□ 秘伝のレシピ □


学校からの帰りは、馬車に揺られること約一時間。
娘全員が本日の報告を余すことなく父親であるオーフェンに話し終えたころ、ラッツベインたちの家が見えてくる。
フィンランディ家。
その響き(響きだけは)にふさわしい、かわいらしい概観の建物。
二本ある煙突の一本からは、料理中ということを示す煙がもうもうと立ち込めていた。
その様子はなかなか豪快で、本日の献立は気合が入っていると予想できる。
彼女たちの母親は料理上手なので、それを思い出すととたんに腹が鳴った。
今日もまた必要以上に体力気力を使ったので、早く食事にありつきたい。
そんなことを思っていると、散歩中だった飼い犬――レキが、馬車を追うように駆けてくる。
しばらく並走し、馬車が止まるとまっさきに降りた下の妹のラチェットに突進した。
ラチェットもまたそれに大喜びでじゃれあった後、いつものようにレキの背中に乗って家まで戻っていく。
一連の騒ぎが終わった後、これもまたいつもと同じように母親であるクリーオウが家から出て、家族を出迎えてくれた。
「おかえりなさ〜い♪」
エプロン姿の母が元気なのはいつものことだが、今日はやけに機嫌が良い。
何か良いことでもあったのか?くらいに心に留めて、ラッツベインも笑顔を返した。
「ただいま」
「ただいまー」
口々に言うと、クリーオウはまたとても嬉しそうに微笑んだ。
今日は本当に機嫌が良いらしい。
別段悪いことでもないので、ラッツベインはいつものように家の中に入っていった。
家に入り、手洗いうがいをし、キッチンをのぞく。
「今日はなにかなー」
普段は匂いで食事の内容がわかることがあるのだが、今日は微妙に何だかわからなかった。
トマトソース系の匂いだろうか。
とりあえず、おいしそうな匂いはする、と思う。
コンロの上でぐつぐつと煮える鍋のふたを取ろうとすると、クリーオウが声をかけてきた。
「お腹すいた?」
「あ、うん。ごはん何かなーって」
「今夜はシチューよ。もうちょっと待っててくれる?」
「手伝おっか?」
「大丈夫。ラッツは座ってて」
「あ、うん」
伸ばしていた手を引っ込めて、母の言葉に素直にうなずく。
居間へ行くと、全員がくつろぎはじめたところだったらしい。
ソファにオーフェンとエッジが、カーペットにラチェットとレキが思い思いに過ごしていた。
何となく暇を持て余すような気分で、ラッツベインもソファに座る。
するといくらもしないうちに、クリーオウがトレイを持って居間にやってきた。
テーブルに手作りクッキーの載った皿と、人数分の冷たい飲み物の入ったグラスを置く。
「ごめん、もうちょっとでできるから、少し待ってて」
「うん……ありがと……」
おそらくラッツベインのことを気遣ってのことだろう。
にっこりと笑うクリーオウに、ラッツベインはどぎまぎと礼を言った。
母は、にこっと笑いまたキッチンへ消えていく。
そして鼻歌交じりに料理中を再開させる。
「これは……」
この感覚には覚えがある。
家族を見回すと、姉妹は全員気づいたようだった。
「母さんの機嫌が良すぎる……」
「と、いうことは……」
「今日のごはんヤバイよね」
口々に告げて、全員でうなずく。
いつもは家事のスペシャリストであるクリーオウは、たまに作り方さえ不明な料理を食卓に出してくる。
少々まずいくらいなら無理やりでも食べるが、そんなレベルは遥かに超えていた。
しかも本人に悪気がないから性質が悪い。
ついでに、この家のボスは母なので、逆らえる人間が誰もいないのが難点だった。
母の機嫌が良いのはいいことだと思う。
家の中が明るくなるし、会話も弾む。
クリーオウはこの家のボスであると共に、この家のムードメーカーでもあった。
ただ、良い面ばかりでないことだけが困りものなのである。
(父さん、母さんに何かした……?)
三姉妹はそろって父を見つめ、胸中で問いかける。
だが、声に出しては聞けない。
聞くのが怖い。
父は無関係かもしれないが、それでも聞くことはできなかった。
母をいちばん怒らせるのは父、そしていちばん機嫌を良くさせるのも父なのだ。
良くさせる場合、具体的には何なのか。
夫婦の間にあったことなど、娘が聞けるはずもない。
「……ん?どうかしたか?」
家に帰ったとたん全開に気を緩めた父が、ようやく娘たちの視線に気づく。
が、こちらの言いたいことに――当然というべきか――父が気づくことはなかった。
だからまた、フィンランディ家は何がなんだか分からない試練を今日も受けるのだ。






2010.9.12
アンソロ功労者だるyuukiさんに捧げます。
今度はもっとうまくできたものを捧げたいなぁと思いつつ。
ありがとうございました!
【追記】
yuukiさんよりイメージイラストをいただいてしまいました(><)すごーいいいいいい!!
こちら!!
なんかもう感激で涙が・・・!ありがとうございました!

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