□ 宝物 □


それをするのは出かける際の習慣で、それによっていくつかのことを与え、いくつかのことを受け取っていた。
与えるのは愛情――これは受け取ってもらうという方が正しいだろうか?
どうしようもなく溢れてくる愛しさを、口付けで彼女に伝える。
おそらく全てを伝えられはしないだろうが、気持ちの何割かは感じ取ってくれるはずだった。
受け取るのは元気と、そしてもちろん彼女からの愛情。
それともうひとつ大切なのは、情報である。
このたった数秒間で、彼女――クリーオウの今日の気分がどうなっているか、容易に知ることができた。
気分が良ければ、意識が白んでいくような恍惚を伴ったキスを交わすことができる。
特に少ないことはない。
半分から、七割程度。
残りは言うまでもなく、彼女が多少なりとも気分を害している時だ。
キスは緩慢になり、元気もあまりもらえない。
酷い時は、キスを拒まれることすらあった。
(今日は――)
クリーオウの細い腰を抱きながら、口内を味わう。
(大丈夫、悪くない)
むしろ気分がいい。
調子に乗ったオーフェンは、朝にするには場違いなくらいの濃厚な口付けを続けた。
たっぷりと時間をかけてから、ようやく唇を離す。
嬉しそうに微笑むクリーオウが、とても愛しく思えた。

♥♥

それは彼が出かける際に必ずといっていいほど行われる行為で、同時に多くのことを知ることができる。
体調もそうなのだが、やはりほとんどを占めるのは彼の感情だった。
それは欲求であったり、その日の気分だったり。
彼女たちの子供に、二人でいる時間を邪魔されたりすると、当然というべきか拗ねたような口付けになる。
何かたくらんでいる時なども、キスの仕方で何となくわかる時があった。
休み明けなどは、会社に行きたくないと物語っているような甘えたようなキス。
会話をすればきちんと教えてくれるようなことだが、キスだけでも知ることができた。
考えようによっては、嘘発見器のようなものである。
彼――オーフェンはそのことを知る由もないだろうが。
「今日は早く帰れそう?」
「ああ」
「そう。じゃあ夕飯はオーフェンの好きなハンバーグにするわね」
にっこりと微笑む。
と、オーフェンは愛しそうに目を細め、唇を重ねてきた。
(うん、早く帰って来てくれそう)
嘘の場合は――言葉でも濁しているが――困ったなというキスになる。
このキスに偽りはなく、同時に『大好きだよ』というメッセージも届いてきた。
大丈夫だ。
今日も自分は愛されている。

♥♥

仕事をする際、オーフェンはいつもクリーオウが作ってくれた弁当を日参していた。
けれど外食をすると決まっている日は、事前に彼女に伝えておく。
めずらしいこともないが、今日はそんな日だった。
「前の休み、俺、お前見たぞ」
「おっと」
オーフェンが注文したカレーをかき混ぜているとき、仕事仲間がそんなことを言ってくる。
見られて困ることはないのだが、私生活を目撃されるのは気恥しく、オーフェンは動揺した声を出した。
「奥さんと一緒のとこしか見なかったんだが、子供いたよな?」
「あ?ああ。娘二人は不参加だ。いても邪魔なだけだし」
カレーを一口すくって、口に入れる。
いかにもインスタントというその味に、オーフェンはわずかにまゆをひそめた。
「一瞬すれ違っただけだけど――」
口を動かしつつ、無言で話の続きを待つ。
その先のことはだいたい予想できる。
というか、言われ慣れていた。
仲が良い夫婦だ。
奥さんがかわいい。
奥さんにメロメロですね。
だいたい、そんなことを告げられる。
自分でもそう思っているので、そういう場合基本的に否定はしない。
「奥さんがお前にベタ惚れって感じだったな」
「――へ?」
聞きなれない言葉に、オーフェンは素っ頓狂な声を出した。
「え?」
問い返されたことが意外だったのか、目の前の男もきょとんとする。
「ベタ惚れって、俺が?」
それならば聞きなれた言葉で、また事実だった。
だが彼は不思議そうに否定する。
「いや、奥さんがお前にベタ惚れって……」
「あ……まあ、そうだな」
当然のように同意して、今度こそはっきりと脳に刻みつけた。
(クリーオウが。俺に。ベタ惚れ……)
胸中でかみしめるように何度も反芻する。
知らないわけではなかった。
だが第三者の目から見てそうなのだと聞かされると、また違った感動がある。
不覚にも、笑みがこぼれてしまった。

♥♥

「って言われた」
仕事から帰ってきてからやっと二人きりになったとき、彼が自慢げに報告してきた。
ちなみにキス付きである。
めずらしいことではないが、よほど嬉しかったのだろう。
何度も何度も、照れ隠しのように口付けてくる。
そのキスからも、オーフェンが喜んでいるということが簡単に分かった。
「知らなかったの?」
問いかける。
オーフェンはきょとんとし、それからはにかむように笑った。
「知ってるけどな。ベタ惚れって表現がな、かなりツボだったというか」
「オーフェンはね、わたしの宝物なの」
「……へ?」
いきなり話が変わったと感じたのか、オーフェンがきょとんとする。
くすりと笑いながら、両手で彼の頬をはさんだ。
「だから大切だし、大好きなの」
触れるだけの口付けをして、オーフェンを抱きしめる。
しばらくして、オーフェンはぎゅっとクリーオウを抱きしめてきた。
「俺も」
なんだかもう喜びが丸わかりな抱きしめ方である。
オーフェンのあまりにストレートな感情表現に、クリーオウはつい笑みをこぼした。






(2009.1.6)
おいおい本編めっちゃオーフェン惚れられてるじゃん!
そんな話と、ついでに使いたかったエピソードとか混ぜてみよう!と作ってみたら妙な話に。

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