□ けんかの後に必要なこと □


けんかというのは、何とも不毛なものだと、オーフェンは思う。
体力は使うし、神経を使うし、とにかく疲れる。
けんかしている間はどうしてもイライラして、良いことは何もないのだ。
お互いを分かり合うためだとか、専門家はそんな理由をつけたりはするが、結論としてはけんかなどしないに越したことはない。
けんかをせずに溝ができるのであれば、けんかをした方が良いのかもしれないが。
そして自分の場合はどうだろう、と考えてみる。
(考えるも何も、けんか中だよな)
胸中で独りごち、オーフェンは自分の隣で黙々と食事をする妻を盗み見て苦笑した。
顔を見ただけで、今は最高に機嫌が悪いと瞬時にわかる。
基本、娘たちよりも元気な妻なのだが、今日ははしゃいでいる様子は一切ない。
けんかはすでに二日目に突入しているが、自分たちは必要最低限の会話しかしていなかった。
当然のことながら、家庭内の空気は悪い。
こういうことは少なくもないので、娘たちも今さらあわてたりはしないが、会話は激減している。
そして今のところ、妻がけんかを後悔しているような雰囲気は、まったくなかった。
ついでに、今朝まではオーフェンにもその気持ちはなかった。
結局、客観的になってみればはあれこれ言えるが、当事者になれば冷静でいることは食事をがまんするよりも難しい。
こうなればもう意地の張り合いしかないかと思っていたのだが、きっかけがあれば事態は変化する。
意地の張り合いでしかなかったものが、もっと大切なことに気付く機会を作ってくれる。
つまり、オーフェンは、妻と仲直りしたいという気持ちに変わっていた。
が、娘のいるこの夕食の席で、というのはさすがに気まずい。
できるだけ早く、という気持ちではあったものの、オーフェンは二人きりになれる夜を待つことにした。

寝室で妻を待っていると、ガチャ、といういつもと違うテンポの音を立てて扉が開いた。
その開け方からして、機嫌が悪いのだと分かってしまう自分がいる。
実際にまだ機嫌が直っていないのだろうが、妻はやや唇を尖らせた表情で入ってきた。
薄く微笑んでみたが、ふいと視線を逸らされる。
しかし、寝室に入ってきた時点で彼女はオーフェンの隣で眠ることになるのだ。
それについては妻もあきらめたらしい。
不機嫌ながらも、妻は若干遠回りした後、ベッドに入ってきた。
そして、怒っていることをオーフェンにアピールするように、ばさっとシーツをかぶってしまう。
何も話すことはないということだろうか。
行動がそうでも、実際は違うに決まっている。
これはあくまで、怒っていることを表しているのだから。
「クリーオウ」
名前を呼ぶ。
できるだけ優しい声で呼んでみたつもりだったが、返事はない。
彼女に悟られないよう、オーフェンは小さく嘆息した。
(謝るつもりがあるなら、もっとちゃんとかまえ、か?)
なかなかにめんどうなことではある。
しかし今回はオーフェンが折れたと自覚していたため、妻の要望を叶えてやることにした。
握っているシーツをやや力を入れてひっぺがし、顔が見えるようにする。
すると彼女は、激怒しているというよりも拗ねたような表情でこちらをにらんできた。
もちろん無言である。
その様子に苦笑しながら、オーフェンはゆっくりと切り出した。
「あのな、クリーオウ」
再度呼びかける。
と、妻はこちらをにらみながらも、視線だけで促してきた。
またもや苦笑して、やや迷いながら――続ける。
「俺な、今日もまた……っていうのもおかしいかもしれないが、死にかけたよ。っていうか、死ぬかもしれないことがあった」
こんな話は、絶対に娘たちにはしない。
知ったら彼女たちは心配するからだ。
次女だったら、死ぬわけがない、と自信満々に否定するかもしれない。
長女だったら、三女だったら、それでもやはり疑いながら否定するだろう。
娘たちは自分のことを、どこか理想化して捉えているし、オーフェンも弱い部分はなるべく見せないようにしている。
だが妻は違う。
心配するのは妻も同じだろうが、彼女には言っておこうと思った。
妻は彼の話を聞くとベッドからはね起き、驚いたようにこちらを見た。
恐怖に顔を歪め、次に泣きそうになり、そして怒ったような表情になる。
感情がごちゃごちゃになっているというのはすぐに分かった。
妻は何も言わなかったが、何を言いたいかも分かった。
言わずにがまんしていることも分かった。
だからオーフェンも、代わりのことを口にした。
「ごめん。だから仲直りしたいと思って。ちょっと怖かったし、けんかしたままだと寂しい」
意地を張っているのはもうめんどうになったし、今は甘えたい気分なのだ。
この歳で妻に甘えたいというのもお笑い草だが、まぁ彼女なら許してくれる。
笑って彼女の顔をのぞきこむ。
妻はまだ苦い顔をしていたが、頑なにオーフェンを拒否しているということはなさそうだった。
ただ、まだ無言である。
気持はわかったので、オーフェンが先に頭を下げることにした。
もとより、自分が仲直りしたいと思ってたのだから。
「俺が悪かった。改善する。けど、お前も悪かった部分もあるんだから、俺にも謝ってくれよ」
けんかの理由は様々だ。
それが時に悪化するのは、口喧嘩によるものである。
冷静になって思い出すと、自分たちは言わなくて良いことを言ったし、言われた。
「ごめんな。反省した。……だからお前もごめんって言ってくれるよな?」
首をかしげて言うと、妻はまた青い瞳でこちらをにらみつける。
が、小さく息を吸うと真摯な瞳でオーフェンを見た。
「……ごめんね。わたしも反省する」
「……ああ」
ようやく口をきいてくれた。
口先だけではなく、しっかり気持ちを入れて謝ってくれている。
それを感じて、オーフェンは顔をほころばせた。
口先だけではなく、しっかり気持ちを入れて謝ってくれている。
「でも、今回のけんかの原因はオーフェンにあるんだから、ちゃんとしてね」
「はい。すみません」
しっかりと釘を刺してくる。
いつもの妻に戻ってくれて、オーフェンは笑った。
顔を近づけると、妻はぎこちなく身じろぎしたが、もう逃げない。
仲直りのキスは、オーフェンを心から安心させてくれた。






2011,6,20
02の続きだなんてめっそうもないですが。
ちょっと切ない系が真っ先に思いつくんですかね。
それにしても久しぶりすぎて文章ががたがたです。
お見苦しくて申し訳ない。

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