできてんだ。俺は詩人にもなれるかなーとか思ったりな。読みたいか?読んでもいいぞ。持ってこようか
」
「いや・・・けっこうだ」
早くも腰を浮かせるオーフェンに、プルートーは低い声で拒否した。
(誰か助けてくれ)
そう思ったその時、支度を済ませたらしいクリーオウが遠慮がちに部屋に戻ってくる。
オーフェンは自慢話とのろけをぴたりと止め、我を忘れたような表情で彼女を目で追いかけた。
それを見てプルートーがまた深く嘆息する。
オーフェンはクリーオウのことばかりで、話が先に進まない。
気持ちは分かるような気もしないでもないが、
自分の情熱がひどく空回り
しているような、そんな気がしてならなかった。
「冷たいコーヒーでいいですか?」
少し気まずそうな顔で、クリーオウがコーヒーの入ったグラスを盆に載せて持ってくる。
プルートーは会釈して彼女に答えた。
こんな汗のかく状況では、冷たい飲み物がとてもありがたい。
いつの間にか渇いたのどを、苦い味がさわやかに通り過ぎていった。
クリーオウは続いてオーフェンにもアイスコーヒーを渡し、そして彼に耳打ちする。
「ねぇオーフェン、わたしこの人なんか見たことあるんだけど」
その声は耳打ちにしては大きすぎて、プルートーまでしっかりと届いた。
が、一応聞こえない振りをしておく。
それに答えるオーフェンは隠す気もないらしく、プルートーを見ながら堂々と言った。
「ああ、あのおっさんとは聖域に行ったときに会ってるはずだ」
「あ、そっか・・・」
(おっさん・・・?)
内緒話よりも自分が忘れられていたことよりも、その呼び方のほうが気にかかる。
たしかに自分は『おっさん』と言われてもおかしくないが、そんな呼び方をされたのは初めてだった。
「
ところでクリーオウ、お前この家は好きか?
」
おっさん呼ばわりした張本人はプルートーの思いに気づかず、にこにこしながら彼女に訊く。
彼女もまた失礼な呼び方をたしなめることなく、彼の問いに答えた。
この娘も、かなりの
大物
になりそうである。
「もちろん好きよ。じゃあわたしは夕食のお買い物にでも行ってくるわね」
「ああ、
行ってらっしゃい♥
」
オーフェンはにこにこと手を振ってクリーオウを見送った後、くるりとこちらに向き直った。
先程の崩れた顔はどこへやら、突然無表情になる。
「
とゆーわけで王都行きは断る
」
「・・・・どういうわけだ?」
本当に理由が分からず、プルートーは聞き返した。
だがオーフェンは、それが当然であるかのようにきっぱりと言ってくる。
「どーゆーわけも、
クリーオウがこの家が好きだって言った
だろ?」
「
・・・それだけか
?」
「
?他に何があるんだ?
」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
オーフェンの言葉が、プルートーの理解力を超えた。
(誰か通訳を呼んでくれ・・・)
しかしこの土地で、プルートーの味方になるような人間はどこにもいない。
孤立無援の状況でプルートーは必死で敵の説得を試みた。
「いや、待てキリランシェロ。彼女はこの家が好きだと言っただけで王都に行きたくないとは一言も・・・」
「んー、でもめんどいしなぁ、今さら・・・」
「めんどい・・・?」
彼の態度からうすうす感じ取ってはいたが、直接耳にするとどこまでも空しい。
「お前は、十三使徒に一握りの人間しかなれないのは知っているだろう。それもかなりの地位だ。もったいないとは思わないか?」
「けど十三使徒って忙しいんだろ?
家にいる時間が減ったら困る
じゃねーか。
クリーオウを職場に連れて行ってもいいってんなら考えないでもない
が・・・」
無茶なことを言って、オーフェンは不遜にも偉そうな態度で足を組んだ。
無関係の女性の同伴を許すなど、そんな職場があるわけがない。
呆然としていると、オーフェンがにこっと笑った。
「
それよりも聞いてくれよ!
」
(
それよりも・・・?
)
「
昨日な、クリーオウと一緒に俺も夕食作ったんだよ。夕食っておかずを何品か作るだろ?でもせっかく一緒に作るのに、二人がばらばらな作業をしてたらおもしろくないじゃないか。そんで――
」
自分が今まで誇りを持ってやってきた仕事は、オーフェンにとっては彼女との夕食作りよりも格が下らしい。
オーフェンの口からは十三使徒の「じ」の字も出なかった。
若造の恋の話など、老人にとっては薬にもならない。
プルートーはオーフェンには自分の後をまかせられないと、こんな辺境の地まで来てようやく分かった。
(2005.11.11)
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送