クリーオウ・フィンランディは、公にも認められた(認められないのも困るが)魔王の妻である。 普段は専業主婦をしており、家族が快適に暮らせるよう家を整え、守っている。 主婦を生業にしているので家事以外に仕事は持っていないのだが、例外はもちろんあった。 これは夫である魔王の職業柄によるものである。 高い地位を持つ人間にはパートナーが必要ということで、ファーストレディーのような役割を度々していた。 夫婦で晩餐会に呼ばれることも少なくない。 魔王からの要請がある度に、クリーオウは着飾ってパーティーに出席していた。 移動時間や人付き合いがめんどうではあるものの、こういった華やかな席は嫌いではない。 主婦の仕事は好きだが、良い気分転換になるのだ。 たまに魔王の妻と知らず声をかけてくる男もいたが、魔王が目を光らせているため浮気はできない。 したいとも思わない自分は、愛されているのだと思っている。 だいたいは市内でパーティーが開かれるが、夜が遅い場合も多く、そういう場合は泊まりがけで出向く。 この日も泊まることになっているのだが、宿泊先は主催が用意してくれていた。 場所はパーティーの行われた屋敷の中である。 部屋にはバスルームまで用意され、言ってしまえば豪華な一室だった。 「すごいお金持ちね」 シャワーを浴び終え、クリーオウはそんな感想をもらす。 先に寝る準備をしていた魔王はにやりとした。 「うらやましいか?」 「……べつに。たまには良いけど、自分の家がいちばんだもの」 「同感だよ」 言って、魔王はごろりと横になる。 先ほどの付き合いに疲れたのか、思いきり伸びをした。 パーティーでは見せなかった家の顔である。 「ねぇ、ひとりでパーティーに呼ばれて泊まってくる日って、いっつもこんな風に部屋を用意してもらってるの?」 贅沢な調度品を見て、クリーオウは素朴な疑問を口にした。 話をたくさんする夫婦だが、聞かないと答えてくれないこともある。 というよりも、話忘れていることも多いのだろうが。 魔王は横になったまま、やや眠そうな声で言ってきた。 「んーまちまちだな。自分でホテルやなんかで部屋を取る時もあるし、たまーにこうやってすごい歓待をしてくれる時もある」 「ふーん?」 「魔王だからって、粗末に扱えんってこともあるんだろうな。逆に、家に置くわけにはいかんってこともあるし」 「お供え物とかされたことある?」 それもまた軽く訊いてみる。 魔王は意図が分からなかったようで、こちらを見て首をかしげた。 「お供え物?」 「女の人とか。生贄みたいに」 「お前……」 こちらが何を言いたいのかを悟り、魔王は呆れたように顔をしかめた。 「俺に妻があるのは周知のことだろ。そんなことわざわざするかよ」 「そうかしら。袖の下みたいな感覚であってもおかしくないかなって」 魔王は鼻で笑い手を振って、この話はこれで終わりと示してくる。 とりあえず嘘はついてなさそうだったので、クリーオウもこれ以上話を引っ張るのはやめにしておいた。 よいしょと、ベッドに腰かける。 部屋の造りと同じで、ベッドも高級品が用意されていた。 スプリングの感触が笑えるほどに柔らかい。 贅沢なのは分かるのだが、しっかり眠れるかどうかは不明である。 「おい」 シーツの中に足を入れると、魔王が声をかけてきた。 制止するような声に、クリーオウは首をひねって聞く。 「なに?」 「なにって。ベッドがふたつあるのに、なんでわざわざこっちに入ってくるんだ?」 言って、魔王は指で横にあるベッドを指した。 「お前、人ん家で何する気だよ……」 咎めるように言われ、彼女はまゆを寄せた。 「何もしないわよ。いつも同じベッドで一緒に寝てるじゃない」 「そうだけど、たまには広々と寝かせろよ」 「何それ。わたしと一緒じゃ嫌だってゆーこと!?」 むっとして口を尖らせる。 魔王は、疲れ気味の表情でめんどうそうに言った。 「そうじゃなくて。せっかく空いてるのにわざわざ狭い方を選ばなくて良いだろ」 「……ま、いーけど」 本当に眠いのだろう――口論するのもかわいそうに思えてきたので、クリーオウは引いてやった。 シーツから抜け出し、すぐ隣のベッドに移る。 魔王の言うことも一理ある。 高級品とはいえ置いてあるのはシングルベッドのため、二人で寝るにはいささか狭い。 一緒のベッドだと、相手が身動きすると起きてしまうこともあるので、不便は不便だ。 (もう慣れてるけどね) 胸中で独りごちる。 魔王をは、とろんとした瞳でクリーオウを見ていた。 相当眠いらしい。 クリーオウがおやすみと言うと、魔王もおやすみと言った。 翌朝、クリーオウはいつものように外部からの干渉によって目を覚ました。 慣れ親しんだ感覚だ。 しかしそれにしては、ベッドの感触がいつもと違う。 その時になって、クリーオウは他人の家に泊まったということを思い出した。 やけに豪華な屋敷の豪華な部屋で高級品のベッドで一人で眠る。 寝る寸前までは確かにそうだったのだが。 クリーオウはゆっくりと寝返りをうち、初めて目を開けた。 「……………………」 見慣れた魔王の寝顔をごく間近に確認する。 絶句というほどでもないが、言葉が見つからない。 昨夜は、夫婦は別々のベッドで眠ることで話がついた。 それなのに朝起きてみれば、夫婦は同じベッドで眠っていたという不思議な現象が起きている。 上半身を起こして部屋をながめてみたが、彼女がベッドを移動したということはなさそうだった。 「……ん?」 クリーオウが重心を変えたことで、魔王は意識を覚醒させたようだった。 ながめていると、何度か身動ぎしてから、ゆっくりと目を開ける。 「………………」 朝のあいさつをせず、クリーオウは夫を見つめた。 魔王もぼんやりとした表情で、彼女のことを見つめ返してくる。 きっかり十秒見つめ合った後、魔王はごにょごにょとした声で言ってきた。 「…………おはよう」 「……おはよう」 あいさつを返す。 魔王は目をこすると、ゆっくりと起き上がり、クリーオウと視線の高さを同じにした。 寝ぼけているのかとぼけているのか、魔王はまだ無言のままだった。 朝からものすごく理不尽な気がしたので、クリーオウはまず不満を口にした。 「ここ、わたしのベッドよね?」 「……ん?……ん、ああ」 あくび。 「もしかしてわざわざ移動してきたの?」 「……ん?んー、そう。夜中の二時ごろかな」 時間など聞いていない。 クリーオウは顔だけを笑みの形に作ってみせた。 「どうして移動してきたの?」 「……夫婦はひとつのベッドで眠るもんだって考えなおしたから?」 愛想笑いを浮かべてくる。 「わたしも昨日そういったけど、あなたが否定したんじゃなかった?狭いんだし、たまには広くベッド使おうって」 「……えーと。一人はちょっと寂しいだろうなって思って」 責任転嫁される。 もちろん認めるはずもなく、クリーオウはきっちり言い返した。 「わたし、勝手にベッドに入ってきた人のせいで起きちゃったのよね」 「……それはけしからんな」 他人事のように言ってきた。 かわいくない。 もっと素直に甘えてこれば、可愛げがあると思ってやるのだが。 むっつりした表情をしていると、魔王はまた愛想笑いをしてきた。 ごまかすように、顔を近付けてくる。 クリーオウが笑ってやると、彼もまたほっとしたように笑って目を閉じた。 自分も目を閉じる――ふりをする。 キスを受け入れるふりをして、寸前のところで彼女は手を入れその行為を阻止した。 魔王は驚いたように動きを止め、目をぱちくりする。 そんな魔王に、クリーオウは昨日言われた言葉をそっくり返した。 「何する気?人様の家で」 「…………」 「………………」 「…………キスくらいは。害はないかと」 「………………」 にっこり笑って――もちろん、目は笑わない――言い訳を待つ。 やがて、観念したように魔王はぺこりと頭を下げた。 「昨日はすみませんでした。これからは隣で眠らせてください」 今度はきちんとした謝罪である。 (そうじゃなくちゃね) 満足し、クリーオウは笑った。 けれどまだ、ちょっかいをかけたい気持ちが残っている。 (どうやって困らせようかしら) 習慣通りに目を覚ましたので、まだ朝は早い。 家主のためにも、あと一時間くらいは部屋で大人しくした方が良いだろう。 困惑してる魔王を見て、クリーオウはにやりと笑った。 2011.6.24(12.27) 02ネタで。だいぶ前に書いたものなので情報が古いですが。 ダブルベッドのネタは前から持ってたんですが、満を期してって感じでしょうか。 いやーでも本気の甘さには遠く及びませんね(笑 |
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