□ タラップ □


船が出港する時間がとうとうやってきた。
港には船特有の汽笛が響き渡り、全員に旅立ちの合図を告げる。
それを聞きながら、オーフェンはどこか冷めた気持ちで周囲をながめていた。
このプランに関わってきた残る側の人間は、それぞれが作業の手を止めて一心に船を見つめている。
そして船に乗せられた側の人間も、巨大な甲板から名残惜しそうに――あるいは、どこか絶望のまなざしで陸を見つめていた。
中にはすでに未練を断ち切った人間もいるだろう。
人の気持ちは様々で、そのどれもが理解できるような気がした。
(俺は、何なんだろうな)
自問する。
オーフェン自身、なぜ自分が今ここに立っているのかが良く理解できなかった。
そこは、陸と船とを繋いでいる唯一のタラップ。
数日前までは小さなものから巨大なものまで何本もあったが、今ではすでに収納され、オーフェンがいる場所が残る一本になっていた。
人が数人しか渡れないくらいの、頼りない橋。
そこを警備してくれと命令されたわけでもない。
むしろ、このタラップを取り外す役割の人間はちゃんといて、早くどいてくれという目でオーフェンは見られていた。
分かってはいたが、どうしてもそこを動こうという気にはなれない。
出航の際の邪魔にはならないから別にいいだろ、と彼らの方を向いて苦笑する。
彼らは呆れたように肩をすくめて、小さな入口から船内へ入って行った。
一人残されてから、オーフェンは再び自問する。
(どうしてここにいる?)
この、陸に戻ることのできる唯一の場所に。
(アーバンラマに未練がある?)
違う、と小さく首を振る。
(だったらこのキエサルヒマ大陸に未練がある?)
それも違う。
全くないといえば嘘になるが、それでもこのプランを捨ててまで残ろうとは思わなかった。
陸を見ていても、船から降りる気は起きない。
(だったら待ってるっていうのか?)
何を。
誰を?
いずれにせよ、何も――あるいは誰も思い浮かばない。
目を閉じる。
と、巨大な船が静かに動き出すのを感じた。
コンクリートの港と、タラップの金属がこすり合って耳障りな音を立てる。
時間だった。
この大陸に、別れを告げる時間。
結局、間に合わなかったらしい。
その正体が何なのかすら、分かってはいないが。
「オーフェン!」
その時、聞きなれた声が自分の名前を呼んだ。
空耳かと疑うが、その声はあまりにも鮮やかすぎる。
夢から覚めるように、オーフェンは目を開いた。
即座に、声とその人物が直結する。
(でもまさか……)
いるはずがない、こんなところに。
彼女のことは別れる際に、姉に頼んで実家に届けてもらった。
だからなおさら、アーバンラマにいるはずがない。
そうやって理解しているのに、体は勝手に彼女の姿を探していた。
すぐに見つける。
記憶の中の彼女とはところどころ違っていたが、だからといって間違えるはずがない。
「オーフェン!」
彼女が、クリーオウが、自分の名前を呼ぶ。
けれど間に合わない。
船はすでに動いており、ただ跳ぶだけでは逆にタラップに弾かれてしまうだろう。
彼女一人では、到底間に合わない。
縁石の上で海に落ちそうなクリーオウの顔が、絶望と恐怖で泣きそうに歪む。
「クリーオウ!」
オーフェンは叫んで、数段しかないタラップを駆け降りた。
一人では届かなくても、こちらから手を伸ばせばまだ間に合うかもしれない。
手すりで体重を支え、身を乗り出した。
「クリーオウ!」
もう一度名前を呼ぶ。
伸ばしてきた手を握り、オーフェンは力任せにクリーオウを引き上げた。
彼女の体を抱きとめて、倒れるように狭い階段に座り込む。
彼女を抱えながら、突然のことに気が動転して荒くなった呼吸を繰り返した。
何にせよ、タラップにいたのでは海に落ちる可能性も出てくる。
オーフェンはクリーオウを立たせて、船内に入れた。
息を整えながら、こちらを見上げてくるクリーオウを見つめ返す。
久しぶりに会う彼女は、表情がやや大人びて、長かった髪もずいぶん短くなっていた。
多少痩せて見えたが、健康そうではある。
青い瞳は綺麗に輝いていた。
そしてディープ・ドラゴンらしき黒い毛玉は、彼女の襟もとから顔だけをのぞかせている。
このごたごたでも、目は閉じたままだった。
そんなクリーオウを彼は穏やかな気持ちで見つめ――しばらくしてはっとした。
「お前、何でこの船に乗ってんだ!?」
急に大声を出したせいか、彼女は驚いたようにまばたきをする。
「何でって、オーフェンが引っ張ってくれたから……」
「いや、そうなんだけど!」
先ほどはクリーオウを見つけ、彼女が泣きそうになっていたので何も考えずに自分のもとへ引き寄せた。
だがよくよく考えてみると、何もかもがおかしい。
オーフェンは再び彼女の手を引いて、海が見える場所まで戻った。
「降りろ!」
「え!?どうやって?どこに?」
「海に落ちるんだ」
「オーフェンわたしを殺す気なの!?」
クリーオウがわめいて、こちらにつかみかかってくる。
ずいぶんなつかしいような気がしたが、オーフェンも負けじと海を指でさした。
「今なら誰か見つけて助けてくれるから、早くしろ!」
「嫌よ!せっかく船に乗れたんだからわたしも一緒に旅をするの!」
わがままぶりは健在か。
オーフェンは嘆息して、彼女の青い瞳をのぞき込んだ。
「いいか?お前がどこまで知ってるのか分からんが、この船は安全な観光案内じゃない。無事に新大陸に着けたとしてもキエサルヒマ大陸に戻ってこられる保証はない。だから、引き返すなら今しかないんだ」
言いながら、少し離れてしまった港を見る。
今なら待機している人間の顔もよく見えるので、何かしら指示を飛ばすにしても、こちらの意志は的確に伝わるだろう。
海に落ちても、死ぬことはない。
同時に、オーフェンは見えている景色に違和感を覚えた。
先ほどまでは正体の掴めない焦燥に駆られていたというのに、それが綺麗に消えている。
何かを待っていたはずだというのに。
「クリーオウ」
再び彼女を見つめ、戻るように促す。
クリーオウはずっと彼を見ていたのか、オーフェンが視線を戻すとすぐに目が合った。
険しい表情で、こちらを見上げている。
「嫌」
たった一言呟くと、体当たりするようにクリーオウが抱きついてきた。
海に落とすなら道連れだとでもいうのか、しっかりしがみついている。
「……絶対に後悔するぞ、お前。店とか何もないところなんだからな」
「大丈夫よ、オーフェンがいるもの」
言っている意味が分からない。
けれどオーフェンは、彼女をアーバンラマに戻すことを早々にあきらめるしかないようだった。
自分の両腕が、クリーオウを放そうとしない。
彼女を抱きしめながら、言動の矛盾にオーフェンは一人で呆れていた。






2009.3.4
マイラバーと再会の妄想をしてましたら、「港で引っ張り上げるとかいいですよね」って。
あまりの萌えっぷりにどきゅーん★と来まして、ぜひ書かせてくださいと懇願しました。
ところどころあっさりしてるような気もしますが、すごい楽しかったです!
今だから書ける作品ですね。
激しいインスピレーションありがとうございました!

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