□ キエサルヒマへの帰還 □


「本っ当に、お前たちは行かないんだな?」
出発の日の前夜、オーフェンは自分の娘たちを前に、もう何十回もしてきた質問を繰り返した。
オーフェンは明日から、しばらくの間キエサルヒマ大陸へと渡る。
それはこの大陸へ来てから、初めてのことだった。
魔王などとあだ名される自分がキエサルヒマに行くことはあちこちで憶測を呼んだが、今はそこは大したことではない。
彼は再度順番に娘の顔を見、しつこく聞いた。
「まだ気が変わらないか?決めるなら今日までだぞ」
最年長であるラッツベインでさえまだ14歳。
親の自分からすればまだ幼い娘たちを残していくのは、非常に心もとなかった。
だというのに、当の娘たちは親の心配もよそにけろりとしている。
「行かないってば。ホントに往生際悪いなぁ」
「母さんも行くんだぞ。マジクもだ。誰も世話なんてしてくれないんだぞ」
「だからぁ。家事は母さんにちゃんと仕込まれてるから平気なの。少しは娘を信用してよ」
「けど……」
信用はしていても不安なのだ。
エド・サンクタムにもよろしく頼んであるし、友人たちにも声をかけてあるので、大丈夫かとは思う。
それでも心配してしまうのが親というものではないのか。
だがこちらの気も知らず、彼女たちはめんどうそうに息を吐いた。
「パパが心配したって何も変わらないよ。ママがちゃんと書き置きしてくれてるから平気だよ」
末娘のラチェットでさえこうである。
まだ幼いというのに、ずいぶんしっかりしていた。
「お前ら、キエサルヒマを見てみたいとかないのか?エッジなんかは魔術のことが気になるだろ」
「父さんよりすごい魔術士なんているわけないもの。島からこっちに来た人はみんな、こちらの魔術に驚いてる。つまり、そういうことよ」
「…………」
ずいぶんときっぱり言い切った次女を見て、今度はオーフェンが――違う意味で――深く嘆息する番だった。
相変わらずエッジはどんな質問にも父親最強、故郷最高、という考えである。
オーフェンもまったくそうは思わないと言えば嘘になるが、固執しすぎるもの良くない。
たとえこちらの技術の方が優れていたとしても、外の世界を知るのは良い経験になるものなのだ。
ということもさんざん説明したが、彼女が聞いてくれたことはなかった。
そして今日は時間がないので、そのことについてとことん話していることができない。
オーフェンはまゆを寄せ、哀愁の表情を作り、声のトーンを落とした。
「おばあちゃんに会いに行ってやらないか?むこうは首を長くして待ってるぞ」
なかなか折れない娘たちに、オーフェンは奥の手を使った(何度も試してはいたが)。
強情な娘たちでさえ情に訴えるのは効果があるらしく、この話に対してだけは三人とも気まずそうな表情になる。
「そりゃ……喜んではくれるだろうけど……」
「でも一回も会ったことないから、何を話していいのか分かんないし」
「授業に遅れるのも嫌だし。写真でがまんしてもらってよ」
しかしながら結局は、娘たちの言い訳は同じだった。
三人ともが一度も意見を変えたことがない。
「まったく……」
この話に対してずっと平行線ということは、どうしても行きたくないのだろう。
仕方ないことだろうが、残念だった。
「母さんも初めての里帰りなんでしょ?久しぶりに会える家族なんだし、実家に戻ったらゆっくり話たいと思うよ」
「うんうん。子供たちのめんどう見てばっかじゃかわいそうだよ。どうせわたしたち、ここ行きたいあそこ行きたいばっかりでほとんど家にいてあげられないだろうし」
「長期旅行だし、パパものんびりしてきなよ。二人は新婚旅行とかもないんでしょ?ママとラブラブしてみたら?」
「…………」
どうあっても気は変わらないようだった。
それどころか、言葉巧みにこちらの気を変えようとさえしてくる。
さすがに疲れたので、オーフェンは盛大にため息を吐き、言外に留守番を承諾した。
いざとなれば強引に連れて行くという手もないことはない――が、最後の娘の提案に、オーフェンの心が揺れたのは事実だった。


長い船旅は、オーフェンは想像していたものよりもはるかに快適だった。
自分たち夫婦にあてがわれた客室はスイートルーム。
乗船期間が長いためどの部屋も過ごしやすいよう工夫されているのだが、その中でも最高の部屋である。
オーフェンの訪問は公式なものなので、歓迎されているにしろされていないにしろ、賓客扱いだった。
船代も(オーフェンの分のみだが)無料、存分にぜいたくをさせてもらった。
時間に追われていない生活も久しぶりで、妻とも好きなだけ語り合える。
末娘の言った通り、オーフェンたちは新婚気分を味わっていた。
「陸も見えてきたし、もうそろそろ着くな」
あらかた荷物を方し終え、後は到着を待つだけである。
いよいよだと思うとオーフェンもさすがに緊張したし、確認しなければならないこともたくさんあった。
その確認事項だが、大半は愛する妻のことである。
オーフェンはしっかりと妻に向き合い、両手を細い肩にのせた。
「じゃあこれからのことだけど。予定ではトトカンタを二週間後に出る船があるらしいから、それに乗るんだぞ。午前中発のな」
「うん、分かってるわ」
「そしたら俺がタフレムでそれと一緒のに乗るから、その後は大丈夫だろう」
「はいはい」
「でも万が一、どーしても何らかのアクシデントで一緒の便に乗れなかった場合はアーバンラマで待ち合わせしよう。伝言板なんか使えば、最悪数日後には合流できるはずだ」
「はいはい」
「それでもどうにもならなかった場合はしょうがないから別々で家に帰ろうか。絶対ないだろうけど」
「分かったってば」
もう何度も口うるさく言ったせいか、クリーオウは苦笑しながら答えた。
それを見て、オーフェンもようやく気を落ち着ける。
クリーオウならきっと約束を守ってくれるだろうし、これ以上しつこくしてもどうにかなることでもなかった。
小さく息を吐いて、話を変える。
「そう言えばお前、ティッシの家を出る時、彼女に俺を殴っとけって言われたんだったよな」
「そうよ。オーフェンよく覚えてるわね」
オーフェンが言うと、少し感心したようにクリーオウが目を見開いた。
もちろん、忘れるはずがない。
「で、それができないなら家に帰れと」
「うん、そうそう。なつかしいわね」
クリーオウがくすっと笑うが、オーフェンは真剣だった。
実は殴られていないとバレたところで、妻が今さらキエサルヒマに連れ戻されることはないだろうが、一応保険はかけておいたほうが良いかもしれない。
現在のレティシャにどうこうできるとも思えないけれども、不可能だと思われることすらやってみせるのが彼女である。
幼少のころに十分身に染みていたからこそ、失敗するわけにはいかなかった。
「よし、分かった。安心しろ」
「何を?」
「いや、うん。気にすんな。じゃあこの船から降りる頃には他人だから、少しがまんしてろよ」
「ええ。オーフェンも気を付けてね」
そうなのだ。
オーフェンの気持ちは何であれ、キエサルヒマ大陸は”敵国”なのだ。
そんな場所に堂々と妻を連れていけば、絶対に安全と言えるわけがない。
無駄に主張して、危険を増やすつもりもなかった。
それでも彼女を里帰りさせてやりたかったので、マジクを護衛役に付けるのである。
彼もまた里帰りを兼ねているので、快く承諾してくれた。
「じゃあまた後で」
もうアーバンラマ港に着いてしまう。
本当に久しぶりのキエサルヒマ大陸。
以前ここにいたころは、クリーオウとはまだ友人だった。
そして今度は、悲しくも他人のふりをしなければならない。
名残惜しく思いつつ、オーフェンは妻に口付けた。
ぎゅっと強く抱きしめてから、ゆっくりと離す。
「気をつけてな」
「うん、オーフェンもね」
にこりと笑う彼女にオーフェンも微笑み返し、床の荷物を持ち上げた。
右手で頬を叩いて、ゆるんだ表情を引き締める。
今から悪の魔王を演じるためには、いつまでも妻にでれでれしていられないのだ。
最後にもう一度だけクリーオウの顔を見て、オーフェンは心地良い部屋を出た。






2010.10.28
これはBOXを呼んだすぐ後に思いついた最後のネタです。
とうとう来てしまった……。
原作では家族のことに触れてなかったので、クリーオウは一緒に来てると勝手に妄想しました。
全4話です。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送