その日、今回もまた大した問題なく、キース・ロイヤルが船長をつとめるスクルド号が入港した。
オーフェンはそれを見て、こっそりと溜息を吐く。 あと数日、早く到着すれば良かったのにと、思わずにはいられなかった。 夕方、本日もどうにかこうにか仕事を終え、オーフェンは家に帰ってきた。 見上げるそれは、文句なく自分の家である。 まだ建てたばかりの家。 よほどのことがなければ――極端な話、家が消失するようなことがない限り、一生住むであろう家。 まだ新しい建物をながめつつ、オーフェンは馬車を降りて小さく息を吐いた。 右手を体の後ろに隠し、送ってくれた御者に礼を言う。 馬車が再び走り出した時、その音を聞きつけたのか、彼の家から彼の妻が姿を見せた。 新妻は、犬サイズになったディープ・ドラゴンと一緒に嬉しそうな表情をして彼を出迎えてくれる。 その笑顔につられて、オーフェンもまた頬を緩めた。 「おかえりなさい」 「……ただいま」 まだ慣れないあいさつをして、近づいた妻――クリーオウと軽く唇を重ねる。 (……甘い) その感触に心がじんわりと温かくなる。 すぐ離れてしまうのは惜しかったので、さらに彼女を抱き寄せて数秒はくっついていた。 自分たちはまだ新婚なのだから、これくらいのことは当然する。 誰にともなくそう言い訳をしながら、オーフェンはとりあえず満足して彼女からゆっくりと離れた。 きらきらした青い瞳を見つめると緊張したが、深く息を吸って気持ちを整える。 そして体の後ろに隠していた右手を、彼はクリーオウに差し出した。 「遅くなったけど、これ、誕生日プレゼントだ」 手にしていたのは、決して大きいとは言えない花束。 十本ほどしかないのだが、これだけでもかなりの贅沢品だった。 こちらではまだ花屋などという余裕のある商売をする人間はいない。 今はまだ心の豊かさよりも、衣食住を優先する時期だった。 「……これって……わざわざキエサルヒマから取り寄せたの?」 「そう」 やはり彼女には分かったらしい。 身重の妻とディープ・ドラゴンとを家へと伴いながら、オーフェンはうなずいた。 この大陸にも少しくらい花はあったが、毒があるかもしれないので、なるべく触らないようにしている。 それに長年品種改良をした花と比べると、形もそろい方も、歴然とした差があった。 ただの自己満足かもしれないが、どうせプレゼントをするのであれば、少しでも良いものを贈りたい。 「……ありがとう」 ぽつりと、クリーオウは心底嬉しそうにつぶやいた。 うつむいていて顔は良く見えないが、それでも彼女は微笑みを浮かべている。 それを見ると、プレゼントして良かったという気持ちがうずまいた。 できれば、クリーオウの誕生日当日に渡してやりたかったのだが。 当日まで船が着かないと知って、オーフェンはとてもがっかりした。 このことは隠していたため、他に贈るような品は何もない。 素直に告げると、クリーオウは自分が誕生日を祝ってくれただけで嬉しいと言ってくれた。 本心からそう思っていることが分かって、オーフェンは混乱さえしたものだ。 大したこともしてやれないのに、分不相応にも愛されすぎではないか。 むしろこれは夢ではないのかと。 けれどクリーオウはとても温かかったので、現実なのだと何度も実感した。 それを思い出して苦笑しながら、オーフェンは妻をソファに座らせる。 そして、ポケットから手の平ほどの紙袋を取り出した。 「これは?」 花束を抱いたクリーオウは、それを見てきょとんと瞬く。 オーフェンは小さく笑いながら、紙袋の中身を見せてやった。 「花の種だ。お前、いつか庭を花でいっぱいにしたいって言ってただろ。鉢植えのほうが簡単だったんだろうけど、場所取るからその花束の分だけで限界って言われて。お互い妥協した結果、これになった」 袋の中はさらに小さな袋がぎっしりと詰まっており、花の種類ごとに小分けされている。 もし全部咲いたとして、これでどれほどの量になるのかオーフェンには見当もつかなかった。 「種からだと育てるのは大変だろうけど、ないよりはいいかなと。今度一緒に植えてみるか?もしかしたら、数年後には立派な花が咲くかもしれない」 「……うん、ありがとう」 どういたしまして、と言おうとしたが、その時にはもうクリーオウの顔が間近にあった。 こんなことくらいで喜んでくれるのだから、自分は本当に愛されている。 不思議なほど幸せを感じながら、オーフェンは彼女を抱きよした。 2010.6.4 不発、という言葉が浮かびました。 これはネタ(種、ですね:笑)は前から浮かんでいたのですが、ずっと放置していたもの。 やはり心の中でしっかりと育ててやらないとダメですねー。 |
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