まだ昼間だというのに、薄暗い室内。 いくつかある窓には全て色付きの硝子が嵌められていて、太陽の光を通常とは異なる色で取り入れている。 デザインの凝った照明たちも、ただ明るく照らすというよりは、光量を調節するために設置されていた。 音楽は会話の邪魔にならない程度の音量で、静かに流れている。 もう何年も通っている、馴染みの喫茶店だった。 オーフェンはそこでコーヒーを飲みながら、妻を待っている。 いつものところで待っていて、と言えば、自分たちはこの喫茶店を指した。 かれこれ三十分ほど居座っているが、この現実離れした空間にいるため飽きることはない。 時間はゆっくり流れており、思考に没頭することもできた。 店員とも顔見知りなので、どれだけ長居しようと気兼ねしなくても済む。 オーフェンが新聞の経済欄を読み終えるころ、客の来店を知らせる鐘の音がした。 時間的にもそろそろかと踏んでいたのだが、予想通りだったらしい。 彼女は店の奥に座ったこちらを見つけて、軽く微笑んだ。 両肩に荷物をたくさん下げており、買い物を存分に楽しんできたのだろう。 疲れた顔も見せず、クリーオウは彼の前のソファ――この店が気に入っている要因のひとつ――に腰かけた。 「待った?」 「まぁ、それなりに」 新聞をたたみ、にやりと答える。 彼女は空になった彼のコーヒーカップを見て、困ったように苦笑した。 けれど、オーフェンも怒っているわけではない。 それを知っているクリーオウは、脇に置いてあるメニューを開いた。 「他に何か頼む?」 「んじゃ、カフェオレ」 「じゃあわたしもカフェオレ」 「ん」 うなずいて、店員を見る。 あちらも気を配っていたらしく、彼が声をかけるまでもなく注文を取りにやってきた。 短いやり取りをして、奥に下がっていく。 それを見るともなしに見てから、オーフェンは改めてクリーオウに視線を向けた。 「満足したか?」 「うん。かわいいのがたくさんあったから、迷っちゃった」 「…………」 迷った割には荷物が多すぎる気がするのだが、これでも絞ったということだろうか。 あまり深く追求せず、オーフェンは興奮して熱くなる彼女の話を聞いてやった。 二人で外出する際、二回に一回はこの喫茶店に立ち寄っている。 居心地が良く、ここでなら妻と二人きりの時間を存分に味わうことができた。 家で過ごすのも好きだが、大抵どちらかの娘に邪魔をされる。 それを考えると――触れられないのは残念だが――この時間はとても貴重だった。 「クリーオウ」 彼女の話が途切れたのをきっかけに、オーフェンから話題を切り出す。 名前を呼ぶと、彼女は微笑んでこちらの話を聞く体勢を取った。 それを見ると、何でもないことなのに、なぜか緊張する。 彼は苦笑いをしながら、買ってきたばかりの袋をテーブルに置いた。 「なに?」 「買い物してるときに見つけて、ちょっと」 「わたしに?開けてもいい?」 嬉しそうに顔を輝かせる彼女に、無言でうなずく。 すると彼女は小さな紙袋から、手のひらほどの大きさの箱を取り出した。 箱のサイズから、アクセサリーだということが一目で分かる。 大げさにラッピングされた箱の中からは、リボンの形をしたイヤリングが出てきた。 それを見たクリーオウは、いたずらっぽく視線で問いかけてくる。 プレゼントをしているのに、どうしてこうも焦っているのか良くわからないまま、オーフェンは答えた。 「安物なんだが。バレンタインのお返しに」 「お返しって、昨日ちゃんともらったけど」 文句ではなく、クリーオウはただ不思議そうに首をかしげる。 確かに昨日、彼女には娘たちと同じクッキーを贈ってあった。 「そうなんだが、お前がくれたのは手作りだったし。なんていうか」 目を逸らしながら、オーフェンは言い訳をするように説明する。 とはいえ娘たちにもらったチョコレートも手作りなので、それだけで理由になるとは思えないが。 単純にプレゼントしたかった。 それだけのことだったが、オーフェンは言葉に窮した。 「ありがと。……似合う?」 髪を耳にかけて、彼女がイヤリングを見せてくる。 オーフェンはカフェオレを飲んでごまかしながら、うなずいた。 くすっと、彼女が笑う。 オーフェンも小さく笑い、カップを皿に戻した。 こういうとき、すぐにキスができないので、喫茶店にいるのは失敗したという気分になる。 けれど家では娘がいつ見ているのかも分からないので、プレゼントなど渡せそうもなかった。 「オーフェン」 「うん?」 「隣行ってもいい?」 彼女は細い指で、オーフェンが座っているソファを指す。 二人がけのソファなので、クリーオウの座るスペースは十分にあった。 「どうぞ」 心持ち座りなおして、場所を空ける。 クリーオウは嬉しそうにすると、ティーカップと一緒に移動してきた。 他人から見ても見苦しくない程度に、くっついて座る。 彼女の存在をすぐそばで感じながら、オーフェンは店に流れる音楽を聴いていた。 2009.3.15 今回は結婚して何年かしてからのお話です。 薄暗いレトロな喫茶店は印象に残りやすく、愛を語るのにもってこいなんですって(オーラの泉)。 レトロ喫茶で愛を語らせてみる+ホワイトデー翌日=今回の話 何年たってもラブラブだといいなーvv |
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