□ ちょっとその後 □


眼前に広がっていたキエサルヒマ大陸も、時間が経つにつれ、ぼやけ、形を小さくしていった。
船の看板では名残惜しそうに、じっとその面影を目に焼き付けようとする人間が大勢いる。
もちろんその逆もいて、変わらない風景に飽きて早々に船内に移動する人間もいた。
オーフェンは、我ながら意外だったが前者である。
頬を撫でる風が心地良くて、飽きることもなく大陸を見つめていた。
「っくし!」
「!?」
小さなくしゃみが、彼を現実に引き戻す。
ぼんやりしていたところに、水を浴びせられたような気分だった。
驚いて見やると、全身ずぶ濡れのクリーオウがくしゃみを連発している。
その彼女を心配するように、レキが体を寄せて温めようとしていた。
が、それで暖が取れるはずもない。
青くなったクリーオウの唇を見て、オーフェンは気短に怒鳴った。
「お前っ、寒いなら寒いって言えよ」
彼女のせいにしているが、自分の失態に軽いめまいがする。
責められたクリーオウは、濡れた髪を撫でながら困ったような顔をした。
「オーフェンが何だか幸せそーにしてたから、声かけないほうがいいのかなって思って」
「悪かったよ……」
半分泣きそうになって謝る。
彼女のほうが断然疲れているというのに、もっと気を使ってやるべきだった。
とりあえず自分の上着を脱いで、クリーオウにかけてやる。
「いいから風呂入れ、風呂。そのままじゃ風邪ひく」
すでに手遅れかもしれないが。
言うと、クリーオウはますます困った顔をした。
「お風呂ってどこにあるの?」
「ああもう、こっちだ」
彼女の腕を掴み、つかつかと船内に入る。
クリーオウが移動することでディープ・ドラゴンも動き出したので、周りがややざわついた。
が、レキが安全であるとは先ほど説明してもらったので、それらは無視して進む。
「レキも一緒に入れるかしら?」
大人しく腕を引かれているクリーオウが聞いてきたので、オーフェンはすぐにうなずいた。
「安心しろ。大浴場になってるから余裕なはずだ」
それに乗船したばかりなので、風呂場は誰も使っていないだろう。
誰にも気兼ねすることなく、ゆっくりと入れるはずだった。
言っている間にも浴場に着いたので、クリーオウを脱衣所に放り込む。
レキもまた彼女にならうように、するりと中に入り込んだ。
扉を閉めようとすると、クリーオウは真剣な顔つきになって彼の名前を呼んでくる。
「オーフェン」
「……何だ?」
「着替えがないの」
「…………」
「リュックは置いてきちゃったし、今着てるのも全部びしょ濡れ」
「……わかった。お前が風呂に入ってる間に準備しといてやるから」
よくよく考えてみれば当然だろう。
そんな当たり前のことだったが、言われるまで思いつかなかった。
やはりまだ自分には気遣いが足りないらしい。
「全部ないのよ?全部」
「分かってるから。誰かに用意してもらって持ってこさせるから」
「うん。じゃあよろしく」
ようやく納得したのか、クリーオウはうなずいて扉を閉めようとする。
しかし扉が閉まりきる寸前、十センチほどの隙間から顔をのぞかせてきた。
「わたしがお風呂入ってる間、オーフェンはどこにいるの?」
「ん?お前の部屋の手配とか……いろいろ」
「探せばちゃんと見つかるわよね?」
やや不安そうにする彼女に、オーフェンは苦笑を返す。
海水をかぶってごわごわになってしまった金髪に、ぽんと手を乗せた。
「お前が風呂から出るころにはいったん顔見せに来るよ」
「うん。分かった、待ってるね」
言うと、安心したようにうなずく。
彼が手をどけると、クリーオウは今度こそ扉を閉めた。
顔が見えなくなってから、ふぅと小さく息を吐く。
しばらくはのんびりできると思っていたのだが、予想外の仕事が増えた。
けれど、決してめんどうだとは思わなかった。

メッチェンにクリーオウのことを説明すると、彼女はすぐに思い出したようだった。
薄笑いを浮かべながら呆れたように言われたのは、次の通り。
「用意はしてあげるけど……驚くくらいの特別待遇ね」
それに対しては、誰でもびしょ濡れの人間を見たら手助けくらいはするだろうと答えた。
が、返ってきたのは次の言葉。
「それをあなたがするんだから違和感があるのよ。あなたってそんなタイプだった?」
そんなことを言われても、何と答えて良いのか分からなかったため、オーフェンは沈黙した。
メッチェンは納得して、とりあえずはクリーオウに着替えを渡しにいってくれたようである。
「えーと、次は」
船内を管理する事務室のような部屋の、部屋管理をする男を訪ねる。
このことに関しては任せきりにしていたため、顔を知っている程度でしかない。
出航前に一度自分の部屋を見てきたが、上等な部屋をあてがわれていた。
責任者であるらしい、めがねをかけた男を見つけて、オーフェンが会釈する。
「何か?」
「いや、俺の連れが一人増えたから、部屋を用意してもらえないかなと」
「無理ですね」
「え」
一瞬の間もなく即答され、うめく。
その男は見た目にも融通が利かなさそうで、無駄なことはしないというオーラを漂わせていた。
だがオーフェンも引き下がるわけにはいかないので、へらりと友好的な笑みを浮かべてみた。
「いや、けど、あるだろ。予備の部屋とか。そこを使わせてほしいんだが」
「仰る通り予備の部屋はあります。ですがそれらは本当の緊急事態のために残してあるのです。余分な部屋はありません」
「緊急事態になったら移動するから、それまでならいいだろ?」
するとその男は、あからさまに嫌そうな溜息を吐いてきた。
「はじめはみなさんそう言うんですよね。でもいざその時になってこちらが要請しても、ごねて言う事をきいてくれないんです」
「いや、偏見だろそれ。俺はちゃんと移動するつもりだし」
「どこへですか?」
「え」
問われて、言葉に詰まる。
男は無表情でめがねの奥からこちらの目を見つめてきた。
「どこへ移動するんですか?」
「いや、あの……」
考えてはいなかった。
何かを言わなければと口を開くのだが、彼はそれを待ってはくれず、たたみかけるように続けてくる。
「つまりそういうことです。よろしいではないですか、あなたの部屋が空いてるんですから」
「いや、それはまずいだろ……」
「なぜです?奥様なのでしょう?」
「おく!?」
突拍子もないことを言われ、オーフェンは後ずさった。
だがそれでも男は変わらない無表情で、淡々と言ってくる。
「ええ、魔王の妻が来たと聞いております。そしてあなたの部屋はスイート。ベッドも二台あり、ディープ・ドラゴンのいられるスペースがある。他に適した部屋を、わたしは存じません」
「しかしだな」
「もうよろしいですか?わたしはこう見えて忙しいのですが」
「…………」
どうしてこの男はこんなにも冷たく、頑ななのだろうか。
オーフェンが助けを求めようと周囲をみまわしたが、全員がさっと目を逸らした。
察するに、このごたごたに加わりたくないということだろう。
「どうしても無理か?」
「無理です」
「俺が頼んでも?」
「無理です」
「…………」
無言で威圧してみるが、男は涼しい顔で仕事を続けている。
十秒ほどにらみつけてみたが、完全に無視されてしまった。
もう一度周囲をみまわすが、やはり目を逸らされてしまう。
どうにもならないということなのだろう。
オーフェンはがっくりと肩を落として、事務室を後にした。

サルアを見つけて、部屋のことを相談する。
が、彼は無責任にもへらへらと笑った。
「いいじゃねーか、一緒の部屋で」
その何も考えていない態度に苛立ちながら、年頃の娘と同室はまずいだろうと説明する。
するとサルアは、
「いいじゃねーか、知らない仲でもないんだし」
そういう問題ではないので、部屋割りを変えられないかと提案してみた。
無茶なことを言ったつもりはないのだが、サルアは本気で怒鳴ってくる。
「なんで俺がお前と一緒の部屋で寝なきゃなんねーんだよ!?」
そのまま怒って行ってしまったので、オーフェンは途方に暮れていた。
しかもそろそろクリーオウを迎えに行かなくてはならない。
浴場まで行くと、すっきりした表情の彼女がちょうど出てきたところだった。
新しそうな綿の服を着ている。
どうやら無事に服を届けてもらったようだった。
「あ、オーフェン」
タオルで髪を拭きながら、嬉しそうな顔を向けてくる。
「お前の部屋な」
こちらに近づいてくる彼女に、心暗い気持ちで告げる。
クリーオウはきょとんと首をかしげた。
「空いてる場所がないらしいんだ。だからその……俺の部屋に来てもらうしか」
言うと、クリーオウの大きな瞳がさらに見開かれる。
それを見て、オーフェンはあわてて付け足した。
「いや、俺が別の場所探すから、大丈夫だ。俺一人ならどこだって寝られるし」
「……オーフェンが嫌じゃなければ、わたしは一緒の部屋でも大丈夫だけど」
こちらをうかがうようにしながら、クリーオウはぽつりともらす。
「え」
それにオーフェンは、今日何度目かになる驚きの声をあげた。
自分も、クリーオウと同室ということに抵抗はない。
と、いうことは?






2009.4.13
どーでもいい話を無駄に長く書いた!
いやでも気になるじゃないですか!
お風呂入れてあげて!部屋割りどーすんの!?
彼らの場合はいきなり同室になるか、クリーオウの一人部屋になるかどちらかですよね。
秋田先生は照れ屋だからいきなり同室はないかな。
妄想するだけなら自由!

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