フィンランディ家の夫婦がキエサルヒマへ旅行(公務だが)している間、その家の娘たち三人は自由を満喫していた。 どこへ行こうと自由。 何をしようと自由。 ふだんでは怒られることをしようが、誰も文句を言わないのだ。 遊び盛りの子供なら、こんな機会を見逃すはずはない。 が、メンバーによっては必ずしもそうなるとは限らないということを、ラッツベインはこの数日間で思い知ってしまった。 「自由なんだけど……イマイチはっちゃけきれてないわよね、わたしたち……」 三人だけの夕食の席で、ラッツベインはぼやいた。 妹二人が気だるげに顔をあげる。 表情は似たようなものだ。 さぁ夜だ!待ってました!的な感動もなく、両親がいるときと何ら変わらないテンションで食事している。 いつもの食卓で変わり映えのないメニューなら無理ないだろうが、否応なしに物足りなさを感じた。 平和で良いことなのだが、ラッツベインが思うに、自分たち姉妹は全員がどうにもまじめすぎる。 まず、遊びに行こうにも妹のことが気になって自らの行動を制限してしまう長女(自分のことである)。 次に、友人が少ないため、夜遊びする相手が見つからない、且つ両親に褒められたいが故に良い子ぶる次女。 そして幼いせいで夜に遊ぶことすら考え付かない三女。 性格も似ていないので、意気投合した後にバカ騒ぎするまでには至らなかった。 一度だけラッツベインの友人が泊まりに来たが、社会的常識から一日が限度である。 楽しかったものの、イベントしてはいささか刺激が少ないのではないだろうか。 「へたしたらあさってくらいには二人とも帰ってきちゃうのよ?もったいないと思わない?」 時間への焦りのため、ラッツベインは熱っぽく訴えた。 「そりゃそうだけど、わたしは早くママたちに帰ってきてほしいな。ごはんも同じのばっかりだし」 「わたしも。はじめのうちは新鮮だったけど、そろそろ慣れて飽きちゃったし」 「あんたたち、ろくに手伝いもしないくせに文句ばっかり……」 返事すらそっけない。 無性に泣きたくなり、彼女はため息を吐いた。 妹二人は、落ち着きすぎていて若さが欠けている。 姉として妹たちをいさめる立場であることは承知していたが、寝ても起きてもいさめるような事件がなかった。 平たく述べると、つまらないのである。 「だーかーらー、もうちょっとおもしろいことしようよ。両親がいない間にしかできない冒険とか」 ラッツベインは負けじと、フォークを握り、生き生きと語ってみた。 彼女が求めているのは、大人の世界に足を踏み入れる未知の体験だ。 子供だからこそできる、いわば期間限定のお楽しみなのである。 が、やはり下の妹はどこまでもクールに言ってきた。 「冒険って?思いつくことならひと通りしてるよ、もう」 「うーん……師匠の家の家探しでも……って、もう何回もやってるしなー」 言いながら考える。 ちなみに次女――エッジはすでに会話から外れ、食事に戻っていた。 聞いてはいるだろうが、我関せずという雰囲気だる。 三女のラチェットと二人で冒険しても良かったが、どうせなら全員で思い出を作りたい。 とすれば、エッジが興味を持つような内容でないとだめだ。 エッジといえばファザコン。 父に関係のあることで何か――。 「そうだ、父さんと母さんの寝室に行ってみよう!」 突然のひらめきに、ラッツベインはぽんと手を叩いた。 案の定、エッジはその話に食いつく。 わざと黙っていたことも忘れて、目を真ん丸にしながらこちらを見てきた。 「どういうこと?」 「だから、父さんと母さんの寝室にさ。何年ぶりかなぁ」 「えー、わたし見たことあるよ。べつにフツーだったけど」 あっけらかんと言ってきたのはラチェット。 ラッツベインはそれに、ちっちと舌を鳴らした。 「見るだけならわたしだって何回もあるよ。ドア越しに、とか、洗濯物を置くとか。でもじっくり見たことってないのよね。どこに何があるのかーとか。母さんのヘソクリ見つかるかも」 「やめなよ。絶対バレるって。二人の機嫌悪くなるわよ」 良い子ちゃん発言をするのは決まってエッジだった。 が、ラッツベインはふふんと鼻で笑った。 「物を動かそうとするからバレるのよ。ちゃんときっちり元に戻せば大丈夫でしょ。掃除しといたよって言えば済むだろうし」 「まーそうかな」 「じゃあ決定。もし見つかった時はエッジも共犯って言うから、一緒に来ないと損だよ、きっと」 ひょうひょうと言って、今度は急いで食事を片付ける。 ラチェットもやる気満々というほどではなくとも、どことなく楽しそうだった。 エッジはぽかんとしていたが、困惑しながら食事を再開させている。 気になるらしい。 その様子を見て、ラッツベインはにんまりと笑った。 食器を片づければ、いよいよ実行にうつるのだ。 「本気?やめなよ、もう」 そんなことを言いつつも、内心ではどう思っていることやら。 力ずくでは止めようとしないエッジを横目で見ながら、ラッツベインはドアノブに手をかけた。 好きな人に会う時や戦闘の時とも違うドキドキ感を自覚しつつ、ゆっくりと――両親に見つかるはずがないのに――扉を開ける。 寝室は当然暗いので、人口の明かりと、ついでに魔術の明かりも灯した。 夜、ということで、見たことのある部屋でもなぜだか興奮する。 「なんか、いつもより綺麗、かな?」 最初に感想をもらしたのは、おそらく訪れる頻度が一番高いであろうラチェットだった。 軽く室内を見渡している。 「そりゃ長いこと留守にするんだし、散らかしたままにはしないわよ、母さんなら」 あれだけ止めようとしていたエッジだったが、ラチェットの疑問にちゃっかりと答えている。 表には出さないだけで、興味はあったのだろう。 にやりとしつつ、ラッツベインはゆっくりと足を踏み入れた。 この家は土地が有り余っていた時代に建てられたものだから、部屋数は少ないが造りは大きい。 中央に置かれたダブルベッドと、二人分の洋服が入るクロゼット、本棚に、母の化粧台、そして小さめのテーブルと椅子のセット。 他にも生活用品が置かれているが、狭いという印象は受けなかった。 母の趣味90%、残りが父の趣味というところだろう。 今は夜だが、明るい部屋に感じた。 「えーじゃあどこから見る?クロゼット?本棚?化粧台?」 「時間はたっぷりあるんだし、ゆっくり見てこうよ。エッチなもの発見したらどうする?」 「悪趣味……」 エッジの悪態は聞き流し、まずはクロゼットから拝見する。 「…………」 その扉を開けて、ラッツベインは早々に押し黙った。 父の方は、やはりというか、ほとんどが黒だった。 ローブやスーツや私服があるが、ほとんどが黒、たまに指し色が使われている。 クロゼットは何事かと思うほど黒だった。 とにかく黒だった。 分かってはいたが、ある種のすごみを感じてしまう。 逆に母は、たくさんの色の洋服がしまってあった。 父とは対照的に華やかである。 二人で並べばちょうどバランスが取れるのだろう。 そういう意味では、お似合いかもしれなかった。 クロゼットの中にある小さめの収納には、下着などがきっちりと整えられている。 家族とはいえ、ここはじっくり見ることははばかられた。 照れもあるし、礼儀上の問題でもある。 それに、まさかこんなところにわざわざ物を隠したりもしない。 クロゼットには早々に見切りをつけ、ラッツベインは視線を転じた。 エッジもなんだかんだで母の化粧台を探っている。 拒否していたわりには積極的である。 それを指摘するとたぶん機嫌が悪くなるので、放っておくことにした。 クロゼット、化粧台と来て、残るは本棚だが、そこはすでにラチェットが担当していた。 が、人の背丈ほどの大きさなので、全部は探しきれないだろう。 ラッツベインは加勢するため、本棚へ向かった。 本棚は教育、経営、魔術、それに料理と、二人の趣味(というよりは仕事関係?)の本が詰め込まれている。 彼女は料理の本を数冊手に取り、パラパラとめくっていった。 何の変哲もない、どこにでもある本である。 ただ、さすがに料理の本の内容は本格的だった。 読むことはできるが、じっくり考えないと理解できない。 今は読書が目的ではないため、ラッツベインは本をめくっていった。 十冊以上探すが、特に変わったことはない。 本棚も外れかと考えたとき、ページの間にはさんである紙切れを見つけた。 (あっ!?) 声に出さず、驚く。 妹たちの方に視線を向けるが、彼女らは真剣に作業を続けていた。 隠し事は良くないが、そろそろとその紙を見やる。 紙はすでに変色しており、ずいぶん古いものだと想像できた。 これは大切なものに決まっている。 単に忘れているだけなのかもしれないが、こんなものを見つけて期待しないほうがおかしい。 ラッツベインはドキドキしながら、そこに書かれている文を読んだ。 (おおっ……) 筆跡は父のものだった。 内容は他愛ない、待ち合わせのメモである。 『何時に、どこで』それだけの文字。 けれど、こんなものを大事にしているということは、母にはよほど思いれのある出来事だったのだろう。 (母さんてば乙女……) すぐに捨てることなく、持っていた。 用が済んでも、捨てはしなかったのだ。 そして本にはさみ、今でもちゃんと残してあるのだ。 いろいろ想像して、つい和む。 「思ったんだけど……」 めんどうそうに声を出したのはエッジだった。 鏡台の椅子に腰かけたまま、いつの間にかこちら側を向いている。 エッジは、指で何かを指したまま言ってきた。 「ここに宝石箱があるんだけど、これってほぼ父さんからの贈り物なんじゃない?」 「どれどれ?」 メモのはさまっている料理本を抱えつつ、エッジの示す宝石箱をのぞく。 そこにあったのは確かに見覚えのあるアクセサリーばかりだった。 「これは去年の誕生日で、これはその前の。これは……壊れてるけどラチェが三歳ごろのじゃない?これと、あとこれもそうでしょ……」 「あー、そうかもね」 エッジの話を聞いて、ラッツベインはさらにじんわりとした気持ちが広がった。 ごく普通のことかもしれないが、案外普通ではないのかもしれない。 ことある毎にプレゼントを贈るのは父の愛情であるし、壊れても残しているのは母の愛情だろう。 「あ、こっちにもあったよ!たぶんこれラブレター!」 うっとりと陶酔している最中に、今度はラチェットからの呼び出しである。 しかもラブレターらしい。 ラッツベインは大急ぎで三女のもとへ駆け寄った。 「ラブレターって知らない人からじゃないよね?」 「えー、そんなのやだ。……あ、大丈夫。ママの字だもん」 エッジも近寄って来たので、三人で一緒に手紙をのぞきこむ。 たしかに、特徴のある母の字である。 書かれていたのは、けんかを詫びる文章と、そのあとに短い愛の言葉。 封筒にはオーフェンの筆跡で日付が書かれている。 そんなに古くはない。 ほんの数年前のことだ。 ちなみに、けんかの詳細をラッツベインはまったく覚えていない。 「わたしたちの知らないとこでこんなことやってるんだね」 「よっぽど嬉しかったのかなー、父さん」 「ラブラブだねー」 「こっちにもあったよ。父さんからの手紙。こっちは待ち合わせだけの内容だけど」 隠し通すべきか迷ったが、他にもっとすごいのが発見されているし、今さらだろう。 ラッツベインは持っていた料理本を開き、メモを見せた。 「なーんか隠し方が一緒だね。似たもの夫婦」 エッジがそう言って、みんなで笑う。 「二人はお互いが同じように大事に持ってるの、知ってると思う?」 「知らないんじゃない?知っててもおかしくないけど、知られたら場所変えたくなるんじゃないかなぁ」 「そうだね」 どちらにせよ、ラブラブだということだ。 平和すぎる夫婦である。 呆れるほど仲が良いが、幸せそうで安心した。 それぞれの顔に笑みが浮かんでいる。 全員が納得したのを見て、ラッツベインははじまりと同じように仕切った。 「じゃあこれにて任務完了。もちろんこのことは姉妹の秘密であり、間違っても父さん母さんにはバラさないこと」 「了解」 「うん」 妹の返事を聞き、ラッツベインもうなずく。 そして、それぞれが両親にバレないように、細心の注意を払って触ったものを元の位置に戻した。 両親はあと数日で帰ってくるだろう。 その前に今しかできないことを達成できて、本当に良かった。 2011.6.22 リクエストありがとうございました! オーフェン(たち)がキエサルヒマに戻っている間に、娘はどうしているかというもの。 いたずらしかないっしょ! でも結局ラブラブ夫婦の話になりました。 |
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