作中に「TV」という表現が使われております。ちょっと都合が良かったもので。集中してみるものならTVじゃなくてもいいです。




それいけ!ダメダメオーフェン vol.1





わたし、レティシャ・マクレディ。

牙の塔出身の上級魔術師で、今は私の弟子であるティフィスとパットという兄妹と一緒に住んでいるわ。

この前、義理の弟であるキリランシェロがやっと両想いになったっていうクリーオウと、キリランシェロの弟子であるマジクと一緒に家へ遊びにきたの。

マジクから、「お師様は人が変わったようだ」と聞いていたけれど――――。





「オーフェン!ちょっとわたしの書斎まで来なさい!」

レティシャは居間でのんびりとくつろぐオーフェンに向かって叫んだ。

その声に、オーフェンはいかにも迷惑そうな顔をしてゆっくりとふり向く。

「なんだよ。俺今いそがしい――――」

「いいから!いらっしゃい!」

こうして叫ばなければ動こうともしない弟に、レティシャは少々腹を立てていた。

しばらくにらみ続けていると、やっとオーフェンがソファーからのろのろと立ち上がった。

名残惜しそうにソファーから離れ、いかにも不機嫌そうな顔をしてこちらに歩いてくる。

そしてオーフェンはやはり不機嫌そうに口を開く。

いつもより声も低い。

「早くしてくれよ。俺、ものすごい忙しいんだぜ?」

「はいはい。分かったから早くいらっしゃい」

そんな弟の態度にこちらも少々うんざりする。

彼のいう『忙しい』など、レティシャにしてみれば、馬鹿馬鹿しいにもほどがあった。

レティシャは嫌がる弟の手を引きながら、居間を出て書斎に向かった。





「んで?なんだよ、一体?」

オーフェンは書斎の隅に置かれたいすに座りながら、相変わらずの不機嫌な声で聞く。

「あのね、キリランシェロ。クリーオウのことなんだけど―――」

自分もいすに座り、嘆息しながらオーフェンの顔を見て、ゆっくりと話し出した。

と、オーフェンの顔が先ほどまでの不機嫌な表情から一転し、輝くような表情を見せる。

こちらが全部言い終える前にオーフェンは口早にしゃべり出した。

だろ?かわいいだろ、あいつ?

クリーオウの名前をだしたとたん、これである。

レティシャはあっけに取られ、口をぽかんと開けた。

他人から見れば、さぞ間抜けた顔をしていただろう。

が、オーフェンはレティシャの様子に気づいた風もなく、満面の笑みを浮かべて話を続ける。

「本当かわいいんだよ、あいつ。出会った頃からかわいいとは思ってたけど、旅をするようになってから以前よりも輪をかけたようにかわいくなったんだよ。あいつよりかわいい奴がいるわけねぇってくらいかわいいぜ。ティッシも見ただろ?前に来たとき以上だろ。クリーオウのどこがかわいいって聞かれたら俺は『全部』って答えるね。あ、全部って言うとなんか薄く感じるか?でもなぁ、実際どこを取ってもかわいいしなぁ。逆に、かわいくない所を探すほうが難しいんだけど。ひとつにしぼれって言われても悩むんだよな。ま、いいか。でもティッシが聞きたいっていうんなら全部教えてやるよ。まずはてっぺんからかな。クリ―オウの金髪は――――」

こちらを無視してしゃべり続けるオーフェンを目の当たりにして、レティシャは先ほど開いた口をさらに大きく開いていた。

こめかみにじわりと汗が浮かぶ。

(たしかに……本当に人格が変わっちゃったみたいね……)

レティシャは口に出さずにうめく。

「指が――――」

オーフェンの話は相変わらず続いている。

彼にしてみれば、こちらが聞いていても聞いていなくても、クリーオウを自慢する相手がいれば、関係ないようだ。

「後ろから抱きしめてみるとだな――――」

さらに話を続けるオーフェンの表情は笑顔―――というより、緩んで見えた。

この顔を彼の弟子が見てしまったら、一気にオーフェンを敬う気持ちがしぼむに違いない。

いや、彼の弟子―――マジクは、すでにあきらめている風だった。

「香りが――――」

オーフェンの延々と続く話を聞き流しながら、レティシャは自分の思考に没頭する。

先ほどオーフェンが不機嫌だったのは、レティシャが彼をクリーオウと会話して楽しんでいたところを引き離したせいだった。

目の前でとめどなく話し続けるオーフェンにしてみれば、人生最高の娯楽を途中で中断されたようなものなのだろう。

かと言って、弟ののろけ話をいつまでも聞いてはいられないので、レティシャはやっとのことで口を開いた。

目を閉じて、分かったというように手を上下させる。

「はいはい。たしかにクリーオウはかわいいわよ……。だけど私が言いたいのはそうじゃなくて―――」

「そうなんだよ。性格もかわいいんだよ。そうだ、あいつとこの前―――」

だーーーー!もう、ちょっと黙ってなさい、アンタは!!あなたをここに呼んだのはわたしなんだから、少しはわたしの話を聞きなさい!」

レティシャはバン!と机をたたきながら、いすを蹴って立ち上がる。

ようやく黙ったオーフェンをにらみつけながら、レティシャは肩で荒く息をした。

ゆっくりと椅子に座りなおし、話を続ける。

「あなたとクリーオウの仲が良いことは結構なことだわ。でもね、少しは人の気持ちを考えなさい」

「べつにクリーオウは嫌がってないぜ?」

「そうじゃなくて!まわりの人間の気持ちよ!!」

再び大声で怒鳴り、真摯に彼の瞳を見つめる。

「あのね、キリランシェロ。クリーオウと離れろとは言わないわ。だけどせめて、彼女とは別のいすに座ってくれない?」

レティシャはオーフェンを諭すような口調で語りかける。

自分が今にも泣きそうになっているのは気のせいだろうか。

オーフェンはすねるように、横目でこちらを見ながら反論する。

「ティッシだって自分の弟子と一緒のいすに座るじゃねぇか」

「ええ、座るわよ。たしかに座るわよ。隣にはね」

その一言に、オーフェンは一瞬言葉に詰まったようだった。

レティシャはその隙を逃さず、たたみかけるように続ける。

「わたしはあんな風に一人がけのソファーに後ろから抱くようにして座るなって言ってるのよ!そういうのは二人だけの時になさい!目のやり場に困るのよ!!」

レティシャはどう言っても分かろうとしないオーフェンに対し、自分がだんだん苛立ってきたことに気づいた。

弟はなおもいいわけがましく言ってくる。

「そんなこと今まで言ってこなかったじゃねぇか。なんで今さらなんだよ」

「そう……。たしかに今までは目をつぶって来たわ。でも、もうがまんの限界なのよ。わたしには耐えられない……。昨日でわたしの忍耐はブチ切れたわ

レティシャは目をつぶり、静かな声音でつぶやく。

目を閉じれば鮮明に昨日の光景が浮かんでくる。

思い出すだけで腹立たしい、あの光景。

レティシャはゆっくりとまぶたを開き、そのままふてくされたオーフェンをにらみつける。

「昨日の夕食の後、デザートのいちごを居間に運んだわよねぇ……。いちごを食べながら、みんなで集まってTVを見てたわ」

オーフェンだけはクリーオウを見続けていたが、とレティシャは胸中で付け加えた。

「あなたはいつものようにクリーオウとあんな風に、いつものように、後ろから抱きしめるように座ったの。それに対してわたしは何も言わなかったわ。クリーオウもいつものように特に気にしないでTVに夢中になってた……。そんな風にあなたがしても、クリーオウが特に気にしないならいいのよ。わたしもそこまでなら耐えられる……」

レティシャは思わず顔を手で覆った。

自然と涙が溢れてくる。

何か言おうとして口を開きかけたオーフェンを一瞥して黙らせ、続ける。

「お願いだから、彼女にいちごを食べさせるために、あなたがクリーオウの口元へ持っていくのはやめてちょうだい!!」

レティシャはとうとう机に突っ伏し、むせび泣いた。

「なに言ってんだ、ティッシ!」

オーフェンの声に、レティシャはぴたりと泣きやむ。

ゆっくりと涙目のまま真剣な顔をした弟の顔を見つめる。

「あのしぐさが!いや、あのしぐさかわいいんだろ!」

オーフェンはいすから立ち上がり、レティシャをなぐさめるどころか、拍車をかけてクリーオウを自慢してくる。

「いいか、ティッシ。クリーオウはな、TVに夢中で全くいちごを食べようとしないんだぞ!?だから俺がしかたなく食べさせてやってんだろ。
あの真剣な顔もすげぇかわいいんだがな。あ、いや、そうじゃない。そう、食わねぇんだよ。だが俺は、クリーオウの口元に持っていけば、あいつがちゃんと食べることを発見した。だから俺は昨日みたいにわざわざ食べさせるわけだ。
あ、言っとくがこれは俺の楽しみなんだからな。ティッシはやるなよ。
それとな、あいつは大きいサイズのものは食わねぇんだよ。だからいちいち小さく切らなきゃいけねぇんだが―――。まぁ、口が小さいっていうのもあるんだろうけどなー。ホント、かわいいよな。
そうそう、それを発見した当初はフォークとかで食わせてたんだけどな、この手で食わせた方が楽しいんじゃないかって思って。そうすることにしたんだよ。そしたらクリーオウの奴、何したと思う?それがかわいいんだぜ?俺の指も果物と間違えて一緒に食おうとするんだよ。あ、ぜんぜん痛くないんだけどな。またさらにかわいいことに俺の指食ってることに気付かねぇんだよ。――――」

再び止まりそうにないオーフェンの話を聞きながら、レティシャは静かに立ち上がった。

んで今度は食いもんじゃなくて飲みもんを―――ん?どうした、ティッシ?なんか目がすわってねぇか?

レティシャはオーフェンの言葉を無視して、ゆっくりと利き腕を彼に向け、見据える。

死になさい、キリランシェロ

するとオーフェンは真っ青になり、慌てた足取りでこちらに詰め寄ってきてあたふたと聞く。

「じゃあ俺にどうしろって言うんだよ?」

やっと会話ができることに安堵し、レティシャはゆっくりと腕を下ろした。

「クリーオウと別のいすに座ると誓いなさい、今ここで!」

きっぱりとした口調でレティシャが言うと、オーフェンはグッと押し黙った。

お互い、しばらくの間にらみ合う。

レティシャはあきらめにも似た心持ちで、フッと鼻で笑い、再び腕を掲げる。

するとオーフェンは苦りきった表情で―――そこまでつらいことなのか自分には理解できないが―――レティシャを見つめる。

こちらに譲る気がないことを確かめると、あきらめるように息をついて口を開いた。

「分かったよ、ティッシ。俺は―――」

と、コンコンコンと扉が3回ノックされた。

もう聞きなれた、癖のあるノック、クリーオウのものだ。

オーフェンの表情が、沈みきったものから、おもちゃを手に入れた子供のように輝くものに変わる。

「ティッシ、オーフェン、ちょっといい?」

「ど―――」

レティシャが「どうぞ」というよりも早く―――驚異的なことだが―――オーフェンが勝手に書斎の扉をあける。

ひょっこりと姿を現したのは、金髪を腰まで伸ばした少女だった。

どうした、クリーオウ?

!?

オーフェンの発した声にレティシャは思わず自分の耳を疑った。

彼はクリーオウの方を向いているため、弟の表情は見えないが、きっとしまりのない顔をしているのに違いない。

オーフェンの、あの、とろけそうな甘い声を聞けば、実際に顔を見なくても想像できる。

「うん。あのね、みんなでトランプしようと思って。お話が終わって他に用事がないんなら一緒にやらないかなって誘いに来たの」

クリーオウは顔にいっぱいの笑みを浮かべて言った。

レティシャから見ても、この金髪の少女はとても愛らしかった。

オーフェンが骨抜きになるのも良く分かる。

だが――――

「ああ。今から行く」

オーフェンはクリーオウの問いに即答する。

「え?でも―――」

と、クリーオウはこちらの表情をうかがう。

彼女が両方の意見をきちんと聞くところがレティシャはとても気に入っている。

「……行ってらっしゃい。わたしも後から参加するわ……」

レティシャは無理に顔を笑みの形に作ってみせる。

頬の筋肉が引きつっているのが分かった。

「ほら、ティッシもああ言ってるから、先に行って遊んでようぜ」

オーフェンはクリーオウの背後にまわり、にこにこと彼女の背中を押す。

「うん。じゃあ待ってるからね、ティッシ」

弟に背中を押されつつも、弟の彼女は健気にもそう言ってくれた。

その弟はこちらを見ようともせずに、後ろ手に書斎の扉を閉める。

パタン、という音と共に部屋に一人残され、ティッシは呆然と閉じられた扉を見つめた。

全身の力が抜け、くずれるように、いすに体をあずける。

「結局……約束もできなかったし……」

レティシャはポツリと独りごちた。

金髪の愛らしい少女。

弟が骨抜きになるのも良く分かる。

だが――――

「変わりすぎじゃないかしら……」

最後は声に出してみる。

ふと、脳裏にマジクの声がこだました。

―――お師様は人が変わったようなんです―――

「あなたの言う通りね、マジク……」



書斎に、彼女の乾いた笑い声が力なく響いた……。






(2005.11.11)
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