□ Wedding rings □


「結婚指輪かぁ……」
とある休日ののどかな午後、ラッツベインは新聞の折り込みチラシを見て、うっとりと独りごちた。
最近流行の、チャペルウェディング。
宝石会社と提携でもしているのか、その広告の裏面半分が、新郎新婦の指輪交換の場面、そのさらに半分はやたらでかい宝石の付いた指輪の写真だった。
バラを模しているのか、過剰に装飾されたいかにも高価そうな逸品。
大半の乙女たちが憧れそうな指輪だった。
いつか自分も、こんな指輪をもらってプロポーズされてみたい――そんなことを思う。
そして両親のようにいつまでも仲の良い(というか、もう少しくらい控え目のが良いかもしれない)夫婦でいたい。
そんな空想に浸りながら、ラッツベインは夢見心地の延長で母クリーオウを見た。
そういえば、クリーオウの指輪はどんなデザインだっただろうか。
今まであまり気にしていなかったけれど、さぞかし美しいに違いない。
なぜならクリーオウは生まれ故郷では有数の商家の娘だったのだ。
当然、指輪に限らずモノを見る目は確かだろう。
そして父は、今さら確認するまでもなく母を溺愛している。
そんな父が、母に対して愛情という名前の金を惜しむはずがなかった。
時代遅れとはいえ、一見の価値あり。
母は今、ディープ・ドラゴンと戯れている最中だった。
娘の中ではディープ・ドラゴンと最も仲の良い三女が外出しているため、気兼ねなくじゃれているのである。
その母を見て数秒、ラッツベインは徐々に硬直していった。
(…………あれ?)
クリーオウの左手の薬指に、指輪がない。
左手は間違いだったかもしれないと、右手も一応見てみたが、そこにも光るリングはなかった。
見逃しただけかと数分以上も観察するが、どうしても見つけられない。
(あ、もしかして馬鹿には見えない指輪とか、そーゆうのかも♪)
と苦しくおどけてみるが、そんなわけがなかった。
確実に、絶対にはまっていないのである。
結婚後、太ってしまい指輪が入らなくなったという話はよく耳にする。
しかしその線でも、ラッツベインの母親は該当しそうになかった。
この夫婦に限って、既婚の証しだと一目で分かるアイテムを身に付けていないとは。
現在の母はそれなりの年齢なのでともかくも、昔なら男が放っていないだろう。
当時は大陸でもっとも有名なカップルだったとしても、全員が知っているわけでもあるまい。
いちばん解せないのは、父が指輪を使ってクリーオウのことを自分の妻だと主張していないことだった。
クリーオウが嫌がるならまだしも、そう言う風には見えない。
「母さ――」
「お、楽しそうだな」
意を決して、ラッツベインが訊ねようとした瞬間、お約束とも言うべきか最悪のタイミングで邪魔が入った。
なぜ今なのだろう。
シャワーを浴びてきたらしいオーフェンが、にこにことクリーオウに話しかけていた。
「あ、オーフェン。お疲れ様。エッジはまだ外?」
「そ。いつもの自主練。やっぱまだ若いよな」
そう言ってからりと笑いながら、父はそのまま床に座る。
当然、母の隣である。
ラッツベインのことはいつも通りスルーされた。
普段なら思うこともあるが、今日に限ってはそれどころではない。
彼女はさらに緊張して、今度はオーフェンの左手を注視した。
(…………………………ない…………!)
やはり両親とも指輪をしていない。
これはもう間違いなかった。
別にしていないのが悪いのではない。
指輪をしない夫婦も多いはずだった。
それでもこの夫婦に限ってと思うのは、普段とのギャップによるものだろう。
実害はないものの、軽くショックである。
ラッツベインはごくりと唾を飲み込んだ。
乾いた唇を舌で湿らせてから、口を開く。
「父さんと母さんさ」
呼びかけると、二人と一匹は同時にラッツベインに振り向いてきた。
「なんで二人とも指輪してないの?……結婚指輪」
心底疑問に思ったためか、意外にもするりと訊くことができた。
二人はほんの少し首をかしげ、すぐにうなずく。
「ああ、おそろいのは持ってないのよ」
はじめに答えてきたのはクリーオウだった。
かと思いきや、クリーオウの答えを、オーフェンがすぐさま付け足した。
「結婚した時は日用品でさえ不足気味だったからなあ。指輪どころじゃなかった。でもちゃんと、それから何年後かはダイヤのリングをやったんだ。えーと、この……て……あれ、そういやはめてない……?なんで……?」
自信満々に解説していたオーフェンだが、母の薬指に指輪がないことに気づき、急に不安そうになる。
クリーオウのそばにいるだけで幸せそうな彼だから、気にしていなかったのだろう。
気付いたとたん、父はおろおろし出した。
(今さらうろたえるなら、はじめから危機感持ってよ)
ラッツベインも、今日初めて気付いたのは同じだが。
これは遺伝だろう。
心配そうなオーフェンに、クリーオウはにこっと笑った。
「出かける時なんかはしてるわよ。でも普段は家事をしてるから邪魔になっちゃうのよ。汚したり傷つけたりするのも嫌だし」
「あ、そっか……」
母の説明に、父はほっとしたように胸をなでおろした。
納得できたのか、もうすでにご機嫌である。
「んじゃ今から二人で買いに行くか?結婚指輪」
「……今さら?それにオーフェンの場合は邪魔になるんじゃないの?」
「戦闘の話か?俺は魔術が主だし、特に問題ないだろ。違和感あるようならチェーン付けて首飾りにでもするさ」
「そう?だったら……少しお店のぞいてみたいかも♪」
「よしきた」
ぽんとひざを叩き、オーフェンが嬉しそうに立ち上がる。
「ラッツベインも一緒に来る?」
父に手を借りて立ち上がりながら、クリーオウはラッツベインを見た。
「ううん。いい……」
彼女は苦笑いを浮かべ、首を横に振る。
二人のデートについていきたいとは思わない。
答えると、クリーオウはくったくなくうなずいた。
彼女の両親は、本日もまた無駄に仲が良いようだった。






2010.8.11
指輪……してるのか?と思って書きました。
あの平和な家族ならしててもおかしくはない。
アクセサリーが嫌いな人でもないですしね。

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