「お前、プロポーズは何て言った?」 とある平和な昼下がり、オーフェンはサルアをこっそり呼び出して、そんなことを聞いてみた。 彼女に結婚を申し込むにあたって、丸ごと盗作するつもりもなかったが、参考くらいにはしてやっても良い。 するとサルアは――やはりというか――下卑た笑みを浮かべてきた。 最高のおもちゃを見つけたというように、鋭い目をいつになくきらきらさせる。 「何だ?お前もとうとうその気になったのか?」 嬉しそうに笑って、サルアはばしばしと気安く肩を叩いてきた。 あまり広めたくない話だというのに、遠慮のかけらもない。 色々と迷惑で、オーフェンは顔をしかめた。 「いや、べつに何となく思っただけで」 実はその通りだが、こんな男に正直に答えるつもりはない。 「いやぁ嬉しいねぇ。あんだけ荒んでたお前さんが結婚かあ……」 聞いているのかいないのか、サルアは男泣きに――嘘くさいが――泣き始めた。 早速尋ねたことを後悔するが、結婚していて相談できそうな人間が他にいないので仕方がない。 ともあれ、オーフェンはあまり忍耐強い方ではないので、半眼でうめいた。 「メッチェンにでも聞きに行こうかな」 「わー!待て待て待て!」 くるりと踵を返しかけたオーフェンを止めようとしたのか、あわてたようにサルアがばたばたと手を振る。 元死の教師とはいえ、こういうことには弱いらしい。 眉間にしわを寄せて、彼がぶつぶつと毒づく。 「ったくどいつもこいつも……」 「で?お前の場合はどうしたんだ?」 これで素直に教えてくれる気になっただろう、オーフェンはにやりとしてもう一度聞いた。 するとサルアは両手を頭の後ろにまわし、拗ねたように口をとがらせる。 「ああ?別に普通だよ。俺らの場合はプランのこともあったから、しょうがねえよな?みたいな感じで……」 「でもそれだけじゃないだろう?」 一応は計画も成功(初期段階であろうと)したし、今となってはサルアたちが別れても全く問題なかった。 にも関わらず結婚したままで、なおかつ一緒に暮らしているということは、うまくいっているということだろう。 何だかんだで、彼らは仲が良い。 「まぁな。一応キムラック風に……」 「……そんなのがあるのか?」 少なからず驚いて、オーフェンはつい問い返した。 キムラックの考えも多少は知識にあるが、細かい風習は知らない。 サルアは少し首をかしげると、すぐにうなずいた。 「ん、ああ。普通は知らないよな。あるんだよ、キムラック流のが。詳しくは省くが、女神がどうのこうのってな。今となっては意味がないんだろうが、俺は女神云々よりその言葉自体が好きだったから」 「へぇ」 初めて聞く話に感嘆する。 それはそれで味があって良いかもしれない。 「へぇってお前、トトカンタにもあるだろ」 「え!?」 さらに初耳で、オーフェンはうめいた。 トトカンタに独特のプロポーズの仕方があるなど、聞いたことがない。 調べたこともないが。 「まさか知らなかったのか?」 疑わしそうな目になって、サルアが聞いてくる。 それにオーフェンは首を横に振った。 「知らない。トトカンタにいたのは半年くらいだったし……」 「ふーん?タフレムにはなかったのか?」 「タフレムにはそもそも結婚制度がなかったんだよ」 「ああ、そうだったな。魔術士は自立が基本だったか」 「そうだ……」 返事をしながら、オーフェンは内心混乱していた。 今さらトトカンタにしばられるつもりもないが、彼女はそうしてほしいかもしれない。 というより、そうしないと通じない可能性もあった。 例えばキムラック風にプロポーズしたとして、ピンと来ないのと同じように。 「ちなみにトトカンタは市民階級によってもやり方が違うぞ」 「は!?」 「ついでにプロポーズしていい日とダメな日がある。うっかり間違えるとすぐ離婚するとか女が浮気するとか子供ができなくなるとか」 「日付け設定までっ!?」 様々な情報が一度に飛び込んできて、オーフェンはよろめいた。 (おそるべしトトカンタ……!) おそらくこんなにも細かい条件をクリアしなければならないため、あの街の住人は神経の図太い変態がそろっているのだろう。厳しい条件下で生かされ、あくの強い人間が多くなるのもうなずける。 「今日は……ラッキーだな、お前。最高の日だぞ」 「今日!?いや、俺はもうちょいゆっくり……」 彼女を長く待たせるつもりもないが、今日はあまりにも急すぎる。 言うが、サルアは悩むように青い空を見上げた。 「けどなぁ。こんなにもいい日は半年に一回だし。格が落ちていいんなら一カ月後……」 「そっちの方がありがたいんだが……」 「いや、でも今日のがいいな。女の方にもいろいろ決まりがあってよ。あの嬢ちゃんの場合はアレがアレだから……やっぱ今日のがいいぞ?」 本当に心配するように、サルアがぽんと肩を叩いて正面から見つめてくる。 何も言えないでいると、彼はにかっと笑った。 「嬢ちゃんには俺が言っといてやるよ。てか、メッチェンに手伝わせなきゃなんねーからな。今から俺がトトカンタ上流階級式プロポーズをレクチャーしてやるから、しっかり覚えろよ」 トトカンタの上流階級式プロポーズ。 それは太陽が沈んだ後の浜辺で、波の音を聞きながら行われる儀式であるらしい。 相手を違うことなく探し出せるかを試すため、待ち合わせでなければならない。 上流階級なため、盛装。 赤いバラの花束を五十本用意して、片膝をついて言葉とともにそれを相手――告白するのが女の場合もある――に捧げる。 相手が受け取れば了承の合図。 最後に海に向かって『お前が好きだー!』と叫べば完了らしい。 「って、んなわけあるかっ!」 盛装したオーフェンはバラの花束を振りかぶり、砂浜に力の限り叩きつけ――ようとして、思いとどまり高価な花を抱え直した。 昼間はサルアにうまく踊らされてしまったが、冷静に考えてみればそんな細かいはずがない。 もし本当であれば、トトカンタの浜辺には決まった日に『お前が好きだー!』と叫ぶ輩でごった返してしまうだろう。 「ちきしょう、サルアの奴……」 どこからか用意されたいかにも高級そうな革靴で苛々と砂を叩きつつ、オーフェンは毒づいた。 まんまとだまされた彼を、サルアは笑い者にして語り継ぐに違いない。 「オーフェン?」 その時、背後から遠慮がちに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。 あわてて振り返る。 そこには、ピンク色の服でドレスアップした彼女、クリーオウがいた。 クリーオウもまたどこから調達してきたのか、高価そうなドレスで身を包んでいる。 裾の長いイブニングドレスだったため、引きずらないように右手で持ち上げていた。 月の淡い光が降り注ぎ、いつになく美しい。 「何だった?なんかいろいろと変だけど」 こちらをながめて、クリーオウがくすっと笑う。 「いや、トトカンタ流に……」 「ん?」 「違うよな、やっぱり……」 「なにが?」 やはりというべきか、クリーオウはきょとんとした。 どうやら全てが嘘だったらしい。 屈辱的だったが、今は忘れることにした。 彼女の腰に右手を添えて、いつも以上に艶めいた唇に口付けする。 顔を離すと、クリーオウは嬉しそうに目を細めた。 青い瞳に魅入られ、再び唇を合わせる。 彼女を抱きしめると、持っていた重い花束がどさりと砂の上に落ちた。 驚いて、体を離す。 大きな花束の見た目は綺麗だったが、はっきり言えばかなり邪魔だった。 「わたしに……よね?」 「ん?うん。いや、えーと。まぁ、そうだ」 じっとそのバラの花束を見つめる彼女に気付き、オーフェンはあわててそれを拾い上げ、ぱたぱたと砂を払う。 幸いにも赤い花は痛んだり崩れたりはしていないようだった。 それを確認してから、クリーオウに手渡す。 「結婚……しようか」 「……うん」 気がついたときには言っていた。 緊張して待つ間もなく、返事ももらった。 一瞬間を置いてから、オーフェンが目を瞬く。 「え?」 「……え?」 「……嘘か?」 「嘘なの?」 クリーオウはバラの花束を抱きしめて、困ったような顔をしていた。 が、きっと自分も彼女と同じ顔をしている。 だからというわけでもないだろうが、同時に噴き出した。 「俺は本当だよ」 「わたしも本当」 くすくすと二人で笑い合う。 彼女がくれた言葉が本当ならば、他が嘘でもかまわない。 今なら海に向かって叫ぶのも、悪くないと思えた。 2009.4.1 リクエストです。再会後+プロポーズ+甘く。 エイプリルフールを意識したわけでもないのですが、サルアがひょうひょうと嘘をつくのでのせられてしまいました。 いやもうすっごい楽しかったです! |
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