穏やかで、何不自由のない生活。 元気いっぱいに育って大きくなった、三人のかわいい娘たち。 出会ったころから変わらずに友達でいてくれるディープ・ドラゴン。 一家を支え、自分を愛してくれる旦那様。 クリーオウの人生はどう考えても順風満帆で、現にこれといった悩みもなく、本当に幸せだった。 何でも話せる友人もおり、人間関係も良好、不足しているものなど何もない。 しかし、彼女の愛して止まない幸せなその人生にほんの少しひびが入ったのは、その友人と話している時だった。 「それって、押しかけ女房じゃないの?」 「……押しかけ女房?」 友人が返してきたあまりよろしくないその響きに、彼女の頬が少し引きつった。 半ば呆然と、視線だけで問い返す。 「まだ両想いじゃない時に、あなたの方から強引に旦那さんの生活に割り込んだんでしょ?だったらそういうことになるんじゃないの?」 「でも……彼は嫌がってなかったし」 「そりゃ本気で嫌だったら追い出すでしょうね。けど押しかけ女房って、たいていはまあいいかから始まっていつの間にかって感じじゃないの?」 「………………」 傷ついた。 間違いなく傷ついた。 自分の清らかで愛しい思い出に、どうしてそんな酷いことを言うのだろう。 思い切り非難のまなざしを向けるが、友人は運ばれたばかりのフルーツケーキに舌鼓を打っている最中だった。 自分の目の前にも同じケーキがあるが、心が重くて食べる気になれない。 クリーオウは無言で席を立ち、自分の分のケーキ代をテーブルに置く。 自分の様子にフォローはないのかと期待するが、五秒待っても声がかからない。 怒りたくても、ショックが大きすぎて怒鳴る気力すらなかった。 この友人とはしばらく会ってやらないと密かに決心し、クリーオウはフラフラと家に帰った。 「押しかけ女房?」 子供達も眠りにつき、静かになった居間のソファで、クリーオウは話の顛末を愛しの旦那様に語った。 旦那様、つまりオーフェンは、それに視線を上に向けて考え込む。 そのしぐさを見てよく思うのだが、彼の頭の中には辞書のようなものがあるようだった。 今も押しかけ女房という単語を検索し、きっとまじめに吟味している。 そして、出した答えが、 「……そうなんじゃないか?」 肯定だった。 言ってからもう一度うなずき、オーフェンは自分の答えに納得する。 「うん、そうだ」 間違いないと言いたげに、彼はさらに自信ありげにまたうなずいた。 そのことが信じられなくて、クリーオウは目を見開く。 「どうしてよっ!?」 「いや、だって、お前が俺を追っかけてきたってことはそうなんじゃないか?気がついたら隣にいたし」 認めたくなくて掴みかかるが、オーフェンはごく冷静だった。 彼女に襟首を掴まれていても、まったく動じない。 だからというわけでもなかったが、クリーオウは彼をがくがくと揺さぶった。 「オーフェンだって嬉しそうにしてたじゃない。不本意だったとは言わせないわよ!?意外に手も早かったし!子供だってすぐに作っちゃったし!」 「そりゃあ俺も好きになったからそうしたけど。でもしれは押しかけ女房を否定する根拠にはらなんだろ」 「……!」 あっさりと言ってくる。 クリーオウが欲しかったのは、そんなことないさ、とか何とか優しく笑う旦那様の言葉だったのに、これでは話が違う。 がっかりだった。 本当にがっかりだ。 失望である。 彼女は力なく首を振って、オーフェンの服をぱっと離した。 悲しすぎて立ち直れない。 「クリーオウ?」 彼女の気持ちも知らないで、彼は機嫌良さそうな声でのほほんと聞いてきた。 うつむいたクリーオウの顔を覗き込んできたが、ぷいと目を逸らす。 優しげなその態度が、とてもムカついた。 こんな男には、もう期待すまい。 クリーオウは無言でふらりと立ち上がり、彼に背を向けた。 「どこ行くんだ?」 背後から、これまたオーフェンの平和そうな声。 対して、クリーオウは努めて短く、冷たく返した。 「お風呂」 「ふーん」 こうなったら最後の手段として、風呂に入ってさっぱりするしかない。 ゆっくりと湯船につかって、一人きりの時間を味わいながら疲れを癒そう。 そう決めたのに、なぜかオーフェンが後をついてきた。 気持ちが冷めた今では、単にうっとうしく感じる。 「……なに?」 不機嫌な声で尋ねるが、オーフェンは嬉しそうに笑っていた。 「一緒に入ろうかと思って」 「オーフェンはもう入ったでしょ」 言うが、彼は聞いた風もなくうきうきと続けた。 「なぐさめてほしかったんだよな。今、それに気付いて。押しかけ女房なんて言って悪かったよ。もちろん来てくれて本当に嬉しかったんだぞ?お前以外の女だったら、押しかけられても無視しただろうし。お前だったから俺は受け入れたんだからな。俺もあの時は迎えに行けるような状況でもなかったから、来てくれてよかったよ」 「………………」 あくまでもオーフェンはクリーオウの方から好きになったと主張したいらしい。 間違いではないだろうが、そう言われておもしろいわけがなかった。 それをこの男は気付いていない。 脱衣所に入り、彼女はオーフェンの鼻先でぴしゃりとドアを閉めた。 鍵も忘れずにかける。 「……クリーオウ?」 ドアの外で、戸惑ったような彼の声が聞こえてきたが、クリーオウは無視した。 こういうことはいつものことで、それ故にお互いに慣れている。 ただ今回も、扉越しにオーフェンのしょぼんとした気配が伝わってきた。 可哀そうだからと、ドアを開けてやるつもりは毛頭ないが。 着替えを用意し、黙々と服を脱いでいく。 「ほんとに……嬉かったんだぞ?来てくれて」 まだそれを言うか。 むっとして思わずボタンを外す手を止めるが、ふと考え直した。 たしかにクリーオウは彼のことを追いかけたが、その時はまだ恋愛感情ではなかった。 オーフェンと対等になりたかったのと、彼の間違いを正そうとしたのだ。 恋人になりたいとか、そんなことではない。 ただ隣にいただけであり、寝る部屋も別だったのに、先に手を出してきたのはオーフェンである。 だからやはり、押しかけ女房という言葉はおかしい。 それに今現在は、オーフェンは彼女にべったりであることだし。 そう思うと、ようやくすっきりした。 ただし、ドアは当然開けてやらなかった。 2010.5.28 冒頭が書きたかったので、後半がうまくまとまらず。 自分の中のノルマは果たせたので、とりあえず及第点。 タイトルに迷いました。 そのまんまと、「Yes,I do.but…」と。でも、これはやっぱね(苦笑) |
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