その言葉を聞いたとき、オーフェンの思考は一瞬停止した。


□ 空耳? □


「コルゴン!」
オーフェンはそいつの部屋のドアを思い切り蹴り開け、怒鳴り込んだ。
ノックはしていない。
する必要を感じない。
船の中ではさすがに放浪できないからか、コルゴンはやはり自室にこもっていたようだった。
何をしていたのか知らないが、部屋に予め用意してあった背もたれの無いいすに座っている。
オーフェンが来ることに気付いていたのか、コルゴンは驚いた風もなく首をかしげた。
「キリランシェロか。どうした、血相を変えて?」
それには答えず、オーフェンは彼の胸倉を掴んでにらみつけた。
「お前、俺のクリーオウに何てこと吹き込みやがった!?」
まさか育ちのいい彼女が、あんなことを言うなんて思いもよらなかった。
オーフェンと離れていた短期間で、誰かから良くない影響を受けたに違いない。
半分涙目になって素行の悪い彼に訴えるが、コルゴンはきょとんとした。
「どういうことだ?」
「だから!クリーオウに変なこと教えただろ、お前が!」
彼の襟元を掴んで、がくがくと揺さぶる。
しかしコルゴンは表情ひとつ変えず、落ち着いて答えてきた。
「待て、キリランシェロ。俺はお前が実はむっつりすけべだとは一言も言っていない」
「だれがんなこと言った!?」
思わず叫んでから――聞き逃せないことに気付く。
オーフェンは顔面を蒼白にし、コルゴンの細い首を締め上げた。
「おまっ、お前!?クリーオウに俺がむっつりだとか言いやがったのか!?」
「だから言っていないと説明してるだろう」
低い声が聞こえてくるが、動揺がぐるぐると頭の中をめぐっている。
(でも言ってない……言ってないんだよな?冷静に、落ち着け俺)
どうにか自制をして、彼が頭の中からその単語を追い出す。
掴んでいたコルゴンの襟をぽいと放し、彼は再度詰め寄った。
「お前が何を考えてんのかは後でゆっくりと追求する。が、今は別のことだ。お前、クリーオウに変な言葉教えただろ!」
「変な言葉とは……?」
「スラングだよスラング!びっくりしたぞ、俺は!」
以前に自分と旅をしていたころは、彼女は確かに使っていなかった。
オーフェンも使わないような俗語を、いったいどこで覚えたのだろうか。
誰かが話しているのを聞いて覚えたとしか考えつかない。
「例えば?」
「……覚えてない。脳が拒否したのかな。俺は自分の耳を疑ったよ」
「ふむ。しかしそれは誤解だキリランシェロ。はじめから俺だと決め付けるのは良くない傾向だぞ」
「……説明してみろよ」
信じられるはずもないが、半眼になって聞き返す。
コルゴンはそれに多少は満足したのか、こくりとうなずいた。
「お前が言うようなスラングに俺も心当りはあるが、彼女はすでに使っていた。俺が教えるまでもない」
「…………」
確かに一理あるかもしれない。
彼女が口にしたのは、この男からも聞いたことのないような言葉だった気がする。
オーフェンは不満を顔に出して、問いかけた。
「じゃあどこで覚えてきたっていうんだ?一年前まではあんなこと言わなかったんだ」
それにコルゴンは、涼しい顔をして答えてくる。
「レティシャだろう。彼女は昔から心を抉る言葉の持ち合わせがあったからな」
「そりゃ心に刺さる一言もあったけど。それと口が悪くなるのは別じゃないか?」
ありそうな気もしたが、オーフェンは一応姉をかばっておいた。
かばったからといって、得することもないのだが。
「そうか?だったらキムラックの難民はどうだ?あの娘はキムラックのキャンプに顔を出していたらしいからな」
「それか……!」
全面的に非をなすりつけるのも理不尽に思えたが、最も可能性が高い対象を見つけオーフェンは指を鳴らした。
そんな悪影響があるのであれば、これ以上酷い言葉をクリーオウが覚えないうちに、彼らを遠ざけなければならない。
彼女にも、よくよく言い聞かせなければ。
「しかし他人のせいにばかりしているが、お前も悪いのではないか?」
「俺はそんな言葉を使った覚えはないぞ」
口を尖らせて、反論する。
育ちの良い彼女に悪い影響が出てはいけないと、自分の行動に何かと注意してきたつもりだった。
しかしコルゴンは静かに首を振る。
「一年以上も放っておいたのだろう?その間に変な具合に成長しても仕方がないと思うのだが」
「う……」
それを言われると弱い。
一瞬だけ物凄く後悔して、彼は気を取り直すことにした。
「ん、まぁな。でも聞いてくれよ。クリーオウが変な言葉覚えちまったって言っても、普段はやっぱりちゃんとしてるんだよ」
「ああ」
「で、さっきは初めて聞いたから驚いたんだけど。それがな、実は使い方がおかしいんだよ」
思い出して、つい笑えてくる。
オーフェンは笑いながら続けた。
「文法が変なのかな?なんか知らない言葉を無理矢理使ってる感があって、実はちょっとかわいい」
本当にかわいいのだ。
例えるなら、言葉を覚え始めたばかりの幼子が生意気な口をきいているような、ほのぼのとした感覚。
言葉遣いは直したほうがいいと思うが、それとはまた違うところで和んでしまう。
「注意したら、幻滅する?って心配そうにしてたけど、まぁそんくらいで嫌いになったりするわけないよな」
あまりに酷い言葉を頻繁に使うようであれば怒るかもしれない。
が、彼女の場合はそうではないのだ。
「でもまぁ、あいつの母親にも申し訳が立たないから、するかもなって軽く言ったんだ。そしたらちょっとしゅんとしてて、それもかわいかった」
反省していたし、きっともう使わなくなるだろう。
口の悪い人間は優先的にオーフェンが排除するので、これから先は問題ない。
「あ、悪いなこんな話しちまって。お前じゃないみたいだしすまなかった」
軽く手を上げて、謝る。
けれどコルゴンは部屋から窓の外を見ており、すでにこちらの話を聞いていないようだった。
それもしょうがないのかもしれない。
コルゴンはすでに、かわいいと思える相手を失ってしまったのだ。
自分はとても幸せ者だと再確認をして、オーフェンはそっと彼の部屋を後にした。






2009.2.15
クリーオウの言葉遣いがすごかったことに驚いたひとりです。
あの野郎もびっくりしましたが、今回はさらに・・・。
いろんなところで阿鼻叫喚が(苦笑)。
でも思い出してみると、とてもおかしい使い方のような気がして。
慣れてないのかなーとか。違和感ありまくりで、やっぱり彼女は無理してますよね。
そう考えると、ショックもありましたが和みました。

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