ある日、両親の会話を聞いていて、ラッツベインはふとひっかかる何かを感じた。 感じたというより、改めてそれを意識したというべきか。 普段は何気なく流していたが、よくよく考えてみると、どうしてだろうかと思ってしまうような、そんな程度の疑問。 その疑問をつきつめていくと、両親ではなく父親のほうに問題があることを発見した。 「コルゴンがな、――」 父――オーフェンは、母であるラッツベインに対してだけは頻繁にこの呼び名を使う。 母と、他にはラッツベインの師であるマジクくらいにか。 家族と会話する際に、時々ぽろっと「コルゴン」とこぼすこともある。 けれどもそれは”ついうっかり間違えた”だけであって、やはり常用するわけでもない。 母が一緒の場合でもラッツベインら姉妹がいる時は、いつも正式な名前を使うようにしていた。 が、ラッツベインもその「コルゴン」たる人物が誰だかはもちろん知っている。 分からなかった時にそれは誰だと聞いてみたことがあるのかもしれない。 しかしその時は、さしたる疑問も持たずに納得していた気がした。 コルゴン、つまりエド・サンクタム。 謎の多い人物ではあるが、両親とはもっとも古い友人(?)の一人であるらしかった。 「ねぇ父さん」 「うん?」 「コルゴンって、エド・サンクタムのことだよね」 話の途切れた本日――都合の良いことにラッツベインと二人きり――最近の疑問を口にする。 オーフェンはきょとんとした後、こくこくとうなずいた。 「ああ、そうだよ」 「でも父さんだけがコルゴンって呼んでるよね。なんで?あだ名?」 エド・サンクタムと父は、母よりも古くからの付き合いと聞いたことがあるので、その頃の呼び名だろうか。 幼いころは、何かと変な名前を付けたがるものだ。 しかしオーフェンは少し苦笑した後、予想外にも否定してきた。 「いや、本名だ。昔の名前っていうか。あいつは名前をいくつも持ってて、人によって使い分けていたらしい。たしかユイス・エルス……何だっけな。ユイス・エルス何とかかんとかエド・コルゴン・サンクタムだ。父さんはユイスって呼んでたやつがいるのも知ってるし、父さん以外に彼をコルゴンって呼んでたやつも大勢知ってる。でも長すぎるしこの大陸に来てから良い機会だと思ったのかエド・サンクタムにしたんだろうさ」 「へぇー」 この父さえ忘れるほどの名前なら、たしかに長い。 例えばサインする際に、名前を全部書くのも一苦労だろう。 呼び名が多すぎれば、混乱も招きかねない。 統一した方が誰にとっても分かりやすいと考える心理にもうなずける。 が。 「けど、どうしてそこを残したの?父さんはコルゴンって呼んでたんでしょ?どうせ人付き合いが薄い人なんだし、コルゴンっていうのも残してくれてもよさそうなのに」 それとも父が嫌われていたとか、名前の響きが気に入らなかったとか、そういうことだろうか。 ふと思った時にはすでに遅かったらしい。 なぜかオーフェンは苦い顔をしていた。 「……クリ……いや、気分だろ。気まぐれな奴だし」 「……さっき何か別のこと言いかけなかった?」 「いや、べつに」 ふいとオーフェンはそっぽを向いたが、確実に何かを言いかけた。 しかもクリーオウ、と続く何かである。 どうやら鍵は母が握っているらしい。 ラッツベインはふぅんと呟き、興味のないふりをしながら席を外した。 家の中で誰かを探すのは、教室でクラスメイトを探すことよりもはるかに簡単だった。 あまり大きな家ではないので、ひょいひょいと部屋をいくつかのぞくだけで事足りる。 ラッツベインが目的の人物を見つけたのは応接間だった。 その目的であるクリーオウは、レキと一緒にソファに座り、ゆったりと一人の時間を楽しんでいたようだった。 「どうかした?」 部屋に入ったラッツベインに、母は気分を害した様子もなく聞いてくる。 扉は閉めていなかったので、邪魔をされたくないというわけでもないのだろう。 母の隣の席はレキで埋まっていたため、正面のソファに腰かけた。 「あのね、エド・サンクタムのことなんだけど」 「あの人がどうかしたの?」 「本名って知ってる?」 「本名?」 繰り返してから、クリーオウが首をかしげる。 それからすぐに困ったような顔になった。 「すごく長い名前だったわ。お父さんに聞いたこともあったけど、覚えきれなくて。お父さんに聞いた方が早いんじゃなない?」 その父でさえ忘れていたのだが。 けれど論点はそこではなかったので、ラッツベインは小さく笑った。 「うん、なんか、人によって名前を使い分けてたって聞いたよ。ユイス・エルス何とかかんとかエド・コルゴン・サンクタムって。でもそこからエド・サンクタムだけ選んだのはお母さんがそう呼んでたからじゃないかって父さんが」 言ってはいないけれども、言おうとしたのではないだろうか。 「それって本当?どうしてエド・サンクタムを選んだの?」 多少うきうきと訊くと、クリーオウはまたも首をかしげた。 「選んだっていうか、わたしがあの人と接触……というより、会った時に名乗ってたのがエドとサンクタムだったのよ。そしたらそれを公称にしたみたい。自分でも名前がたくさんあるのがめんどうだと思ってたのかもね。ちょうど良い機会だってそれに決めたんじゃないかしら。気まぐれな人だもの」 「ふーん」 最終的にはオーフェンと同じ結論をクリーオウも出した。 さすが夫婦とも思うが、両親は似た者同士である。 「でも父さんもコルゴンって呼んでたんだから、それも入れてあげれば良かったのにね」 「……そうね。そう考えるとどうしてなのかしら……」 そう言ったが最後、クリーオウは自分の思考に入ったようだった。 ラッツベインとしては、もしかして三角関係ではないかと考えたくもなる。 が、聞いたところで両親は否定するだろう。 エド・サンクタムは答えてもくれないはずだ。 しかしとても気になる。 どのみち深刻な問題にはならないはずなので、ラッツベインも母と同じように思索にふけった。 2010.10.17 なんでそれなんだと気になるところではあります。 たぶんどなたかもおっしゃっていたような……・ にしても、20年経っても名前増えなかったのね! |
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