□ 一日目 □


奇妙な同居生活が始まってから十一日目。
ようやく生活にも慣れてきたと言える。
船の生活に慣れるという意味ではなく、同じ部屋で過ごすことに慣れてきた。
クリーオウが滑り込みで乗船し、空いている部屋は自分の部屋しかなかった。
ベッドは二台用意されていたが、まさか同じ部屋で眠るわけにもいかない。
部屋割りを管理する責任者にもどうにかならかいかと交渉してみたが、答えは否だった。
オーフェンは最終的に彼女に部屋をつもりだったが、クリーオウはそれを拒む。
いや、拒んではいないが、オーフェンと同室でも気にしないということで、こうして同じ部屋に寝泊まりするようになった。
知らない仲ではない。
かといって、特別な関係でもない。
そのため最初のうちはお互いぎくしゃくしていたのだが、ようやくのんびり過ごせるようになった。
夕食が終わって用が済めば、各々この部屋に戻ってくる。
思いつくままに二人で雑談し、時には菓子や夜食などを持ち込んで、ゲームをすることもあった。
そして夜が更ければ、どちらともなく、
「おやすみ」
と告げて、それぞれのベッドで眠りにつく。
変な具合に始まったこの共同生活は、意外にもうまくいっていると彼は密かに感じていた。


夜中、オーフェンはふと気配を感じて目を覚ました。
心地良い船の揺れのせいか、ここのところぐっすりと朝まで眠ってしまうことも多い。
彼が薄く目を開けた時、クリーオウがオーフェンのベッドの前を通り過ぎたところだった。
クリーオウのベッドは部屋の奥にあるため、部屋を出るためには彼の前を通らなくてはならない。
時間は分からないが、深夜の二時ごろだろうか。
彼女は寝ぼけ眼で、ふらふらと歩いて部屋を出ていった。
(トイレか……?)
自分たちが使っている部屋はスイートだったが、トイレまでは付いていない。
廊下を出てすぐのところに、スイート専用のものが設置されているが。
とはいえ、ほんのわずかな距離であっても夜中に独りで出歩かせることは心配である。
失礼だとは思ったが、クリーオウが戻ってくるまで彼は待つことにした。
ぼんやりしていると、程なくクリーオウが部屋に戻ってくる。
ほっとして、オーフェンはまた眠りにつくために目を閉じた。
と――
どさっと音がして、ベッドが軋む。
驚いて目を開けると、クリーオウがこちらのベッドに倒れこんだところだった。
勝手にこちらの毛布の中に潜り込んで体勢を整えると、大きく息を吐いて眠りに落ちる。
「…………」
オーフェンのベッドのほうが入り口から近いので、気持ちは分からないでもない。
が、だからといって認めるわけにもいかなかった。
彼は大きく嘆息して、のろのろと体を起こす。
すでに気持ち良さそうに眠ってしまった彼女の肩を掴み、軽く揺さぶった。
「クリーオウ、おい。ベッド間違えてんぞ」
かわいそうだと感じながらも、声をかける。
反応がなかったので、自分もまた眠気を感じつつ、オーフェンは軽く肩を叩いた。
「起きろ。クリーオウ。起きろ、おい」
しかし彼女はむにゃむにゃと寝言を言うだけで、起きる気配がない。
オーフェンはさらに大きな溜息を吐いて、がりがりと後頭部をかいた。
起きない。
もっとがんばれば目を覚ますだろうが、あまりにも気持ち良さそうで、起こすのはためらわれた。
心の中で葛藤すると、このまま寝かせておこうという意見が勝る。
しかしながら、いくら何でも一緒のベッドで眠るわけにもいかないだろう。
それならば、オーフェンがクリーオウのベッドを借りるという手もある。
けれども彼女のベッドは、オーフェンが侵してはいけない神聖な場所のような気がした。
それにクリーオウが目を覚ましたとき、思い切り誤解されそうではある。
自分の失態を棚に上げ、彼に対して酷く怒りそうでもあった。
他にも自分が床で寝るという案があったが、すぐさま却下する。
せっかく空いているベッドがあるのに、わざわざ床で寝るのはとてつもなく理不尽なように思えた。
残る手段は、クリーオウを彼女のベッドに戻すことだろう。
最後にもう一度彼女を揺すってみたが、やはり起きなかった。
仕方なく毛布をどけて、体の下に腕を差し入れる。
起こさないように気を使いながら、オーフェンはそっとクリーオウを抱き上げた。
乱暴に扱ったつもりはない。
しかし体勢を変えられたせいか、クリーオウはぼんやりと目を開けた。
何を言われるかと、一瞬ぎくりとする。
だがクリーオウはにっこりと笑うと、再び目を閉じた。
甘えるように、こちらの胸に頬を寄せてくる。
オーフェンはほっと息を吐いて、彼女をベッドに横たえた。
毛布を整え、きっちりと被せてやる。
クリーオウの幸せそうな寝顔を見下ろし、彼は柔らかい金髪を撫でた。
これで安心して眠れる。
複雑な溜息を吐いて、オーフェンは自分のベッドへ戻った。






2009.4.20
同室ネタでこれも思いついたので。
続く。

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