「船が着いたってさ」 オーフェンが話しかけたのは、最近自分の妻になってくれたクリーオウだった。 報告を受けた彼が、別の場所で仕事をしているクリーオウを呼びに来たのである。 彼女は作業の真っ最中だったが、すぐさま仕事を放り出し、近くで待っていたオーフェンに合流した。 自分もそうだったが、彼女も同様に楽しみなのだろう。 船を迎えることは、新大陸のイベントの一種だった。 何しろ船は、この大陸にはない物資を大量に届けてくれる。 食糧や便利な道具、不足していると感じた荷物。 最低限の生活はキエサルヒマの援助なしでも行えるが、文明になれた人間にとって、船のもたらしてくれる恩恵は特別だった。 何よりも自分たちがまだキエサルヒマとつながっていると感じられる安心感がある。 諸々の理由から、船の入港を歓迎しない人間など一人もいなかった。 「今回は少し遅かったわね。海が荒れたのかしら?」 「それよりも荷物の搬入に手間取ったんじゃなかな。はじめのころの食糧だの大工道具だの、むこうの想定しているものなら準備は早いだろうけど、こっちの要求はどんどん細かくなってきたし」 少し興奮気味の彼女に、オーフェンが苦笑しながらも上機嫌で答える。 クリーオウもまた笑顔で相づちを打ってきた。 「殺鼠剤とかね。わたし、キエサルヒマにいるとき、そんなの使ったことなかったもの」 「少量ならどうにかなるだろうけどな。単位が大きければ用意するのも大変だろうさ」 「うん」 言っているうちに、アキュミレイション・ポイントが見えてきた。 早くも船から次々に荷物が運び出され、港はちょっとした騒ぎになっている。 仕事をする人々の邪魔にならないよう、オーフェンは彼女を伴い港のすみへ移動した。 船には近く、それでいて人があまり寄らない港のふち。 それだけに荷出しの様子がよく見えた。 「今回は何が届くかしら」 わくわくした様子で、クリーオウがオーフェンを見上げて訊いてくる。 彼女が言っているのは、こちらが要求しなくても、船の空いた場所を使って運ばれてくる物のことだった。 トランプや本といった、娯楽の類があちらの好意で少量ながらいつも入っている。 自分たちの注文した荷物もさることながら、クリーオウはそれを特に楽しみにしていた。 理解できなくもないが、彼は首をかしげる。 「欲しい物があるなら言えばいいのに」 「何言ってるのよ、オーフェン。何が来るのか分からないから楽しいんじゃない」 どこか誇らしげに、クリーオウは断言してみせた。 それにオーフェンは苦笑して、ぽんぽんと彼女の金髪を叩く。 しばらく二人して雑談していると、独特の気配を感じ、オーフェンは視線を転じた。 その先に、妙な男の姿が目に入る。 港は人でごった返しているので、どんな人間がいてもおかしくはない。 が、その男は他よりも気配が薄かった。 ゆえにまわりからは気にもされないが、むしろオーフェンにしてみれば警戒する対象となった。 さりげなくクリーオウを背中にかばいながら、相手を注視する。 しかし、急にその人物が誰なのか、分かってしまった。 いるはずがないが、いてもおかしくはない――そんな人物。 「……コルゴン」 苦くうめく。 名前を呼ぶと、少し距離があるにも関わらず相手もこちらに気づいた。 きょとんとして、その場に立ち止まる。 この男なら、いつこちらに攻撃をしかけてきてもおかしくはない。 だからいつまでも固まってはいられないのだが、オーフェンは小さく震えてコルゴンを見つめていた。 脳裏に、様々な言葉が浮かぶ。 「オーフェ……ン?」 彼のうしろにいたクリーオウが、どうしたのかとオーフェンの名前を呼ぶ途中、コルゴンを見つけてやはり絶句している。 彼女の声はオーフェンに、より鮮明に記憶を思い出させた。 「……お前たち」 気まずげに、コルゴンが声を出す。 それに、オーフェンの中で何かが弾けた。 思考は停止したまま、本能だけで動く。 頭に血が昇ったオーフェンは、くるりと振り返って、クリーオウの頬を両手で挟んだ。 そして、目を丸くしている彼女に、思いきり口付ける。 「?……!?」 突然のことに彼女は少し間を空けてからバタバタと暴れ始めた。 が、そんなことは気にせず、オーフェンはコルゴンに見せつけてやる。 そのためクリーオウとのキスは、十秒やそこらではとても足りなかった。 「……っ!んー!!」 普段はおとなしくしている彼女も、今回ばかりは羞恥心からか、なかなか静かにならない。 こんな時だったが、オーフェンはそんな彼女をかわいいななどと思っていた。 心を込めたキスはまた後でするとして、今はとにかく子供っぽく唇を押し付ける。 コルゴンには自分たちの仲の良さが伝われば十分だった。 最後は、わざと大きな音を立てて唇を離す。 ぜいぜいと息をするクリーオウをオーフェンは思いきり抱きしめ、再度くるりと振り返った。 相も変わらずきょとんとしているコルゴンときつくにらみつける。 「どうだ!」 「…………………………どうだ、とは……?」 「てめえには言ってやりたいことは山ほどあるしいっそのこと殺してやりたいが、けどこれがいちばん効果的だと思ってな!」 「…………?」 ますますコルゴンは不思議そうに首をかたむけた。 本当に戦闘時以外の彼は、とことん鈍い。 「今の俺はな、超幸せだぞ!」 「…………」 「超好きなクリーオウと結婚したし、はっきり言って人生バラ色だ!」 「……良かったな」 「おう。ざまーみやがれ。言っとくが、クリーオウにごめんなさいって謝るまで口きかねえからな!」 言うだけ言って、コルゴンの返事も待たず、三度オーフェンはくるりと振り返った。 今度は彼女の肩を抱いて、ずんずんとコルゴンから離れていく。 こんな程度で腹の虫がおさまるはずもないが、クリーオウそっちのけで殴り合いという気分ではない。 それに、力ずくで謝らせるよりは、すすんで謝らせたかった。 「……謝るまで口きかないって、オーフェン本気?」 怒りそびれたようなクリーオウが、彼に連れられながら疑わしげに聞いてくる。 それにオーフェンは、もちろんだと大きくうなずいた。 「話しかけてきたらどうするの?」 「無視する」 きっぱりと宣言する。 彼の大切な大切なクリーオウが、思い出すのもおぞましいほど酷い目に合ったのだ。 そのくらいは当然だった。 ここであっさり許してやるなど、とても考えられない。 許してしまったら、それこそクリーオウに対して失礼であるとさえ思った。 オーフェンは誰よりも彼女の味方でありたい。 彼の決意を感じたのか、クリーオウはくすっと笑った。 「さっきの、わたしのこと超好きって、ホント?」 彼女はいたずらっぽい顔でにんまりと聞いてきた。 からかっているつもりだろうか。 「ホントだぞ。超好き」 真顔で肯定すると、クリーオウのほうが照れたように笑う。 「わたしも、オーフェンのこと超好き」 「…………」 それこそ超かわいかった。 まさに人生バラ色に見える瞬間である。 「……さっき、ごめんな。あいつの前で無理矢理キスして。今から二人きりで、ちゃんとキスしようか」 「謝ってるんだかそうでないんだが、良く分かんない言い方ね」 「んー、謝ってるけど、口説いてる……のかな?」 「……こんな風にオーフェンが変わるっていうのは、わたしも予想外だったわ」 うめくように言うが、それを彼は許可だと受け止めた。 にやりとして二人きりになれそうな場所を思い浮かべる。 この際なので、荷物の点検は後回しでも良いだろう。 どうせ待っていたところで、すぐに配られるわけでもないのだし。 ちらりと背後を見やると、コルゴンはすでにその場から去ってしまったようだった。 彼ならば、自分の助けなしでもどうにかするだろう。 そして最後にはオーフェンと一緒に行動しようと考えることも、楽に想像できる。 が、コルゴンがクリーオウに謝るまでは、絶対に許すつもりはない。 コルゴンがいつ謝ってくるか、問題はそれだが――オーフェンにはどうでも良いことだった。 2010.3.26 後半、オーフェンの脳味噌が溶けて暴走しました。 謝るまで許さないっていうのは考えてなかったですが、オーフェングッジョブ! |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||