□ 出会いが正逆だったら? □


その男は付き合いの深いオーフェンからしても妙な男だった。
男――コルゴンは自らの意志のみに忠実で、会話が成立しないことがある。
各地を放浪する癖があり、一定の場所に長く留まらない。
いくつもの名前があり、またいくつもの過去がある。
魔術もタイ術も右に出る者がいないほど優秀で、誰もがコルゴンを恐れている。
その男と比べて、似ているところが多いのもまたオーフェンとしては複雑だった。
共通する点が多いほど、自分もまた『妙な男』になってしまう。
実際、オーフェンとコルゴンは『同質で正逆な存在』などと言われてきたわけだが。
それでも、オーフェンに取ってのコルゴンは、やはり妙な男だった。
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
「そうか」
こちらの視線を不思議に感じたのかコルゴンが聞いてくるが、オーフェンの適当な返事にもあっさり納得している。
彼は再び何日か前の新聞に視線を落とした。
(なんだかな)
アーバンラマにある、プランの中枢に関わる人間のために買い取ったホテルの、給湯室か何か。
その汚れた天井を見上げ、オーフェンは胸中で独りごちた。
ホテルにも自室はあるものの、豪華すぎるせいかどうも落ち着かない。
だからというわけでもないが、オーフェンは時間のある場合は大抵この給湯室へ来ていた。
飲み物と軽食くらいなら十分ここで事足りるし、テーブルといすもある。
最近ではこの部屋は、雑談する場所のようになっていた。
仲間内で、待ち合わせをするのにも使うことがある。
つまり、このホテルに出入りする者であれば気軽に使用できる部屋であった。
そしてそこに、今はなぜかオーフェンとコルゴンがいる。
しかも二人きりで。
会話もほとんどない。
この上なく気まずいが、コルゴンに取ってはそうでないのだろう。
でなければさっさとどこかへ行っているはずである。
(なんだかな)
もう何度目かになる、同じ疑問を繰り返す。
妙な男――コルゴン。
いつもふらりと姿を消すのに、今回に限っては長くこのホテルに居座っていた。
どういうつもりなのかは、聞いたことがない。
「クリーオウ、か……」
前触れもなく、コルゴンはぽつりと呟いた。
(クリーオウって呼ぶな)
視線をななめ下に向け、オーフェンが毒づく。
だがそれは意味のない怒りだと分かっていた。
自分たちがその名前を聞いて思い浮かべる人物はクリーオウ・エバーラスティン一人だけで、彼女も自らクリーオウと名乗っている。
オーフェン自身もクリーオウと呼び、彼女の名前を呼ぶ人間も例外なく「クリーオウ」と呼んでいた。
それ以外はない。
愛称もない。
コルゴンが彼女の名前を呼んではいけない謂われもない。
けれど実際耳にすると、違和感がある。
(まぁコルゴンの奴がクリちゃんとか呼んだ日にゃ俺は暴れ狂うだろうが。てことはまだクリーオウって呼ばれた方がマシか?)
ひとしきり自問自答をし終えてから、オーフェンはテーブルの右ななめ前に座っている男を見やった。
「……クリーオウがどうかしたのか?」
するとコルゴンが、新聞からきょとんとした顔を上げる。
もしかすると独り言だったのかもしれない。
それはそれで気に食わないが。
コルゴンは不思議そうに数度まばたきをしてから、思い出したように聞いてきた。
「彼女はどうした?」
「さあな。まだ仕事してんじゃないのか?」
終わる時刻などは聞いていない。
暇ができればこの部屋に顔を出すのではないかと、オーフェンが勝手に見当をつけているくらいだった。
だがコルゴンはクリーオウが来ることを知りたいのではなかったのだろう。
めずらしく、会話に続きがあるようだった。
「ふと考えたのだが」
「ああ」
「もし俺と暮らしていたのが彼女で、お前と旅をしていたのがロッテーシャなら、どうしていただろうな」
「はあ!?」
あまりにもおかしな例えに、オーフェンが叫ぶ。
「もしくは俺と旅をしていたのが彼女で、お前と暮らしていたのがロッテ−シャなら、どうしていただろうな」
「………………」
コルゴンの表情はいつもと同じで、何も感じていないようだった。
単に思いついただけと言っていたし、おそらく嘘ではない。
それでもオーフェンは絶句し、だが何か言わなくてはと何度も口を開閉した。
「…………ありえない」
やっとのことでそれだけを告げる。
しかしコルゴンはこちらを見つめて微かに眉を上げた。
「仮にと言っただろう。そう本気になるな」
(あんたがそんなこと言いだすからだろ)
にらみつけるが、思いは通じない。
オーフェンは大きく息を吐いて動揺を静めてから、早口にまくしたてた。
「あんたにゃ悪いが俺がロッテーシャと連れ立ってたらさぞ毎日ぎすぎすしてただろうさ。てか、実際にしてたしな。そもそもただの好奇心だけでくっついて来ないだろう、彼女なら。一緒に暮らしてたとしても同じことだろうな。きっと破綻してた」
「まぁそうだろうな。俺も長くはもたなかった」
「……何が言いたい?」
とげとげしい口調だと、自分でもわかった。
けれどコルゴンは、素知らぬ顔で続ける。
「つまりはだ。俺がロッテーシャではなく彼女に出会っていたなら、何か違う結果になっていただろうか?お前のいる場所に俺がいたかもしれないと……思ったのだが」
「…………ありえない」
「どうして断言する?俺とお前は同質で正逆だと言われてきたのだし、完全にないとも言い切れまい」
「それでもない!」
ばん!と両手を粗末なテーブルに叩きつける。
根拠はなくても、コルゴンの言うことを否定したかった。
ここにいるのは自分で、今の状況があるのも自分が決めたからだと。
そしてクリーオウが認めてくれたことを、オーフェンも信じたかった。
「そんなににらみつけることないだろう。ほんの例えだ」
「あんたが変なこと言うからだ!」
怒鳴って、真っ向からコルゴンをにらみつける。
それにコルゴンはめずらしく困ったようにまゆを寄せた。
困るということはオーフェンのことを気にかけ、どうにかこの場を収めようと思ってくれているのだろう。
彼は自分のことを家族だと言ってくれているのだし。
察すると、言いすぎてしまったかとほんの少しだけオーフェンは反省した。
テーブルに叩きつけた両手を、ばつの悪い思いでゆっくりと戻す。
しばらく、気まずい沈黙が流れた。
次に口を開いたのはコルゴンである。
何も考えてないような無表情で言ってきた。
「それなりに悪くない旅だった」
「その話を続けんのかよ!?」
今度はこぶしを握りしめてテーブルに叩きつける。
するとコルゴンは不思議そうに首をかしげてきた。
「……何がだ?」
「あんたって奴は……!」
わなわなと震える。
その時、廊下からぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。
「どうしたの?なんか、怒鳴り声が聞こえてきたんだけど……」
心配そうな声が聞こえ、その主がひょっこりと姿を現す。
扉などはないので、声が筒抜けだったのだろう。
内容までは分からなかったようだが。
「クリーオウ……」
うめくような声で、オーフェンはやってきた彼女の名前を呼んだ。
まさかクリーオウのことで口論になったとはいえない。
けれどコルゴンはそれをあっさりばらそうとした。
「それが、もしお前が」
「言うな!」
「……なんなの?」
不審顔で、クリーオウは男二人の顔を見比べる。
コルゴンもちらりとこちらを見たが、どうして止めたかなど理解していない様子で続けた。
「もし俺と旅をしたのがお前だったらどうなっていたのかという話をしていた」
「?したじゃない」
「おい……」
止めようとするが、もう遅いのかもしれない。
こちらの制止にも、コルゴンは話をやめなかった。
「そうではなく、俺とキリランシェロ、もしくはロッテーシャとお前が逆だったらどうなっていたかということだ」
言ってしまった。
そうなったからには黙ってクリーオウの答えを待つしかない。
オーフェンは唇をかんで、クリーオウに視線を向ける。
彼女は、コルゴンの話に明らかに不快そうな表情を見せていた。
ロッテ−シャを侮辱されたと考えるかもしれない。
クリーオウは数秒難しい顔で沈黙したが、出した答えははっきりとしたものだった。
「あんたと旅をしたのは仕方なくだっただけで、そうじゃなくちゃ一緒に旅をしたいとは思わなかったわよ」
「なぜ?」
「くっついてったところでおもしろそうじゃないもの。がまんしてまで旅をしなくちゃいけない状況でもなかったし」
「…………」
一歩下がったところで聞いていると、本当にクリーオウは特殊なことをしている。
彼女の選んだ行動に、オーフェンは言葉を詰まらせた。
「では暮したのが俺だったらどうした?」
「ロッテに聞いたけど、出ていったのはあなたなんでしょ?それならわたしは関係ないじゃない」
「ふむ。それもそうか」
それだけ呟くと、コルゴンは新聞を手に立ち上がり、さっさと部屋を出て行ってしまう。
まだ続きがあるかもしれないとは考えないようだった。
こちらの都合などおかまいなしの行動である。
後は気まずい空気と、オーフェンとクリーオウが残された。
しばらくは二人してコルゴンの出ていった先を見つめていたが、クリーオウがこちらを振り向いたのでばちりと目が合う。
冷たい汗が背中を伝った。
「ミルクでも飲む?」
どんなことを話せばとかなり緊張していたのだが。実際に聞かれたのはそんなことである。
なぜミルクなのかと思わないわけでもなかったが、オーフェンはこくりとうなずいた。
「手伝おうか?」
うなずいた後でそこに気が付き、彼はあわてて立ち上がる。
「いいわよ、簡単だし」
首を振ると、クリーオウはてきぱきと準備をはじめた。
棚からミルクの瓶を取り出し、小さな鍋に移しかえる。
ミルクはミルクでも、ホットミルクだったらしい。
ほんの少し前まではクリーオウに話したいことがあったはずだが、先ほどのやり取りのおかげですべて忘れてしまった。
(あの野郎)
毒づくが、その相手はすでに姿を消している。
大人しく席につき、オーフェンはどんな話題から入るべきかと頭をひねった。






(2009.1.14)
同質で正逆をかなりやってるので、この話題を男ver.でしてみたかった!
コメディで行くはずだったのに、クリーオウの登場でシリアスに。
虚像でもオーフェンが乱入してきたし、まあいいかー。
おもしろおかしい話にしたかったので、作れなくて悔しい!

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