もう真夜中だった。 無駄な灯りは消しているため、頼れるものは月明かりだけだ。 カーテンも引かれてない窓から、月の光が差し込んでいた。 満月。 オーフェンは光から逃げるように、窓枠の下に背中をもたせかけていた。 窓を仰げば、月を見ることができる。 その月はガラスを通して、彼のすぐ目の前の空間を照らしていた。 家具はクロゼットと狭いベッドしかなく、それも隅へ押しやられている。 板張りの床に座り、オーフェンは自分の思いを吐き出していた。 すべて話終えて―― オーフェンは身を震わせた。 気温は決して低くない。 それでも震えてしまうのは、恐怖からだった。 彼女が、自分を見る目を変えてしまう恐怖。 彼女が、自分の前から消えてしまう恐怖。 とてつもなく恐ろしかったが、彼はクリーオウを抱いていた腕を解いた。 彼女を正視することができず、オーフェンはじっと床を見つめていた。 逃げてしまうかもしれない。 クリーオウには話していなかったことが、話せなかったことが山のようにあった。 ずっと隠していた。 本当はもっと早くに話さなくてはいけなかったのだろう。 まだ後戻りのできるうちに。 けれどもう遅い――手放せなくなってしまったことを、すでに自覚している。 しかしこれ以上黙っていることもできなかった。 どれも、自分の弱さが招いた結果である。 伝えることが不安でたまらなく、話している間中は彼女を抱きしめることを許してもらっていた。 けれど話終えたからには、それをやめなければならない。 ここにいるのもここから去るのも、彼女が選ぶのだ。 無理矢理留めておくことは容易いだろうが、選ばせると決めたのは自分だった。 話そうと決めたのも自分だった。 その先を決めるのは彼女だ。 クリーオウは動かない。 彼のすぐ正面で、じっとこちらを見つめているのだろう。 それを見返すことができない。 だからオーフェンは、床から視線を動かせないまま続けた。 「お前にも……」 迷惑をかけた。 巻き込んでしまった。 けがをさせた。 泣かせてしまった。 危険な目にあわせた。 傷つけてしまった。 病気にさせた。 多くの時間を奪ってしまった。 知らなくていいことを教えた。 殺させてしまった。 家族を置いて、こんなところまで。 幸せな未来を捨てて、こんなところまで。 髪も、短い。 言葉を続けようとしたが、結局は続かない。 犠牲にさせたことが多すぎて、謝罪の言葉では足りそうになかった。 「望むなら」 覚悟を決めて、顔を上げる。 月明かりに照らされて、クリーオウはさながら女神のように輝いていた。 もしくは聖母のようにすべてを許すかの如く柔和に微笑んでいる。 彼女が望むのであれば、魔王の力を使ってオーフェンは全てをなかったことにするだろう。 彼女の望む通りに、世界を造り替えてもいい。 あいつの言っていた『対価』は、すでに支払われている。 彼女には、願いを言う権利がある。 願いを叶えるために、力を使う覚悟もオーフェンにはあった。 「オーフェン、わたしはね」 彼女はそう口を開いて、両手でオーフェンの手を握る。 びくりとしたが、彼は小さくうなずいた。 クリーオウはもう女神ではなく、いつも見せている笑顔を彼に向けてくる。 少し照れたような、複雑な笑みだ。 「わたしは、今まで選んできたことに後悔はしてないの。やり直したいとも思ってないわ」 まさかそんなわけがない。 自分はこんなにも迷いがあるというのに。 自嘲めいた声を出すと、クリーオウはむっとしたように口をとがらせた。 「信じてないの?」 「……ちょっとな」 「失礼ね。そりゃ、考えすぎて眠れないこともあるけど、わたしはここにいることを間違いだと思ったことはない。後悔したこともないの。――オーフェンがここにいるから」 そう言って微笑まれて、自分はどうやって返事をすればいいのだろうか。 オーフェンは息を止めて、そのままうつむいた。 乾いた目には涙も浮かばないが、情けない顔を見られたくはない。 クリーオウはふわりと笑って、こちらの首に腕を巻きつけてきた。 泣きそうになる。 「オーフェンは全てを洗い流したいって言ってた。でもその全部ってどこまで?わたしも含まれる?」 オーフェンは小さく首を振った。 わからない。 自分の罪は消したくとも、彼女のことは覚えていたい。 それに関する記憶はどうなるのだろうか。 想いは? どのみち制御しきれない力では、そこまで都合の良いことが起こるわけがない。 しかもそれは、自分の願いだ。 「わたしはここにいたい。わたしのことを否定しないで。消さないで」 彼女はすがるように腕に力を込めてくる。 抱きしめてもいいのだろうか。 しかしそれをすると、もう絶対に離せなくなる。 頭では理解していたが、体はすでに動いていた。 細い身体を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。 オーフェンにとっての奇跡とは、きっと彼女のことなのだろう。 闇の中にいても、輝きを失わないまぶしいもの。 間近で見つめ合うと、クリーオウが何かを囁いた。 聞こえなかったが、おそらく彼が言いたかった言葉。 乾いた目から、涙があふれる。 クリーオウはそれに泣きそうな顔で笑って、唇を重ねてきた。 深く深く交わり合って、そのまま床に倒れ込む。 いつもとは全く逆の立場で、オーフェンが愛されなぐさめられている。 しばらく黙って抱かれていたのだが、クリーオウは彼の上に乗ったまま途中で動きを止めた。 月明かりに照らされながら、困ったようにオーフェンを見下ろしてくる。 「ごめん。やっぱりうまくできないみたい。代わってもらってもいい?」 言って、甘えるように彼の胸に頬をくっつけた。 愛しくて愛しくて、言葉に詰まる。 笑えてきて泣けてきて、オーフェンは彼女に微笑んだ。 (2008.12.9) 弱音言ってたからさ。クリーオウにもいつか話してあげてね。 これはめずらしくラストだけ決まってました。 思いつきから書き終わるまで、数時間ですけどね。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||