□ あなたに甘えたい □


オーフェンと結婚して良かったと思えることのひとつとして挙げられるのは、悪夢をあまり見なくなったということだ。
彼にしがみついて眠れば安心できるし、熟睡できる。
それでも時々は悪夢を見ることもあったが、そんな場合はオーフェンが起こしてくれた。
起してもらって、たっぷりなぐさめてもらって、またしがみついて眠る。
その繰り返し。
それに慣れてしまったから、そうでない場合は言い様のない不安にかられる。
クリーオウははっと悪夢から目を覚まし、息を止めて寝室の白い天井を見上げた。
見慣れた模様は、見慣れるだけの時間があったということを示している。
けれどどこにでもある模様なので、過去の記憶と混同している可能性も否定できない。
だが、それは間違いなく自分たちの寝室の天井だった。
実家でも、宿でも、仮住まいでもない。
そして荒野でもない。
起き抜けのぼんやりとした頭で、そのことをゆっくりと理解していく。
普段ならたとえ悪夢を見たとしても、そんなめんどうな時間はかからない。
いつも隣にはオーフェンが眠っていて、その存在を感じていられるからだ。
けれど今日に限って、肝心の彼の姿がなかった。
目を覚ました瞬間に、そのことに気付いている。
人の気配がなかったから、記憶が混乱したのだ。
(なんでいないのよ……)
いつもは呼びに来ないと起きないくせに、今日に限ってどこにもいない。
クリーオウは舌打ちしたい気持ちで、ベッドから足を下ろした。


身支度を整え、機嫌を損ねたまま応接間へ向かう。
気配でいることは分かっていたが、オーフェンはお気に入りのソファーで新聞を読んでいた。
「おはよう」
愛想のない声で、それだけを告げる。
その瞬間、またもや夢と現実が重なった。
立っていながら夢を見ているような、自分を遠くから眺めているような、あいまいな感覚。
デジャヴ。既視感。
脳裏に、そんな単語がひらめく。
「おはよう」
声をかけられ、クリーオウははっと目の焦点を合わせた。
新聞を読んでいたオーフェンが、いつの間にかこちらを見て微笑んでいる。
そんな彼を、クリーオウは突っ立ったままぼんやりと眺めた。
オーフェンとは結婚して、家族になった、
これは錯覚ではない。
だというのに、その事実すら本当かどうか分からなくなっている。
それもこれも、オーフェンがいつになく早起きなどしたからである。
おかげで、クリーオウのペースが乱されてしまった。
「クリーオウ?どうかしたか?」
いつまでも動こうとしない彼女に、オーフェンが首をかしげている。
クリーオウは口をとがらせ、すたすた歩いてからオーフェンの右側にどかっと座った。
乱暴に、彼に寄りかかる。
「ん?」
「オーフェンが変なことするから、色々分かんなくなっちゃったじゃない」
「変なことって?」
「早起き。おかげでうなされてたのになぐさめてくれる人はいないし、朝から憂鬱な気分になっちゃうし」
文句を言って、オーフェンの右腕に抱きつく。
甘えるというより、しがみついた。
「……ごめんな?」
かなり理不尽な怒りだというのに、オーフェンは言い訳もせず頭を撫でつける。
優しくされると、わけも分からず泣きそうになった。
「……どうして今日は早起きなんかしちゃったの?」
「何となく目が覚めちまってな。どうせなら朝食でも作ってやろうと思って。悪かったよ」
「……謝るくらいならなぐさめて」
目を閉じて、オーフェンの胸に顔を埋める。
家族になってからというもの、クリーオウは彼に甘えてばかりだった。
いい加減にしなければと思うのに、やめられそうにない。
オーフェンの腕の中は、安全で優しいゆりかごのようだった。






2009.2.4
今回も正逆ネタです。
甘えたいの。

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