フィンランディ一家は、基本的に仲の良い家族である。 もちろん喧嘩も多いが、世間には喧嘩をするほど仲が良いということわざもあるくらいだ。 喧嘩が多いのは両親だが、あの二人ははすぐに仲直りもするので、単にじゃれ合っているだけとも取れる。 両親は仲が良く、子供を溺愛しており、子供も両親を尊敬している。 そんな仲の良い家族だから、家族総出でわいわいすることも多かった。 季節が良いと、家の庭でお茶や食事をすることもある。 今日は条件もぴったり当てはまったため、昼は外で食事をすることになった。 家族五人とペットのレキ、それとなぜかいつもいる自分の魔術の師匠。 現在は午後のお茶までの間、各自のんびりと思い思いのことをして過ごしていた。 次女のエッジは庭の木にもたれて読書、三女のラチェットは日の当たる芝生の上でいつものようにレキと戯れている。 長女のラッツベインは、なぜか師匠であるマジクと食事後の片付けをさせられていた。 いつものことといえばいつものことだが、三姉妹のうち、自分だけが後片付けをしているとなると、妙に損をしている気分になる。 ラッツベインは皿を片づけた後のテーブルを拭きながら、隣にいるのに存在感のない師匠に愚痴った。 「なーんでわたしたちだけ後片付けなんでしょうねぇ」 「うーん、なんでだろうねぇ」 マジクはひとつひとつ丁寧に椅子の位置を戻しつつ、困ったように首を傾けた。 が、その椅子をそこの位置に戻してもらってもテーブルを拭くときに邪魔なので、結局は役に立っていない。 その気の利かない役立たずぶりにため息を吐きながら、ラッツベインは続けた。 「師匠が後片付けをするのは、まぁ当然だと思うんですよ。立場的に」 「……えっと。立場だったらぼくは学校の先生だし、君の師匠をしてるから、ゲストなんじゃないかな。だから後片付けが当然と思われるのはちょっと……」 「何言ってるんですか。ただ飯喰らいなんだから、手伝いくらい当然ですよ」 「ただ飯っていうのは否定しないけどさ。でもぼくは君の師匠で、君のお父さんに頼まれて魔術の訓練をしてるんだから、お昼くらいもらってもいいんじゃない?」 師匠の不平は相変わらず遠まわしすぎる。 何が言いたいのか分からないので、ラッツベインは華麗にスルーした。 「師匠のことはどうでもいいんですけど、長女のわたしが後片付けするんなら、妹たちも妹分として当然手伝いに参加するべきなんですよ」 「ぼくがどうでもいいというとこ以外は同意見だね。その方がぼくも助かるし」 「ですよねぇ」 「えっと……いや、いいけど。君がそう思ってるならエッジとラチェにそう言えばいいじゃないか」 そう言った師匠は、今度はテーブルの位置を直している。 ただその角度だとテーブルが定位置ではなく、そのため家との景観が悪くなってしまう。 はっきり言ってマジクがしたことは無駄な作業だった。 「あの子たちはわたしが言っても聞かないんです。まったく、姉を何だと思ってるんだか」 「同意見だね。先生に片付けさせといて、何とも思わないのかな」 「それは思いませんよぉ。わたしだって師匠が後片付けしてたって何も思いませんもん」 笑って、テーブルを拭いた布巾をマジクに渡す。 師匠はそれを受け取ったが、なぜだか頬を引きつらせた。 顔が痙攣するのは、年のせいもあるのだろう。 まだそれなりに若いのに、気の毒である。 「まぁ、いつもならここまで不満に感じることもないんですけどね……」 呟いて、ラッツベインはこのテーブルよりもさらに離れた場所を見やった。 フィンランディ家の敷地は広く(というか隣の家が遠いのだが)、ところどころ椅子やら花壇などが設置されている。 その中にあるベンチのひとつに、両親が仲良く座っていた。 いつもなら母が手際よく後片付けをしてくれる(それに妹たちも加わる)のだが、今日の母は父との会話に忙しいようだった。 父の作ったベンチで、二人楽しそうに会話をしている。 後片付けごときで邪魔をするのも悪かろうということで、ラッツベインは母に手伝ってとは言えなかった。 「たしかに、あの雰囲気だと声かけづらいよね」 ラッツベインの視線をたどり、マジクがしみじみとした声を出す。 「そうなんですよ」 両親は、ただベンチに座って会話をしているだけである。 いちゃつくどころか、触れ合ってさえいない。 しかしそこは確実に二人の世界ができあがっており、話かけるのさえためらわれた。 声をかけたところで、両親が怒るとは絶対に思わないのだが。 「あの二人は昔からそうなんだよね。二人のためにぼくがどれだけ遠慮してきたか」 「そりゃあ夫婦ですし。他人である師匠は邪魔に決まってるじゃないですか」 「いやだから。夫婦になる前からだし」 「恋人たちの時間を邪魔してもやっぱりお邪魔虫だと思います」 「だから、恋人ですらなかった時代だよ!」 「そんなこと言われてもぉ」 両親の細かい時代背景を、生まれていないラッツベインが知るわけがない。 それなのにマジクは、ラッツベインが理解してくれないと癇癪を起こす。 どう言ったらこの頭の固い師匠はそれを理解してくれるのだろうか。 いちいち諭してやるのもめんどうだったので、ラッツベインは話の矛先を変えた。 「あーやっていっつも楽しそうに何か話してますけど、どんな話してるんでしょうね?」 「…………そんなの、ぼくが知るわけないし。どうせ小さいネタで盛り上がってるんだよ」 口調に刺がある。 どうやらラッツベインが真剣に相手をしてやらなかったから、拗ねてしまったらしい。 本当に子供というか、世話のかかる師匠だった。 「声の聞こえる場所までこっそり近づいてみます?」 「いや、バレるからそれ、確実に。相手誰だと思ってんのさ」 「でもぉ、父さんて母さんといる時は隙だらけですし」 「否定はしないけど。でもオーフェンさんの反応が鈍くなるだけでバレないわけじゃないでしょ、絶対」 「じゃあ師匠が魔術でわたしを透明にしてくださいよ。できますよね、変態ですし」 「それってどっちの意味の変態かな?いや、やっぱどっちでも傷つくから言わないでおいてくれない?そもそもぼくは変態じゃないし。ていうか君は両親の会話を聞くためだけにぼくにどんだけ苦労させるつもりなのかな?」 「もうー、師匠は文句が多いです。せめてひとつにまとめてくれませんか?」 「ひとつにまとめちゃったらどれかを肯定することになっちゃうじゃないか!」 「いちいち怒鳴らないでくださいよー。師匠ってば精神制御の訓練が足りないんじゃないですか?」 「君は……君の家族もだけど……」 よくわからないことをうめいて、師匠はしくしくと泣き始める。 こうなってしまった師匠を頼りにするのは無謀というものだろう。 せっかく師匠を持ち上げてやろうとしたのに、自らチャンスを潰してしまうのはいかにも師匠らしい。 泣いている師匠のことは放っておいて、ラッツベインは両親の観察を続けた。 と、凝視しすぎたのか、母がこちらに気づいた。 母がラッツベインたちを見たので、父もこちらを向いてくる。 距離があるため、母はその場でどうかした?と首をかしげて微笑してきた。 もちろん、二人とも怒った様子などみじんもない。 両親に対しては特に用がなかったので、ラッツベインはなんでもないとジェスチャーで答えた。 それは無事に通じたらしく、母は父の方を向いて何かを伝える。 父も納得したのか、再び同じ調子で会話を始めたようだった。 つまり、また二人の世界に入ったということである。 そしてもちろん、邪魔をしてはいけないような雰囲気が醸し出される。 「なんていうか……」 大好きなんだろうなと思う、両親はお互いに。 幸せですオーラがにじみ出ているとでもいうのだろうか。 ここまで幸せそうな光景を見せつけられるから、母が片づけを手伝ってくれなくても、まぁしょうがない、ですんでしまうのだ。 このときばかりは誰も両親の時間に割り込まない。 両親の仲を邪魔をしてはいけない、邪魔できないというのが姉妹共通の考えなのだろう。 見ていてとーっても(呆れるくらいに)微笑ましい光景だった。 お幸せに〜とどこか他人事のような感想が出てくる。 「と思うんですよ」 「だよねぇ」 師匠と一緒に幸せそうな二人を見つめ、会話とも言えない会話をする。 彼は同意してきたが、意味が通じているかは、もちろん知らない。 2011.10.17 いつもメッセージをくださる方とお話ししていて、生まれた作品。 HPを開設したすぐくらいに、「生彩」ってタイトルで、これはまんま表紙くらいのお話を書いたなぁと。 この時もリクエストだったんですよね。もちろん覚えてますよ。 「約束の地で」発売日前、「悪魔」の表紙の20年後設定のイラストがあるという情報での作品です。 もう本当に妄想が止まらないし、不安もあるし(オークリ仲良さそうにしててくれ・クリーオウ美人妻であれ)なんですが、その前に書いてみたいなと。 どんなイラストなんでしょうか。あと数日で結果発表ですがドキドキです! |
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