□ 魔王の寝床 □


クリーオウ・フィンランディは、公にも認められた(認められないのも困るが)魔王の妻である。
普段は専業主婦をしており、家族が快適に暮らせるよう家を整え、守っている。
主婦を生業にしているので家事以外に仕事は持っていないのだが、例外はもちろんあった。
これは夫である魔王の職業柄によるものである。
高い地位を持つ人間にはパートナーが必要ということで、ファーストレディーのような役割を度々していた。
夫婦で晩餐会に呼ばれることも少なくない。
魔王からの要請がある度に、クリーオウは着飾ってパーティーに出席していた。
移動時間や人付き合いがめんどうではあるものの、こういった華やかな席は嫌いではない。
主婦の仕事は好きだが、良い気分転換になるのだ。
たまに魔王の妻と知らず声をかけてくる男もいたが、魔王が目を光らせているため浮気はできない。
したいとも思わない自分は、愛されているのだと思っている。
だいたいは市内でパーティーが開かれるが、夜が遅い場合も多く、そういう場合は泊まりがけで出向く。
この日も泊まることになっているのだが、宿泊先は主催が用意してくれていた。
場所はパーティーの行われた屋敷の中である。
部屋にはバスルームまで用意され、言ってしまえば豪華な一室だった。
「すごいお金持ちね」
シャワーを浴び終え、クリーオウはそんな感想をもらす。
先に寝る準備をしていた魔王はにやりとした。
「うらやましいか?」
「……べつに。たまには良いけど、自分の家がいちばんだもの」
「同感だよ」
言って、魔王はごろりと横になる。
先ほどの付き合いに疲れたのか、思いきり伸びをした。
パーティーでは見せなかった家の顔である。
「ねぇ、ひとりでパーティーに呼ばれて泊まってくる日って、いっつもこんな風に部屋を用意してもらってるの?」
贅沢な調度品を見て、クリーオウは素朴な疑問を口にした。
話をたくさんする夫婦だが、聞かないと答えてくれないこともある。
というよりも、話忘れていることも多いのだろうが。
魔王は横になったまま、やや眠そうな声で言ってきた。
「んーまちまちだな。自分でホテルやなんかで部屋を取る時もあるし、たまーにこうやってすごい歓待をしてくれる時もある」
「ふーん?」
「魔王だからって、粗末に扱えんってこともあるんだろうな。逆に、家に置くわけにはいかんってこともあるし」
「お供え物とかされたことある?」
それもまた軽く訊いてみる。
魔王は意図が分からなかったようで、こちらを見て首をかしげた。
「お供え物?」
「女の人とか。生贄みたいに」
「お前……」
こちらが何を言いたいのかを悟り、魔王は呆れたように顔をしかめた。
「俺に妻があるのは周知のことだろ。そんなことわざわざするかよ」
「そうかしら。袖の下みたいな感覚であってもおかしくないかなって」
魔王は鼻で笑い手を振って、この話はこれで終わりと示してくる。
とりあえず嘘はついてなさそうだったので、クリーオウもこれ以上話を引っ張るのはやめにしておいた。
よいしょと、ベッドに腰かける。
部屋の造りと同じで、ベッドも高級品が用意されていた。
スプリングの感触が笑えるほどに柔らかい。
贅沢なのは分かるのだが、しっかり眠れるかどうかは不明である。
「おい」
シーツの中に足を入れると、魔王が声をかけてきた。
制止するような声に、クリーオウは首をひねって聞く。
「なに?」
「なにって。ベッドがふたつあるのに、なんでわざわざこっちに入ってくるんだ?」
言って、魔王は指で横にあるベッドを指した。
「お前、人ん家で何する気だよ……」
咎めるように言われ、彼女はまゆを寄せた。
「何もしないわよ。いつも同じベッドで一緒に寝てるじゃない」
「そうだけど、たまには広々と寝かせろよ」
「何それ。わたしと一緒じゃ嫌だってゆーこと!?」
むっとして口を尖らせる。
魔王は、疲れ気味の表情でめんどうそうに言った。
「そうじゃなくて。せっかく空いてるのにわざわざ狭い方を選ばなくて良いだろ」
「……ま、いーけど」
本当に眠いのだろう――口論するのもかわいそうに思えてきたので、クリーオウは引いてやった。
シーツから抜け出し、すぐ隣のベッドに移る。
魔王の言うことも一理ある。
高級品とはいえ置いてあるのはシングルベッドのため、二人で寝るにはいささか狭い。
一緒のベッドだと、相手が身動きすると起きてしまうこともあるので、不便は不便だ。
(もう慣れてるけどね)
胸中で独りごちる。
魔王をは、とろんとした瞳でクリーオウを見ていた。
相当眠いらしい。
クリーオウがおやすみと言うと、魔王もおやすみと言った。


翌朝、クリーオウはいつものように外部からの干渉によって目を覚ました。
慣れ親しんだ感覚だ。
しかしそれにしては、ベッドの感触がいつもと違う。
その時になって、クリーオウは他人の家に泊まったということを思い出した。
やけに豪華な屋敷の豪華な部屋で高級品のベッドで一人で眠る。
寝る寸前までは確かにそうだったのだが。
クリーオウはゆっくりと寝返りをうち、初めて目を開けた。
「……………………」
見慣れた魔王の寝顔をごく間近に確認する。
絶句というほどでもないが、言葉が見つからない。
昨夜は、夫婦は別々のベッドで眠ることで話がついた。
それなのに朝起きてみれば、夫婦は同じベッドで眠っていたという不思議な現象が起きている。
上半身を起こして部屋をながめてみたが、彼女がベッドを移動したということはなさそうだった。
「……ん?」
クリーオウが重心を変えたことで、魔王は意識を覚醒させたようだった。
ながめていると、何度か身動ぎしてから、ゆっくりと目を開ける。
「………………」
朝のあいさつをせず、クリーオウは夫を見つめた。
魔王もぼんやりとした表情で、彼女のことを見つめ返してくる。
きっかり十秒見つめ合った後、魔王はごにょごにょとした声で言ってきた。
「…………おはよう」
「……おはよう」
あいさつを返す。
魔王は目をこすると、ゆっくりと起き上がり、クリーオウと視線の高さを同じにした。
寝ぼけているのかとぼけているのか、魔王はまだ無言のままだった。
朝からものすごく理不尽な気がしたので、クリーオウはまず不満を口にした。
「ここ、わたしのベッドよね?」
「……ん?……ん、ああ」
あくび。
「もしかしてわざわざ移動してきたの?」
「……ん?んー、そう。夜中の二時ごろかな」
時間など聞いていない。
クリーオウは顔だけを笑みの形に作ってみせた。
「どうして移動してきたの?」
「……夫婦はひとつのベッドで眠るもんだって考えなおしたから?」
愛想笑いを浮かべてくる。
「わたしも昨日そういったけど、あなたが否定したんじゃなかった?狭いんだし、たまには広くベッド使おうって」
「……えーと。一人はちょっと寂しいだろうなって思って」
責任転嫁される。
もちろん認めるはずもなく、クリーオウはきっちり言い返した。
「わたし、勝手にベッドに入ってきた人のせいで起きちゃったのよね」
「……それはけしからんな」
他人事のように言ってきた。
かわいくない。
もっと素直に甘えてこれば、可愛げがあると思ってやるのだが。
むっつりした表情をしていると、魔王はまた愛想笑いをしてきた。
ごまかすように、顔を近付けてくる。
クリーオウが笑ってやると、彼もまたほっとしたように笑って目を閉じた。
自分も目を閉じる――ふりをする。
キスを受け入れるふりをして、寸前のところで彼女は手を入れその行為を阻止した。
魔王は驚いたように動きを止め、目をぱちくりする。
そんな魔王に、クリーオウは昨日言われた言葉をそっくり返した。
「何する気?人様の家で」
「…………」
「………………」
「…………キスくらいは。害はないかと」
「………………」
にっこり笑って――もちろん、目は笑わない――言い訳を待つ。
やがて、観念したように魔王はぺこりと頭を下げた。
「昨日はすみませんでした。これからは隣で眠らせてください」
今度はきちんとした謝罪である。
(そうじゃなくちゃね)
満足し、クリーオウは笑った。
けれどまだ、ちょっかいをかけたい気持ちが残っている。
(どうやって困らせようかしら)
習慣通りに目を覚ましたので、まだ朝は早い。
家主のためにも、あと一時間くらいは部屋で大人しくした方が良いだろう。
困惑してる魔王を見て、クリーオウはにやりと笑った。






2011.6.24(12.27)
02ネタで。だいぶ前に書いたものなので情報が古いですが。
ダブルベッドのネタは前から持ってたんですが、満を期してって感じでしょうか。
いやーでも本気の甘さには遠く及びませんね(笑

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