□ my twinkle □


もう真夜中だった。
無駄な灯りは消しているため、頼れるものは月明かりだけだ。
カーテンも引かれてない窓から、月の光が差し込んでいた。
満月。
オーフェンは光から逃げるように、窓枠の下に背中をもたせかけていた。
窓を仰げば、月を見ることができる。
その月はガラスを通して、彼のすぐ目の前の空間を照らしていた。
家具はクロゼットと狭いベッドしかなく、それも隅へ押しやられている。
板張りの床に座り、オーフェンは自分の思いを吐き出していた。
すべて話終えて――
オーフェンは身を震わせた。
気温は決して低くない。
それでも震えてしまうのは、恐怖からだった。
彼女が、自分を見る目を変えてしまう恐怖。
彼女が、自分の前から消えてしまう恐怖。
とてつもなく恐ろしかったが、彼はクリーオウを抱いていた腕を解いた。
彼女を正視することができず、オーフェンはじっと床を見つめていた。
逃げてしまうかもしれない。
クリーオウには話していなかったことが、話せなかったことが山のようにあった。
ずっと隠していた。
本当はもっと早くに話さなくてはいけなかったのだろう。
まだ後戻りのできるうちに。
けれどもう遅い――手放せなくなってしまったことを、すでに自覚している。
しかしこれ以上黙っていることもできなかった。
どれも、自分の弱さが招いた結果である。
伝えることが不安でたまらなく、話している間中は彼女を抱きしめることを許してもらっていた。
けれど話終えたからには、それをやめなければならない。
ここにいるのもここから去るのも、彼女が選ぶのだ。
無理矢理留めておくことは容易いだろうが、選ばせると決めたのは自分だった。
話そうと決めたのも自分だった。
その先を決めるのは彼女だ。
クリーオウは動かない。
彼のすぐ正面で、じっとこちらを見つめているのだろう。
それを見返すことができない。
だからオーフェンは、床から視線を動かせないまま続けた。
「お前にも……」
迷惑をかけた。
巻き込んでしまった。
けがをさせた。
泣かせてしまった。
危険な目にあわせた。
傷つけてしまった。
病気にさせた。
多くの時間を奪ってしまった。
知らなくていいことを教えた。
殺させてしまった。
家族を置いて、こんなところまで。
幸せな未来を捨てて、こんなところまで。
髪も、短い。
言葉を続けようとしたが、結局は続かない。
犠牲にさせたことが多すぎて、謝罪の言葉では足りそうになかった。
「望むなら」
覚悟を決めて、顔を上げる。
月明かりに照らされて、クリーオウはさながら女神のように輝いていた。
もしくは聖母のようにすべてを許すかの如く柔和に微笑んでいる。
彼女が望むのであれば、魔王の力を使ってオーフェンは全てをなかったことにするだろう。
彼女の望む通りに、世界を造り替えてもいい。
あいつの言っていた『対価』は、すでに支払われている。
彼女には、願いを言う権利がある。
願いを叶えるために、力を使う覚悟もオーフェンにはあった。
「オーフェン、わたしはね」
彼女はそう口を開いて、両手でオーフェンの手を握る。
びくりとしたが、彼は小さくうなずいた。
クリーオウはもう女神ではなく、いつも見せている笑顔を彼に向けてくる。
少し照れたような、複雑な笑みだ。
「わたしは、今まで選んできたことに後悔はしてないの。やり直したいとも思ってないわ」
まさかそんなわけがない。
自分はこんなにも迷いがあるというのに。
自嘲めいた声を出すと、クリーオウはむっとしたように口をとがらせた。
「信じてないの?」
「……ちょっとな」
「失礼ね。そりゃ、考えすぎて眠れないこともあるけど、わたしはここにいることを間違いだと思ったことはない。後悔したこともないの。――オーフェンがここにいるから」
そう言って微笑まれて、自分はどうやって返事をすればいいのだろうか。
オーフェンは息を止めて、そのままうつむいた。
乾いた目には涙も浮かばないが、情けない顔を見られたくはない。
クリーオウはふわりと笑って、こちらの首に腕を巻きつけてきた。
泣きそうになる。
「オーフェンは全てを洗い流したいって言ってた。でもその全部ってどこまで?わたしも含まれる?」
オーフェンは小さく首を振った。
わからない。
自分の罪は消したくとも、彼女のことは覚えていたい。
それに関する記憶はどうなるのだろうか。
想いは?
どのみち制御しきれない力では、そこまで都合の良いことが起こるわけがない。
しかもそれは、自分の願いだ。
「わたしはここにいたい。わたしのことを否定しないで。消さないで」
彼女はすがるように腕に力を込めてくる。
抱きしめてもいいのだろうか。
しかしそれをすると、もう絶対に離せなくなる。
頭では理解していたが、体はすでに動いていた。
細い身体を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。
オーフェンにとっての奇跡とは、きっと彼女のことなのだろう。
闇の中にいても、輝きを失わないまぶしいもの。
間近で見つめ合うと、クリーオウが何かを囁いた。
聞こえなかったが、おそらく彼が言いたかった言葉。
乾いた目から、涙があふれる。
クリーオウはそれに泣きそうな顔で笑って、唇を重ねてきた。
深く深く交わり合って、そのまま床に倒れ込む。
いつもとは全く逆の立場で、オーフェンが愛されなぐさめられている。
しばらく黙って抱かれていたのだが、クリーオウは彼の上に乗ったまま途中で動きを止めた。
月明かりに照らされながら、困ったようにオーフェンを見下ろしてくる。
「ごめん。やっぱりうまくできないみたい。代わってもらってもいい?」
言って、甘えるように彼の胸に頬をくっつけた。
愛しくて愛しくて、言葉に詰まる。
笑えてきて泣けてきて、オーフェンは彼女に微笑んだ。






(2008.12.9)
弱音言ってたからさ。クリーオウにもいつか話してあげてね。
これはめずらしくラストだけ決まってました。
思いつきから書き終わるまで、数時間ですけどね。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送