広がる空が紅に染まり、今日もまた、一日が終わる。 オーフェンは呪文を唱えて魔術を放ち、空の紅に魔術の色を加えた。 人を焼く炎。 今日の死者は二十三名――数の上では少ないほうだろう。 けれど、例えそれが一名だったとしても、少ないといえるはずがない。 なぜならそれは命だからだ。 誰にとっても、尊い命だからだ。 背後で遺族たちの泣く声を聞きながら、オーフェンは一人ずつ魔術の炎で焼いていった。 火力を上げているため、人間の体は一瞬で燃え尽き、そして灰しか残らない。 その灰は遺族らが、遺族もいない者は他の者が、大切に壷に納めていく。 そうしてオーフェンは自分の役割を終えると、墓と、今日死んでいった者たちと、そして遺族に礼をし、その場を去った。 胃の中には蠢くものがあり、自分もここでいつまでも感傷に浸りたいという気持ちはある。 しかし家族を失った者たちの前でそんな真似ができるわけもなく、彼は淡々と足を運んだ。 だんだんと暗くなっていく森の中を、何かに堪えながら黙々と進んでいく。 どこへ向かったつもりはない。 が、自然と足は彼の家へ向かっていたようだった。 とはいえ、距離があるため家へたどりつくまでにはまだまだ歩かねばならないのだが。 「オーフェン」 呼び止められて――オーフェンはびくりと立ち止まった。 けれど森の中で彼の名前を呼んだ人物を見つけて、息を吐く。 なぜかそれは安堵の息だった。 クリーオウは森の中でも見失うことがないくらい――それは彼女が金髪だからかもしれないが――輝いて見えた。 こちらは心までが深く沈み、闇に溶け込んでしまいそうだったというのに。 それでも彼女は自分を見つけてくれたらしい。 オーフェンは草を掻き分けながら早足で歩いてくるクリーオウを、笑顔で迎えた。 「どうした?」 聞いてやる。 「うん」 クリーオウはうなずくと、こちらの首に両腕をまわし、ふわりと抱きついてきた。 「……服が汚れるぞ」 温かい彼女を抱きしめ返しながら、ぽつりとつぶやく。 むろんクリーオウも今日一日働きづめで、汚れているのは同じである。 けれど彼女と自分とは、汚れかたが違うように思えて、申し訳ない気がした。 「大丈夫よ。……お疲れ様」 「……ああ」 答えて、目を閉じる。 ひどく疲れていた。 問題は山積みだったが、それよりも人が死ぬということは何よりも重い。 押しつぶされそうな重圧に耐えようと、オーフェンはクリーオウの体を強く抱きしめた。 彼女の体は柔らかく、とても心地良い。 比べてならないことは承知の上だったが、彼女が生きていてくれて本当に良かった。 いなくなってしまえば、自分はすぐにでも潰れてしまう。 それを思い知るたび、オーフェンはクリーオウの存在を何度でも感謝した。 この大陸で、彼が無防備でいることを受け入れてくれる唯一の存在。 心と体が落ち着くまでの長い間、彼はクリーオウの温もりに甘えさせてもらった。 「わたしのせいかな」 日が暮れて森が暗くなったころ、腕の中のクリーオウが小さくうめく。 彼女の言葉には主語すらなかったが、言おうとしていることを察し、オーフェンは即座に否定した。 「お前のせいじゃない。……絶対に」 今日、彼女のすぐそばで人が死んだ。 自分もそこにいたので、その光景ははっきりと覚えている。 混乱の中、カーロッタ派の剣がクリーオウの近くにいた男を斬りつけた。 戦いはしばらく収まらず、すぐに治療できなかったため、彼の死因は出血多量である。 そんな人間は他にもたくさんいた。 味方にも、当然カーロッタ派にも。 男はクリーオウをかばったのではない。 クリーオウを狙っていた剣でもない。 彼女もまた剣を手に勇敢に戦い、何人もの人間を救っていた。 だから彼女は、こんなにも傷を負っている。 オーフェンと出会わなければ、負うはずもない傷だった。 「お前のせいじゃない」 すがるように告げる。 少しでも気持ちが楽になように、オーフェンが彼女を支えなくては。 するとクリーオウは、甘えるように彼の胸に顔を埋めた。 「うん。だから、オーフェンのせいでもないね」 「……え?」 彼女の言ってきたせりふに、オーフェンはぽかんとした。 クリーオウを抱きしめたまま、呆然とまばたきをする。 彼女は彼の胸に頬を当て、静かに続けた。 「だから、あんまり自分を責めすぎないで。オーフェンのせいじゃないから」 優しく背中を撫でられ、やはり言葉が出ない。 彼女の言葉は胸に詰まった。 オーフェンがクリーオウを慰めているのではなく、自分が彼女に慰められている? 抱きついてきたのではなく、抱きしめてもらっている? 支えてやるのではなく、支えられている? 彼女を責める言葉を口にしたのは、オーフェンのためだったのだろうか。 「――俺はっ……」 声が震える。 言い訳も愚痴も、言いたくはなかった。 これまで一度として、口に出したことはなかった。 自分の勝手な計画に全員を巻き込んだのだから、オーフェンには弱音を吐く権利などない。 けれどもう重過ぎて、言わずにはいられなかった。 震えながら深く息を吸い、少しずつ吐き出す。 「――俺が連れてきた。みんなを。……彼らも」 「……うん」 クリーオウが静かにうなずいてくれる。 彼女の声はどこまでも優しい。 その優しさに、泣きそうになる。 何かに怯えて、オーフェンは無意識に彼女を抱く腕に力を込めた。 「彼らに選択肢はなかった。ここで生きていけるように、健康で、働く意志を持ってて、俺たちと一緒に戦える人物を……選んでくれと言ったのは俺だ」 「……うん」 「キエサルヒマに残ってれば、少なくともこんな死に方をせずにすんだ」 「……うん」 「家族もいたはずなんだ。彼らが焼かれて悲しんでるのを、さっきも見た」 「……うん」 「守ってやりたかった。誰も死なせたくなかった。けど、力が足りない」 「…………うん。そうだね」 彼女は否定もせず、ただ聞いてくれる。 それが嬉しかった。 なぐさめられ、そんなことはないと言われれば、もっと自分を否定したくなる。 「今日も大勢死んだ。昨日も、おとといも、その前も。それに、明日も。全員守ってやりたい。でも、守れない」 「うん……。……ごめんね」 彼女がそう言ったことで、とうとう涙がこぼれた。 今まで必死に耐えていたものが、出口を見つけてあふれ出す。 「……ごめん」 ずっと謝りたかった。 けれどオーフェンにはその権利がなかったから、口にすることができなかった。 「……ごめん。守ってやれなくて」 「うん。ごめんね……」 「……ごめん」 後はもう泣くだけ。 感情と一緒に涙が流れて、胸の奥に溜まったしこりが溶け出していくのをぼんやりと感じた。 すべての人間がオーフェンを許してくれなくても、クリーオウだけは許してくれる。 オーフェンは泣きながら、彼女の小さい体にしがみついていた。 「えーと。……格好悪いところをお見せしまして」 さすがに決まりが悪く、オーフェンが謝罪しながらがりがりと頭をかく。 彼があれから泣き止んだのは、十五分ほど経ってからだった。 しかも自分を御して平静になるまで、さらに十五分ほど要している。 なんというかその時間のかかりようは、訓練を受けた魔術士というより、ただの一般人ではないだろうか(むしろ一般人よりも時間がかかっている?)。 その間に日はすっかり暮れていて、森の中はもう真っ暗だった。 それでも、自分たちの家までの道を見失うことはない。 帰り道を二人で手をつなぎ歩きながら、彼がようやく言ったのはそんなことだった。 だが、クリーオウはどうということでもないというように、けろりと言ってのける。 「かっこ悪くなんてなかったわよ」 「いや、そんなわけが」 信じられず、オーフェンはうめいた。 だというのに、彼女はさらに言葉を重ねてくる。 「むしろかっこよかったわよ」 「……それこそあり得ないだろ。大の男があんなに泣いたってのに」 そのおかげか、気分はすっきりとしていた。 心なしか、体も軽くなっている。 状況が変わるはずもないが、とても楽になった気がした。 クリーオウはふぅんとうなずき、こちらを見上げてにっと笑った。 「んじゃあ、わたしはそのかっこ悪いオーフェンが好き」 「…………本当に?」 疑わしい気持ちで、訊く。 それにクリーオウは、子供がするようにこっくりとうなずいた。 さらには、小さい子供に言い聞かせるように、首をかしげてくる。 「つらいときはいっぱい泣いていいんだからね?」 (子供扱いか) 馬鹿にされているようで不満だが、反論できるわけもない。 オーフェンは口をへの字にするだけで、そのもやもやをなんとか耐えた。 「今日はたくさん泣いちゃったから疲れたでしょ?ごはん食べてお風呂入ったらぐっすり眠れるわよ、きっと」 「…………」 ますますもって子供扱い。 その日、オーフェンが彼女の前で積み重ねてきた見栄のようなものが、音を立てて崩れた気がした。 さらに後日、彼はクリーオウから『甘えん坊』の称号を与えられたという。 200912.21 私は彼らの全部を知っているわけではないから、つらさを完全に理解することはできない。 それでもつらいことは知っているから、私は少しでも彼らを幸せにしてあげたい。 小さい幸せを、たくさんたくさん彼らにあげる。 そしたら笑ってくれることを、私は知っています。 |
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