□ BABY □


自分の子供が生まれる喜び。
愛する妻の腹の中に新しい生命が宿り、オーフェンは毎日子供が生まれる日のことやその後のことを想像していた。
男の子が生まれるのだろうか、それとも女の子か。
髪の色は金なのか黒なのか。
瞳の色は。
顔はどちらに似るのだろうか。
妻――クリーオウと尽きることなく話をしながら、オーフェンは同時に不安も抱えていた。
彼女の腹が少しずつ膨らむたび、同じように彼の不安も膨らんでいく。
はじめは考えないようにしていたが、そろそろ一人で悩んでいるのも限界だった。
もともとクリーオウから聞かされるのを待っていたのだが、一向にそんな気配がない。
だが急に聞かされるよりは、心の準備をしておきたかった。
静かな夜、二人でソファに腰かけ、彼女の腹に手を添えて尋ねる。
「なぁ、里帰り……するのか?」
「ん?」
おずおずと話しかけると、クリーオウはかわいらしく首をかしげた。
やっと背中まで伸びた髪が、さらりと流れる。
本気で不思議そうな顔をされたので、彼は苦笑した。
問いかけが唐突すぎて通じなかったらしいので、今度は丁寧に質問を言い直す。
「たいていは子供が生まれる前から女は実家に帰るんだろ?だから、お前もするのかなって、思ってさ」
もし彼女が実家に行くのであれば、そろそろこちらを出発しなければならない時期である。
長期間の船旅もあるので、今の体調の良い間に移動すべきだった。
あまり遅くなりすぎると、母子ともに危険が増すような気がする。
それだけは何としても避けなければならない。
しかしクリーオウは彼の心配をよそに、あっさりと首を振った。
「しないわよ。わたし、こっちで産むもの」
「けど……むこうのほうが設備とかもいいし、安全じゃないか?」
キエサルヒマはようやく戦争も終わったらしいが、まだごたごたしているのでトトカンタに帰れない可能性も高い。
けれど、船が着くのは大都市アーバンラマなので、トトカンタと同等の医療機関がそろっていた。
知り合いに頼めば、おそらく最高基準の病院を紹介してもらえる。
船旅のことをかんがみても、キエサルヒマのほうがどう考えても安全そうだった。
「大丈夫よ。わたしが初めて生むわけじゃないもの。お医者さんもいるし、みんなちゃんと産んでるでしょ?」
「…………」
そうは言っても、まだ例が少ない。
大病院の何百、何千という実績を思うと、こちらでの出産は実験例とさえ言えた。
特に彼女は初産であるし、リスクは大きいだろう。
こんな簡素な設備では、対応しきれないかもしれない。
「産んでからも俺が昼間は忙しいし。人を雇うにしろ、心細くないか?ティシティニーならしっかり世話焼いてくれそうだし……」
色々と心配事が多く、オーフェンはなおも食い下がった。
というより、急に心変わりされるよりは、早めに心構えしたいのである。
するとクリーオウはそんな彼を見て、深々とため息を吐いた。
「そんなにわたしをキエサルヒマに行かせたいの?オーフェン、浮気でもするつもり?」
「……」
そんなわけがないではないか。
オーフェンが拗ねた目で見ると、彼女は困ったように苦笑した。
「けど、もしわたしがキエサルヒマに帰ったらどうするの?今から出発したとして、産むのは三カ月か四カ月後でしょ?」
「まぁ……な」
オーフェンが寂しいからと言って、まさか臨月まで引き止められるはずもない。
オーフェンは素直に相づちを打った。
「無事に産んだとして、またこっちに戻ってくるわけでしょ?でも、産んですぐに戻ってこられるわけないじゃない。赤ちゃんのことが心配だし、急がなきゃいけない理由もないから、最低でもまた三カ月くらいは必要よね」
「そうかもな……」
さらりとした響きだが、年月を聞かされるだけで気が遠くなる。
たった数カ月であっても、クリーオウのいない時間を想像すると、とてもつらそうだった。
赤ん坊などは、たった三カ月でも予想を越えて大きく成長するだろう。
子供の日々の成長を見ることができないのは、やはり寂しいと思う。
「それだけで半年よ。最低でね」
「……長いな」
うなずくと、クリーオウもまたまじめな顔でうなずいた。
「そう、長いのよ。それに、もしよ。運悪く、キエサルヒマから出発できないってなったらどうするの?その間ず――っとオーフェンひとりぼっちよ?赤ちゃんの顔も見れないまま」
「………………いやだ」
真剣な表情で脅され、ついうっかり本音をこぼしてしまう。
しまったと後悔したが、それを見たクリーオウはしてやったりとでも言うように、満足そうに笑った。
自然に出た表情だろうが、その笑顔がたまらなく愛しい。
思わず、オーフェンは隣のクリーオウをぎゅっと抱きしめた。
何か言おうとしていたところを遮ったので、彼女がびっくりしている。
かまわず、オーフェンは告げた。
「お前がここで産むって決めたなら、もうそれでいいさ」
「そうよ。それに、わたしがいなくなったらオーフェン泣くでしょ?」
いたずらっぽく笑いながら、彼女が抱きしめ返してくる。
それはどうかと思ったが、オーフェンは言い返さなかった。
そういうことにしておこう。






2010.4.4
こういう内容が浮かんだので、文章にしてみました。

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