その日、オーフェンは特に深い意味もなく普段は立ち入らないようなマギー家の屋敷を見物ついでに歩き回っていた。 そして、彼にはほとんど用のない小さなひとつの部屋の前で足を止める。 そこに、オーフェンの良く知る人物がいたからである。 朝からずっと姿を見せないと思っていたが、クリーオウはどうやらキッチンにこもっていたらしい。 短時間ではとても用意しきれないような、刻まれたたくさんの食材が、キッチンのいたるところに置かれていた。 肉、魚、みじん切りの野菜や果物。 パンはどこかで購入したもののようだったが、フルコースも作れそうなくらい様々な種類がある。 その中にわざと紛れ込ませたかのようなバスケット。 そこにはディープ・ドラゴンの子供が眠っている。 彼女はこちらの入室にも気付かないほど熱心に、山と積まれた野菜を刻んでいた。 その姿に、オーフェンは本当に久々だが嫌な予感を覚える。 「クリーオウ……」 不安やら恐怖やらが自然に含まれてしまったような声音で、オーフェンがうめいた。 するとそれまで規則正しく音を立てていた彼女の包丁がぴたりと止まる。 クリーオウは、包丁を持ったままくるりと首だけをこちらに向けてきた。 「あ、オーフェン」 別段驚いた風もなく、クリーオウは彼の名前を呼ぶ。 が、呼んだだけで特に続きはないようだった。 それを確認したからというわけでもないが、オーフェンが深く嘆息する。 「お前、またそんなもん作って……」 部屋の入口から動かずに、オーフェンは視線で大量の食材を示す。 これが一体何人前の料理になるのかは想像もつかないが、ひとりでは確実に食べきれそうにない。 となると、少なくとも数人は彼女の料理を口にすることになるだろう。 「そうなの。よそ様の家だからってずっと遠慮してたんだけど、試しに聞いてみたらキッチンも自由に使っていいよって言ってくれたから」 こちらの心配など知らないように、クリーオウは楽しそうに言ってきた。 その口調にも瞳にも、悪意はひとかけらも見られない。 「あいつら……」 オーフェンは彼女から視線を逸らし、胸中で毒づいた。 許可を出した人間は、クリーオウの料理を知らないから簡単に承諾したのだろう。 きちんと確かめずに、簡単に許してしまうなど大の大人がするものではない。 どうせ三姉妹のどれかか、その関係者だろう。 誰でも良かったので、顔を思い浮かべた順に呪っていく。 「材料も好きなだけ使ってもいいって言ってくれたから、ちょっとがんばってるの」 彼女もまたあらゆる食材を見渡しながら、嬉しそうにえへんと胸を張る。 その姿はどことなく健気だったものの、オーフェンは素直に応援してやる気にはなれなかった。 彼女は今見るからにがんばって調理をしていて、そしてそのがんばりが大きければ大きいほどできあがった食べ物の味は落ちていく。 昔の経験から、そのことを嫌というほど思い知らされてきた。 そして、たぶん彼女は、オーフェンのために料理を作ってくれているのだろう。 久々に手料理を彼に食べさせてやりたいということだろうか。 その気持はとてもありがたいのだが、食べる自分を想像すると陰鬱な気分になってくる。 同時に過去の体験まで思い出されて、オーフェンは背筋に寒気を覚えた。 「あいつに食べさせようと思って」 クリーオウがぽつりと呟く。 それにオーフェンがきょとんとする。 てっきり、クリーオウは自分のために料理を作っているのだと思っていた。 唐突に自分以外のことを会話に出され、首をかしげる。 「あいつ?」 「うん。あいつって、食事に関してすごく無頓着みたいなのよ。味に興味がないのか食べることに興味がないのかわかんないけど」 「ふーん?」 クリーオウの言うあいつとは、コルゴンのことだろう。 彼女にしてみれば短い間でも一緒に旅をしていたのだから、まっ先に思いついてもおかしくはない。 オーフェンにとってはそうではなかったが。 しかし言われてみれば、コルゴンの食べ物の好き嫌いなどオーフェンはまったく知らなかった。 そもそも、一緒に食事をする機会がほとんどなかったように思う。 「だから少しは栄養のあるものを食べさせようと思って。食べてくれるかどうかも疑問なんだけど」 「……あいつがどこにいるのか知ってんのか?」 思うことはいろいろあったが、聞いたのはそんなことだった。 コルゴンはいつもどこからともなく現れて、どこへともなく消えていく。 オーフェンでさえ、一日に一回姿を見るか見ないかの程度だった。 確実なのは、アーバンラマにいるということだけである。 「さあ?どっかそのへん探したらいるんじゃない?」 クリーオウからは深く考えていないような答えが返ってくる。 それに不満があったわけではなかったが、どこか府に落ちない思いではあった。 数時間後、再びオーフェンがキッチンをのぞくと、クリーオウの姿はどこにもなかった。 が、コルゴンを呼びに行ったのだろうと、オーフェンはすぐさま結論付ける。 テーブルには完成したばかりらしい湯気の立った料理がずらりと並んでいる。 見た目は綺麗で、誰が作ったか知らなければ彼の食欲もそそられただろう。 実際にそそられる――見た目だけであれば。 味はどうかわらないと、理性が食欲に抑制をかけていた。 並んだ料理は、すべてコルゴンのためだけに作られたようだった。 できあがったものは残らず皿に盛られ、他の容器に保存されている様子はない。 再びどこかへ行こうという気も起きず、なんとなくオーフェンはレキと二人(?)きりで、クリーオウの帰りを待つことにした。 (とはいっても、これから何時間後になるやら) 運が良くても料理が冷めたころにコルゴンを連れてくるか、もしくは見つからずあきらめて戻ってくるか。 コルゴンが相手であれば、そんなことも充分にありえる。 というよりも、その可能性の方がずっと高いように思えた。 が―― オーフェンの予想は見事に外れた。 十分もしないうちにクリーオウが無表情のコルゴンを伴ってやってくる。 「あれ、オーフェン」 クリーオウはオーフェンがそこにいたことを意外に思ったようだった。 こちらを見て、青い瞳をぱちくりさせている。 けれどまあいいかと思ったらしい。 さっさと部屋に入ってきて、グラスに水を注ぎ始める。 視線をずらすと、ちょうどコルゴンもこちらに気づいたようだった。 「お前か」 感情のない目で、こちらを見下ろしてくる。 オーフェンは答えず、ただいすに座ったまま胸の前で腕を組んだ。 「座って」 二人のやり取りに気づかなかったわけではないだろうが、クリーオウはコルゴンにテーブルの中央の席を示す。 てっきりそのまま部屋を出ていくかと思っていたが、コルゴンは彼女の言うことに存外素直に従った。 「口に合うかわからないけど、食べてみて」 クリーオウが食事を勧めるが、親しみを込めた言い方ではない。 対するコルゴンも、まったく気分を害したようでもなく無表情だった。 そしてやはり意外なことに、抵抗もせずに料理を口に運ぶ。 そのまま彼は、何も言わないまま無警戒に次々と料理を食べていった。 それまでじっと見守っていたクリーオウは、ほっとしたように空いている席に座る。 嬉しそうな表情ではないが、一応は満足したらしかった。 (……先につまみ食いでもしときゃ良かった) 順調に消えていく料理をながめながら、オーフェンが舌打ちする。 先に食べてやろうと思わなかったわけではない。 しかしどちらかというと、コルゴンを見つけられずに戻ってきたクリーオウに、オーフェンが彼の代わりに食べてやるつもりでいた。 そのはずだったのだが。 コルゴンがあっさりやって来て、当然のようにクリーオウの手料理を黙々と食べている。 「おいしい?」 見守るというよりは監視しているようなクリーオウが、かけらも期待していないような声でコルゴンに訊いていた。 横目でオーフェンが見ていると、彼は手を止めないままぼそりと答える。 「ああ」 「……本当に?」 疑わしげな目でクリーオウ。 それにもコルゴンは肯定した。 「ああ」 「口に入るものなら何だっておいしいと思ってない?」 「……俺を何だと思っている」 「だって前あんなまずい携帯食に平気でかぶりついてたから」 「あれは非常時だ。こっちの方がよほど人間らしい」 「……ふーん」 二人ともが淡々と話をしていて、少なくとも楽しそうには見えない。 けれど。 (コルゴンの奴とまともに会話してんのがな……。しかも飯の話) 考えれば考えるほど稀有なものを見ている気がする。 そして二人の独特なテンポで行われる会話に加われない自分がいた。 (なんだかな) 腑に落ちない。 微妙な疎外感を覚える。 居心地が悪くなってきて、オーフェンは自分のそばにあったエビフライを勝手につまんだ。 実に一年以上ぶりのクリーオウの手料理だが、なぜだか文句ない味付けである。 コルゴンがちらりとこちらを見たものの、何も言ってはこない。 すぐに視線を戻し、食べることに意識を戻したようだった。 「オーフェンも食べる?」 今更ながら、クリーオウがそう聞いてくる。 だがオーフェンが答える前に、彼女は早々と席を立った。 それを見上げながら、彼がこくりとうなずく。 もちろん食べる。 食べないと、ものすごく損をしている気がする。 クリーオウが彼の分の食器の用意をして後ろを向いているとき、またもやコルゴンがこちらを見てきた。 しかし視線を寄こしてくるだけで何も言わない。 「……言いたいことがあるんならはっきり言えよ」 「いや、べつに」 視線をもとに戻し、やはり黙々と食事を続ける。 なぜだか分からないが、敗北感がオーフェンを襲った。 (2008.12.25) 薬のことも気になったけど、食事のことも気になって。 クリーオウに何かおいしいもの(オーフェンの手作り)を食べさせてあげたいなーと思ったんですが、クリーオウがコルゴンに食べさせてあげたかったみたいです。 |
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