レキというのは、フィンランディ家の飼い犬の名前である。 クリーオウが独身時代から連れ添っている犬で、キエサルヒマ大陸から一緒にこちらへ渡ってきた、付き合いでは夫と同じくらいに長い仲だった。 実はディープ・ドラゴンの最後の生き残りであるが、世間では犬ということで通している。 大きさは現在大型犬くらいであるし、見た目も似ているので、疑われたことはなかった。 レキ自身も自分が犬扱いされていることに不満はないらしい。 家族の一員として、周囲の環境にも溶け込んでいた。 クリーオウを除いて、家族の中でレキといちばん相性が良いのは末娘のラチェットである。 生まれたころからずっと一緒で、彼女が成長した現在でも毎日一緒に散歩をしていた。 ラチェットが散歩へ行けない日は、他の家族がレキに付き合う。 本当はレキだけでも散歩へ行くことはできるが、これはいちおう近所の目を気にしてのことだった。 こんな大きな犬(狼だが)に遭遇したら、知らない人は驚くだろうし、危害を加えないとも限らない。 とはいえ、ごく近所ではほぼ放し飼い状態ではあった。 今日はラチェットが友達と遊ぶ約束があるとかで、レキの散歩の代理を頼まれている。 夕食の準備までにはまだ時間があったので、クリーオウが引き受けることになった。 家のリビングで大人しく寝そべっているレキに、声をかける。 「じゃあレキ、お散歩行こっか」 言うと、レキはぴくりと耳を立て、すぐに立ち上がって尻尾を振った。 嬉しいらしい。 それに彼女も笑い返しながら、首輪にひもを付けた。 必要ないのだが、これも念のためである。 自由を制限しているようでクリーオウはあまり好きではないのだが、当のレキは気にしていないのか、嫌がる様子もなかった。 玄関を出ると、訓練を終えたらしいオーフェンとエッジと蜂合わせる。 これから一時間ほど留守にするつもりだったで、出かける前に会えて良かった。 二人の顔をそれぞれ見て、手に持った散歩用のひもを示す。 「今からレキの散歩に行くから、お願いね」 「あ、うん。わかった」 先に答えてきたのはすっきりした表情をしたエッジである。 数時間前にオーフェンに稽古をつけてもらうとはりきっていたのだが、満足したらしい。 オーフェンはというと、少し首をかしげた後に、微笑する。 「それなら俺も行こうかな」 「そう?」 訓練を終えたばかりだから疲れていると思うのだが。 それでも一緒に行くというのなら、もちろん止める理由はない。 「エッジも一緒に行く?」 振り返って、クリーオウはすでに玄関のドアノブに手をかけている娘に聞いてみた。 お父さん子だから、オーフェンが行くなら自分も、と思うかもしれない。 そんなことを考えたが、エッジは肩をすくめて行かない意思を示してきた。 「じゃあお父さんと一緒に行ってくるわね」 「はいはい。行ってらっしゃい」 「行ってきます」 「行ってくる」 エッジに手を振ってから、改めて隣のオーフェンを見上げる。 オーフェンと散歩をするのは数か月ぶりだ。 長年夫婦をしているが、少しドキドキした。 フィンランディ家は、田舎と言われる場所に存在した。 住宅の周辺は見通しを良くしてあるが、道を外れればすぐ森が広がっている。 湖も近くにあり、自然が多い。 住むには少々不便かもしれないが、自分たち家族にとっては快適な環境だった。 レキも森と湖があることが嬉しいらしい。 どこへ行くにも嬉しそうにしているが、特に湖への散歩は喜んだ。 ひもを外してやると、レキははしゃいで水の中に飛び込む。 オーフェンとクリーオウは、湖のほとりに腰かけ、のんびりとその様子を見守っていた。 「――この前なんてマジクにレキのお散歩してもらったでしょ?で、あの子、レキに置いてきぼりにされたって言ってたのよ」 「ああ、あったな。レキが湖につっこんで放ってかれたんだったって言ってたか」 今日もレキは、同じように湖にもぐって遊んでいる。 水の中に沈むとしばらくの間は出てこないが、一定間隔で顔を上げては、その度にクリーオウがいるかどうかを確認していた。 「そうそう。マジクは迷子になっちゃって、しばらくうちに帰ってこれなかったときの」 「あいつ相当なめられてるよな」 言って、オーフェンは楽しそうに笑った。 クリーオウもそれにつられて笑い、泳いでいるレキを見る。 「レキの中ではどういう順位付けがされてるんだろうね?」 「順位付けって?」 「ん?ほら、犬ってさ、家族の中でいちばん偉いのは誰って決めるじゃない?えーと、なんていうのかな、ピラミッド社会とか?」 ぴっと指を立てて、頭の中で三角の図を思い浮かべる。 てっぺんに入るのは、家の中で一番偉い人だ。 「ああ、あれか。まーマジクは当然最下位だろうな」 オーフェンは言って、今度は声を出して笑った。 自分の言ったことがおもしろかったらしい。 「オーフェンはどこにいると思う?」 「俺はそりゃ、一家の大黒柱様だからな。いちばん上だろ」 「そーかしら……」 疑わしく思えて、うめく。 と、横からオーフェンに頭を小突かれた。 痛くはないが、口をとがらせて不満を込めた目でオーフェンを見る。 「だって今話してるのはレキの中での順位よ?オーフェンはレキにのっかられたり尻尾で叩かれたりしてるじゃない」 「んー……。って納得するには悲しいが昔の仕打ちを考えるとそうか」 「昔って?」 いつのころを言われているのか分からずに問いかける。 すると彼はこちらを向き、頬をひきつらせた。 「あーそうだな。やったほうは覚えてないだろうな。いじめってそーゆうもんだもんな。でもされたほうはずっと根に持ってるんだけどな」 「?」 何かは分からないが、怒っているらしい。 何に怒っているのかはやはり分からなかったので、適当にうなずいておいた。 オーフェンは深く深くため息を吐く。 「いーんだよ、どうせ俺なんて下っ端で」 「べつに下とは言ってないわよ」 「いい。マジクよりは上のはずだからな。それでいい」 自虐的なように思えたが、レキの中のオーフェンの位置については納得したらしい。 投げやりにうなずいて、続けてきた。 「じゃあ三姉妹はどうだ?っつっても、別格がいるからラッツとエッジだが」 「あの子たちも、オーフェンと一緒に遊んでたりするけど、遊ばれてるって感じじゃないわよね」 「ちゃんと言うことも聞くしな」 こくりとうなずく。 家族の誰が何を言っても、レキは理解してくれた。 マジクの言うことであっても、理にかなっていればきちんと聞き入れる。 だが、マジクに対してのほうが、レキのわがまま度は高いように思えた。 「はっきりはしないが、マジクより低いってことはないだろ」 「ラッチェットとはいちばん仲がいいわよね。友達の位置にいるはずだわ。同じ枠の中っていうか」 「お前はいちばん上だろうな」 「どうして?」 多少驚いて聞き返す。 彼を見ると、オーフェンは当然だという顔をして答えてきた。 「そりゃそうだろ。レキはお前の言うことをいちばん聞くし」 「わたしはレキと友達なのよ。上も下もないわ」 これはレキと出会った時から一度も変わらないことだ。 今はクリーオウも母親になって、以前のようにべったりとはいかない。 が、レキとふたりきりの時は相変わらず甘えてくるし、クリーオウも頼りにしていた。 彼女のお願いをレキが聞いてくれるだけであって、決して主従関係などではない。 「けど、ラチェットよりはお前の言うことのほうをレキは従うだろ?」 「うーん、そうね。どっちかっていえば」 「で、お前はレキと対等の立場でいると」 「ええ、そう言ってるじゃない」 「ってことはお前以外全員下ってことになるんじゃないか?」 「………………そうなのかしら」 意外なことを言われて、じっと湖を見つめる。 こちらの気持ちが届いたのか、すぐにレキが顔を出し、そのまま上がってきた。 体を振って水を弾き飛ばしてから、嬉しそうにこちらへかけてくる。 レキにしてみれば、全員のことを家族だと思ってくれているのだろうが。 「ま、マジクがいちばん下っていうのは確定だろ」 「たぶんね」 これについて同意見で、クリーオウはきっぱりとうなずいた。 2011.6.25 01ネタです。 3人でのデートのつもりだったのですが、ネタとしてはおもしろい風に広がったなーと思いながら書いてました。 素材 |
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